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第17話 アルバイト

「いただきます!」


 今日もシオはたくさん夕食を食べています。

 栄養補給は大切なので、食欲旺盛なのは良い事です。幸い、この屋敷は食べ物に困っていません。


「今日もたくさん働いたのですね」

「ああ。かなり力仕事だから鍛錬にもなる。腹は減るけどな」


 シオは今、鍛冶屋でアルバイトをしています。今日で4日目です。

 メガネの父親の紹介で雇われたのですが、若く体力があるシオは歓迎されているようです。

 毎日夕方まで働き、加えて戦闘訓練もしているので、更に体力がつく事でしょう。


「リチカの方はどうだった?」

「問題ありません。業務内容は既に覚えましたし、簡単ですので」


 この身もまた、アルバイトを開始して4日目です。

 皇都内の地理を把握するべく空いた時間に周辺の探索を進めていたこの身は、とある古書店が求人の張り紙をしている事を知っていたのです。

 博士の家にはそれなりの数の書物があったため本の扱いには慣れている事を伝えると、すぐに採用されました。


 変身眼鏡をかけ額の核石に絆創膏を貼り付けた姿は、今のところ怪しまれてはいません。

 極稀に人工精霊を連れた客もやって来るのですが、念の為魔力を遮断して働いているので、よほど感知性能が高い精霊でない限りこちらの気配に気付かれる事はないでしょう。


「それほど来客は多くないので、手が空く時間が多い事の方が不満です」

「ふうん、そっか。接客は大丈夫なのか?」

「はい。落ち着いた人間が多いので、この身が注目されるような事もほとんどありません。…時々おかしな客もいますが」

「おかしな客?」

「今日は『結婚したい』と言われました」


 シオは勢い良くスープを噴き出しました。




 この身が働き始めた古書店は、商店街の片隅にあります。隣には小さなカフェがあり、2つの店は中の扉で繋がっています。

 古書店の店主は20代半ばの女性で、ミネバと言います。そして隣のカフェの店主はゴードン。菓子職人でもあり、ミネバとは夫婦です。

 この二人はお互いにやりたい商売があったために、2つ合わせた形で店を開いたのだそうです。


 ミネバの店の本は無料でゴードンの店に持ち込む事ができ、本を気に入った客はそのまま買い上げて帰ります。

 ゴードンの店のお菓子やコーヒーも好評で、この商売は今のところ上手く行っているそうなのですが、先日ミネバが子供を妊娠している事が分かりました。

 妊婦は身体を大事にしなければなりませんし、誰か人手が欲しいと考え、この身を雇ったのです。


 分厚い本を棚に収め終わり、店番をしているミネバに声をかけます。


「ミネバ、あちらの棚の整理も終わりました」

「おっ、早いね!結構重い本もあったと思うけど」

「このくらいは、重いうちに入りません」

「ははっ、頼りになるね~!本当、シルフィがうちに来てくれて良かった!」


 ミネバは明るく笑いました。ハキハキした中にも知的な雰囲気があって、ちょっと博士を思い出します。

 ちなみにシルフィというのは、人間の少女を偽装するためにメガネが考えた名前です。何でも良かったので、適当に採用しました。


「ヤマト語やシュリ語も読めるのは心強いなあ。うちは異国の本の取り扱いも多いから、ほんと助かる」

「ありがとうございます。後はこ…、私がやりますので、ミネバは少し休んで下さい。ゴードンが心配します」

「あはは、あいつは心配し過ぎなんだけどね。それじゃあお言葉に甘えておこうかな。後でシルフィにもおやつを持ってくるよ」

「はい。楽しみにしています」


 ゴードンの作るお菓子は本当に美味しいです。バターたっぷりの香ばしいフィナンシェや、さくさくほろほろと崩れるクッキーは、いくつでも食べられる美味しさです。

 今日のおやつは何か考えつつ仕事をしていると、お客が店に入ってきました。

 おや、この人間は…今日で3日連続の来店です。


「こんにちは、シルフィ。今日はクランの騎士の物語の本が欲しくて来たんだが…」

「はい、こんにちは。それならばまず、こちらです」


 ポニーテールに結い上げたサラサラとした黒い髪に、水色の瞳。名前はルイズと言うそうです。

 年齢は10代の後半だと思われる少女ですが、女性にしては身長が高く、きっとシオよりも高いでしょう。身のこなしからして、何か武術の心得があると思われます。


 書棚を案内しながら、強い視線を感じます。この人間はずっとそうです。

 疑念や悪意などは感じないので、この身が人工精霊だと気付いている訳ではないと思いますが、初めて会った時から何故かじっと見てきます。少々不快です。


「クィリンド語に訳された本はこちらです。他にも童話版や絵本版、そして原語版が別の棚にあります」

「そうか」


 この身から目を離し、手に取った本をパラパラとめくります。

 ルイズの本を見る目は真剣なもので、ちゃんと本好きなのも確かです。


「童話版と絵本版も見せてもらえるか?」

「はい。こちらです」


 児童向けのコーナーへと向かい、2冊の本を取り出して差し出します。


「童話版はこれで、絵本がこれです」

「ほう。こちらは随分古いんだな」

「こ…私は、クィリンド語版よりもこの古い童話版の方が良いと感じます。クィリンド語版は決闘の場面など、翻訳者が独自の解釈を加えすぎていて、原典と乖離している部分があります」

「何?君は原語版を読んだ事があるのか?」

「はい」


 ■■■…の本の内容は、知識に残っています。それに、クィリンド語版も。他は、棚の整理をする合間に少し読んだだけですが。

 すると、ルイズは頬を紅潮させました。


「凄い…素晴らしい…!君はアイルデン語まで読めるのか…!知識量も凄い…!」

「……。大した事ではありません」

「しかも謙虚で可愛い…!!天使か…!??」


 こういう時は人間ならば謙遜するはずだと考えたのですが、失敗だったようです。何か妙に興奮させてしまいました。

 とてもおかしな人間です。宗教的単語を口にしていたので、何かのカルト宗教に入信している可能性も考えられます。

 さらにルイズは、感極まったように呟きました。


「…結婚したい…!!!!」

「……」


 念の為、このクィリンド皇国の法律に関する知識を確認します。同性での結婚は…ええ、やはり、不可能のはずです。

 この身が知らない間に法改正がされていなければの話ですが。後で再確認しておく必要がありそうです。

 今のところは独り言が漏れているだけに見えますが、万が一にも本気で申し込まれたら面倒です。




「…と、そういう訳です。後でミネバやゴードンに尋ねてみたのですが、やはりそんな法改正はされていませんでした」

「…そうだろうな、俺もそんな話聞いた事ないし…」


 シオは静かに顔を拭きながら言いました。非常に複雑な表情をしています。

 ちなみにテーブルにこぼれたスープは、ちゃんと使用人が拭いてくれています。


「まあ、世の中変な奴っているからな…。気を付けろよ、リチカ」

「はい」


 時々おかしな人間はいますが、古書店の仕事は楽しいものです。

 明日は、どんなお菓子が食べられるでしょうか。

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