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第11話 入学試験・4

「シオ…!」


 制止するリチカの声を置き去りにし、テセルシオは駆け出した。

 彼女の言っている事は正しい。自分がやろうとしているのは余計なお世話だ。

 それでも、黙って見ていたくはない。…だから。


 全速で繰り出した槍は、狼の魔物を貫いた。


「なっ…!?」

「助太刀する!!」


 突然飛び込んだからだろう、カブトムシ型精霊を連れた少年が驚愕の声を上げる。

 上手く不意打ちで1匹倒すことができた。残りは6。狼ばかりだが、そのうちの1匹は真っ黒な毛並みをしていて身体も大きい。かなり手強そうだ。

 リチカが言っていた、中央ルートの方からやってきた魔物だろう。この山に入ってから一番の大きさだ。


 …いきなりあの黒いのを狙うのは無理だ。まずは数を減らさないと!


 こちらに飛びかかろうとしている邪狼に短槍を繰り出して応戦していると、少年が叫んだ。


「僕は助けなんかいらない!放っておいてくれ!」

「そんな事言ってる場合か!お前らだけじゃキツいだろ!?」


 彼のカブトムシ型人工精霊は必死でブンブン飛び回っているが、敵に囲まれ防御だけで手一杯になっている。

 しかし、あの黒狼を除けば一匹一匹はそれほど強い訳ではない。テセルシオが加勢するだけで戦況はだいぶ楽になるはずだ。


「いらないったらいらないんだよ!あんた、あの貴族のお嬢様のボディーガードをするんだろ!?僕にかまってないであっち行けよ!」

「何だって…?」


 貴族のお嬢様とはゼニファーの事だろうか?開始直後のやり取りを見られていたのだろうが、何やら誤解されているらしい。

 魔物たちからの攻撃を避けつつ、叫び返す。


「ボディーガードなんかじゃない!協力して試験に挑んでるだけだ!」

「同じだろ!いいから行けよ、僕を助けたって何の得にもならないだろ!」

「そうじゃない…!」


 邪狼に向かって勢い良く突き出した槍は、とどめを刺すには至らなかった。深手は与えたが、魔物はこの状態でもまだしばらく暴れ回るから油断はできない。

 今の突きは踏み込みが浅かった。後ろに回り込もうとしていた別の邪狼に気を取られていたせいだ。


 …さっきの戦いはこんなじゃなかった。もっと楽に倒せていた。


 思わず歯を食いしばる。あれは、リチカのおかげだったのだ。

 彼女はあの素早さで縦横無尽に駆け回り、手に負えない数の魔物がテセルシオやゼニファーに向かわないようにしてくれていた。

 そもそも彼女の力なら、この場の魔物を一人で倒すくらい簡単にできるのだろう。これは試験で、テセルシオ自身の力も試験官に示さなければならないと理解しているから、わざと力を抑えて動いていたのだ。

 人型人工精霊(フィルギア)。自分には分不相応な、とても凄い人工精霊だ。



 そんな彼女の忠告を無視し、テセルシオは今この少年に加勢している。なおさら引き下がる訳には行かない。

 焦るな、冷静に対処しろと、自分に言い聞かせる。深く腰を落とし、魔力を全身に巡らせた。


「得とか、損とか関係ない!!俺は、助けたいから助けてるんだ…!!」


 狙いを定めて突き込んだ槍は、今度はちゃんと邪狼の心臓を貫いた。間違いなく致命傷だ。

 しかしその後ろから、すぐに別の邪狼が飛び掛かってきている。息をつく暇もない。

 素早く引き寄せた槍で叩き落し、地面に落ちた所を刺し貫いた。これで残りは4匹。


「な、なんで…」

「カブトムシのお守り!!」


 そう叫ぶと、少年はわずかに表情を強張らせた。


「さっきそこで拾った!お前のだろ!」


 恐らく合格祈願が込められたものだろう、異民族風の小さな守り袋。カブトムシの(つたな)い刺繍がしてあった。

 カブトムシ型人工精霊を持つこの少年に、誰かが贈ったものに違いない。今はテセルシオの懐に入っている。

 テセルシオはさらに叫んだ。


「…俺は絶対にこの試験に合格する!!その為に毎日鍛えて、勉強して、借金もして…皆に応援されて、それでやっとここに来たんだ!!」


 祖父の槍を握り、毎日欠かさず鍛錬をしてきた。何軒も精霊屋を回って、借金をして、やっとリチカをヴァルキュリーにした。


 “…テセルシオ。お前なら大丈夫。必ず精霊騎士(エインヘル)になれる。お前はとても豪運だから…”


 家族の期待と願い。友人たちの協力と応援。それらがあって、自分は今ここにいる。


 この少年だって、きっと同じだ。祖父のお古を着ている自分が言えた事ではないが、彼の身なりはどう見ても貴族のものではない。

 貴族が多い精霊使役科だが、もちろん庶民だって在籍している。己と契約精霊の力を信じ、立身出世を望む者たちだ。

 しかしそれは、決して気軽に挑戦できるものではない。学院の受験料はかなりの高額。庶民にとっては大きな負担だ。

 今年ダメだったからまた来年と、簡単に言えるものではないはずだ。


「お前だって、誰かに応援されてここに来てるんだろ!?つまんない意地張って、こんな所でモタモタして、それで不合格になったら…お前、それでも良いのかよ!?」



「…ガアァッ!!」


 黒狼の鋭い爪を、ギリギリでかわす。

 別の邪狼がすかさず追撃をしてきて、その横っ面に思いきり槍を叩きつけた。邪狼同士で連携し、続けざまに攻撃を仕掛けてきているのだ。

 こちらの喉笛を狙う3匹めの牙を、咄嗟に槍の柄で受け止める。


 …この体勢はまずい。胴は隙だらけ、槍には邪狼が食らいついている。急いで振り払わないと…!


「…タンタ!!」


 鋭い叫び声と共に、褐色の影が走った。槍に食らいついていた邪狼がその口を開き、崩れ落ちる。

 少年のカブトムシ型精霊だ。高速飛行で突進し、その鋼鉄の角で邪狼を引き裂いたのだ。

 だが安心している暇はない。黒狼がまた次の攻撃を仕掛けて来ようとしている。


「ふっ…!!」


 力いっぱい振り下ろした槍の穂先は、今にもテセルシオの胴に爪を届かせようとしていた前足を切り裂いた。

 着地し大きく飛び退る黒狼を睨みつける。


 …手強い。今のは避けられないだろうと思ったのに、手傷を負わせるだけで精一杯だった。

 ヤツはただ身体が大きいだけじゃない。速くて、しかも強靭だ。


 とりあえず「助かった!」と少年へ声をかけると、「助けに来たのはそっちの方だろ!」という答えが返って来た。

 思わずきょとんとしたテセルシオに、少年が叫ぶ。


「…今はあんたと協力する。僕だって、絶対にこの試験に合格したいんだ…!!」

「……!!」


 正直あの黒狼の相手はキツいが、この少年とカブトムシ精霊と力を合わせられればきっと何とかなる。

 甲虫型の戦闘用人工精霊は鋼鉄の外殻と鋭い角を持ち、素早い動きによる肉弾戦を得意としている。攻守に優れた人工精霊なのだと、サラドが言っていた記憶がある。


「俺はテセルシオ、テセルシオ・セサムスだ!」

「アスマ・ハチスカ。こっちはタンタ」

「よし、アスマ、俺が魔物の注意を引き付ける!お前らは隙を狙って一匹ずつ仕留めろ!」

「分かった…!」



 注意を引くため、わざと大きく動いて槍を振るう。

 邪狼はしっかりと釣られてくれたようで、牙を剥き出しにしてテセルシオを追っている。

 右から2匹が並んで走り込んできている。突くと見せかけて足元を狙って薙ぎ払い、動きを止めた。


「行け、タンタ!」


 高速で突進したタンタの角が一匹の邪狼を切り裂き、葬った。その勢いにもう一匹が怯む。

 チャンスだ。しかし左からは黒狼が来ている。追い打ちに行けば、間違いなくその瞬間を狙われるだろう。

 いや、でも、今なら…。


「…頼んだぞ、アスマ!!」


 迷いを振り払い、怯んだ邪狼の首へと槍を叩き込んだ。

 背後から迫り来る殺意をゾッと感じ取りながら、思い切って槍を手放す。


「ガァァァアッ!!」

「ぐぅっ…!」


 襲いかかる黒狼の牙を、テセルシオはかろうじて左腕で受け止めた。

 コートの袖越しに牙が食い込み、焼け付くような痛みが走る。


「今だっ…!!」

「タンタ!!」


 アスマの命令を受け、再びタンタが高速の弾丸と化す。

 鋼鉄の角は、一瞬で黒狼の首を断ち切った。

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