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第12話 入学試験・5

「…お疲れ様です、シオ。それにアスマとタンタも」

「リチカ…」


 魔物を全て倒し、少しぼうっとしていたシオがこちらを振り返ります。

 左の腕から出血しています。あの黒い邪狼に噛みつかれていたためです。


「シオ。治癒魔術を施します」

「ああ…」


 ちなみに、ゼニファーとブライアンも既に戦闘を終えています。シオ達が邪狼を仕留めた時点で、この近辺の魔物の殲滅は完了です。

 治癒魔術を受けながら、シオがこちらを見下ろしてきます。


「…その、ごめん、リチカ」

「謝る必要はありません。シオの行動の理由は理解しましたので。一言説明をしてから行動して欲しかったとは思っていますが」


 そう答えると、シオはバツの悪そうな顔になりました。別に悪いことをした訳ではないでしょうに。

 アスマを助けると言い出した時は一体何を考えているのかと思いましたが、ちゃんと理由あっての事でした。

 この身は耳も良いので、戦闘中のシオ達の会話をしっかり聞き取っていたのです。


「しかし、わざと噛みつかれて敵の動きを止めるというのは良い作戦ではありません。敵が残り2匹になった時、一旦距離を取って仕切り直さなかったのは何故ですか?」

「その、なるべく早く倒したかったし…動きさえ止めれば、後はアスマがやってくれると思ったし…」

「…それよりもこの身を呼べば良かったのです。そうすればシオは余計な負傷をしなくて済みました」

「ご、ごめん…。怒ってるのか?」

「怒ってなどいません。次からはそのようにすべきだと助言しているだけです」


 そもそも戦力的に考えれば、初めからアスマの所にはこの身が向かうべきだったのです。この身ならちょっと大型化した程度の邪狼に遅れは取りません。

 シオが自ら助けたかったようですし、ここは見守るべきだと判断して手出しをするのは我慢しましたけど。

 実際シオの負傷はこの身がすぐに治療できる程度の軽傷でしたし、シオ自身それを計算に入れて行動したのだと思いますけど。

 話を聞いていたゼニファーがシオを横目で見ます。


「これ、怒ってるってより拗ねてんだぞ、ですわ」

「そうなのか?」

「拗ねてなどいません。…それより、タンタもこちらへ。腹部に負傷をしているでしょう。治療します」


 地面に降りて休んでいるタンタに話しかけると、隣のアスマが慌てて首を振りました。


「いや、いい。これ以上あんたらの世話になる訳には」

「気にする必要はありません。今はタンタを元気にする事を考えるべきです」


 先程の少女の無形精霊(ルミネス)と同じく、タンタはかなり消耗しています。甲虫型人工精霊は比較的燃費が良いはずですが、戦闘速度で飛び続けると魔力を大きく消費するのでしょう。

 だから治癒魔術を使わずに自己修復機能だけで傷を治そうとしているのだと思いますが、この身はまだ十分に魔力の貯蔵があります。


「タンタは良い人工精霊(フィルギア)です。戦闘経験が少ないなりに、必死であなたを守ろうとしていました。(いたわ)ってあげて下さい」

「……」


 アスマは何故か、ひどく驚いたような顔でこの身を見ました。それから、シオの方を振り返ります。


「あんたら、変わってるな」

「別に良いだろ。それよりリチカ、ゼニファー。あの犬型精霊の奴と無形精霊の女の子はどうしたんだ?」

「ばっちり、助けたぜですわ!」

「お嬢はよく頑張っておりましたぞ」


 ゼニファーはこの戦闘で自信をつけたようで、ブライアンも嬉しそうです。あの場を任せたのは正解でした。

 胸を張るゼニファーの横で頷きます。


「魔物は全て倒し、彼らは既にこの先に進んでいます。シオにも感謝していました」

「先に?大丈夫なのか?」

「シオが戦闘をしている間に、強力な人工精霊の気配を何度か感知しました。魔物を中央ルートの方へ追い返したり、受験者達を助けたりしているようです。試験官が介入したのだと思われます。なので、この先は彼らだけでも十分進めるはずです」


 魔物の位置が偏った事により、こちらのルートの難易度が高くなりすぎたと試験官は判断したのでしょう。逆に中央は簡単になりすぎているはずですが、そちらにどう対処するのかは分かりません。

 シオが拍子抜けしたように苦笑します。


「なんだ、そっか。じゃあ俺が出しゃばるまでもなかったんだな。余計な事して悪かったな、アスマ」

「べ、別に…」

「戦ったのは無駄ではないでしょう。戦闘の様子は上空の鷹型人工精霊がしっかり監視していましたし、自力で切り抜けた事は評価されると思います」

「そうだと良いんだけど。あっと、そうだ、これ返すよ」


 シオがコートのポケットから取り出したお守りをアスマに差し出します。

 アスマは「あっ」と声を上げると、ひったくるように掴んで自分のポケットに突っ込みました。

 乱暴な仕草ですが、照れ隠しなのだとこの身にも分かります。タンタと(おぼ)しきカブトムシの刺繍は、とても可愛らしいものでした。


「おっ、何だよそれ!もしかして、恋人からもらったんですの!?」

「はあ!?」


 身を乗り出したゼニファーに、アスマがぎょっとします。


「いえ、あの刺繍は子供の手によるものと考えます。妹、あるいは親戚の子供あたりではないかと」

「んなっ…」


 赤くなった顔色を見るに、どうやら図星のようです。案外素直な人間なのかも知れません。


「なんだ~そっちかよ!そんじゃあ、その子のためにも合格しねえとな!ですわ!」

「……!!」


 ゼニファーにバンバンと乱暴に肩を叩かれたアスマが、シオの背後にササッと隠れます。そして、引きつった顔で小さくささやきました。


「お、おいあんた、騙されてんじゃないのか!?」

「え?何がだ?」

「こいつ!絶対貴族なんかじゃないだろ!こんなお嬢様がいるか!?」


 正直な所、この身もずっと疑問です。ゼニファーはちっとも貴族らしくありません。


「でもさ、ローデント伯爵家って結構な名門貴族だぞ。名前を騙れば捕まるし、何よりゼニファーは嘘をついてるようには見えない」

「それで信じるとか、あんたどんなお人好しなんだよ!」

「オ…、わたくしは、ちゃんとローデント伯爵の娘ですわ!!」


 シオとアスマのこそこそ話はゼニファーにもしっかり聞こえていたようです。必死に言い返すと、それから急に自信なさげな顔になりました。

 ポツリと呟くように言います。


「た、確かに、わたくしは庶民育ちだけど…ちゃんと、お父様の娘なんだですわ…」

「…ふん、なるほどな。訳ありのやつか」


 アスマは面白くなさそうに言い、シオは困った顔になりました。ゼニファーは硬い表情をしています。

 訳あり…。想像はつきますが、こんな時どのような言葉を言えば場の空気が良くなるのかは、残念ながら分かりません。

 ブランならば何とかできたのでしょうか。それとも、もっと冷え込ませるのでしょうか。

 その時、かすかな気配を感じ取りました。ハッと顔を上げます。


「…シオ。強力な人工精霊が近付いて来ています」

「え?」




「…よぉ、お前ら、無事かー?」


 やけに軽い調子の声が上から降ってきます。

 ゆったりと羽ばたく、大きな(ワシ)型の人工精霊。その足にぶら下がっているのは、金髪に浅黒い肌をした小柄な少年です。前髪の一部は青くピョンと逆立っていて、まるでオウムの冠羽のようです。

 歳はシオよりもいくつか上でしょうか。肌の色や言葉の訛りから推測するに、南方の国の人間です。


「って、噂の人型やないか!なるほどな、ここいらの群れを倒したんはお前らか。えーと…」

「テセルシオ・セサムスだ。こっちはシフィリチカ」


 堂々と名乗ったのはシオだけでした。アスマとゼニファーは驚きと困惑で固まっています。


「おう、テセルシオ君な。何でこっちにおるん?ここ、ほんまは一番ぬるいルートやけど」

「同行者と相談して決めた事だ」

「あっ、えっ、そ、そうだぜですわ!」


 シオとゼニファーの返答に、オウム人間は大して興味なさそうに「ふーん」と言っただけでした。周辺を見回し、言葉を続けます。


「まあ、ようやったって言っとくわ。何しろあっちにいた狐っ子が大はしゃぎで暴れよったからなぁ。おかげで試験用の魔物の動きがしっちゃかめっちゃか、こら受験生にはキツいから助けなあかんってなったんやけど、お前らは自力で何とかしたみたいやな」


 なるほど、彼は試験官側の人間で、任務は受験者の救助だったようです。

 魔物を蹴散らしていた人工精霊のうちの一体が、彼の連れている大鷲なのでしょう。


「…それで、我々に何か用ですか?見ての通り問題は解決されていますし、試験を続行したいのですが」


 低くそう尋ねたのは、オウム人間が好戦的な目でこの身とシオを見ているからです。好奇と値踏みを含む視線。少々不快です。

 オウム人間はニヤリと笑って言いました。


「そもそもオレが待機しとったんはな、生徒会役員としての仕事や。ちょいヤバそうな受験生がおるから、監視役を手伝えって先生方に言われてな」


 左腕を突き出し、「ほら、これ」と腕章を見せて来ます。皇立学院の校章が刺繍されたもので、ちゃんと本物のようです。


「案の定、こんなトラブルが起きた訳やけど。…そのヤバそうなうちの一人がお前や、テセルシオ君。人型人工精霊(フィルギア)なんてそんなん、誰でも興味あるに決まっとるやん?ここで会えたんはラッキーやったわ!」

「……」


 指をさされ、シオが眉間に皺を寄せます。

 この身はあまり学院に歓迎されていないようだとは思っていましたが、やはり警戒されていたようです。

 オウム人間は大鷲の足からぱっと手を離すと、「よっ」と言いながら身軽に地面に着地しました。


「オレの名前はパパゴ、パパゴ・チホリ・イートイ。精霊使役科の2年や。こっちの人工精霊はプルシュ。ちゅう訳で、テセルシオ君、ちょい付き合ってもらうで」

「何?」


 シオが尋ね返すと、オウム人間はそのマリンブルーの瞳を輝かせながら答えました。


「…つまり、先に進みたかったらオレを倒せっちゅうことや!」

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