第9話 入学試験・2
順調に山道を登っていきます。村の周辺の山に比べると平坦で道幅も広く、非常に歩きやすい道です。
日差しはありますが、山の空気はひんやりとして気持ちが良いです。山は嫌いではありません。
「あっ、ユリの花が咲いてんぞ!かわいいな~ですわ!」
そうのんきな声を上げたのはゼニファーです。
登り始めはビクビクしていたのですが、ちっとも魔物が出てこないのですっかり気が緩んでいる様子です。緩みすぎている気もします。
この国の貴族とはこんなものなのでしょうか?伯爵と言えば高位貴族のはずですが、知識から形成されるイメージとは違います。
人間の身分などこの身には関係ありませんし、良いのですが。
ゼニファーには奇妙な所もありますが、警戒すべき相手ではありません。その行動に嘘は感じられず、動きは素人そのもの。つまり、ただの脳天気な人間です。
ですがこの身を強そうだと判断し、シオに協力を仰いだところなどは慧眼と言えます。
依頼された任務はきちんと完遂するのが優秀な人工精霊というもの。ゼニファーもまた合格できるよう、ゴールまで導くつもりです。
「…なあ、何かおかしくないか?」
歩きながら、シオが眉をひそめます。
「全然魔物なんか出てこないぞ。先行した奴らが倒したにしては、戦闘の痕跡がほとんどないし…。本当にこれが試験なのか?」
「気付いていましたか」
シオの方は流石に違和感を感じていたようです。
確かに平和すぎる登山ですが、でも、あと少しの辛抱です。
「問題ありません。もう少し進めば群れになって襲って来るでしょうから、たくさん戦闘になります」
そう答えると、場が一瞬しんとしました。
「…いや問題大有りだろおおおお!??」
ゼニファーが叫びます。焦るあまり「ですわ」を忘れています。
「一体どういう事だってばよ!?」
「ただの事実…ですわ?」
「ですわ?じゃねえんですわ!!!」
「リチカ。ちゃんと説明」
シオに注意されてしまいました。場を和ませる冗談のつもりだったのですが。
仕方ないので、真面目に説明をします。
「ゼニファーがシオを勧誘している間に、中央ルートに入って行った受験者の精霊の影響です。かなり多くの魔力を持っているようで、登り始めた直後に大きな魔力を放出しました。弱い魔物ならば、恐れて逃げ出してしまうくらいのものです」
「それで今まで魔物がいなかったってのか?」
「はい。入口近くの部分は3つのルートが近接していますので、こちらにもかなり影響が出ました」
ここは一番弱い魔物がいるルートです。弱いものは強いものの気配に敏感なので、特に素早く逃げてしまうのです。
多少は予想していましたが、思った以上に大きく影響が出ています。この山の魔物は恐らく学院によって管理されていますから、通常よりも臆病な動きをするのかも知れません。
ちなみにこの身はきちんと放出魔力を抑えていますので、そんな風に魔物を威嚇する事はありません。能ある鷹は爪を隠すのです。えへん。
「こちらのルートは大きく曲がっていて、中央ルートからはどんどん離れていく形になっています。なのでそろそろ中央からの影響はなくなり、ちゃんと魔物が出てきます」
「なるほどな。…でも、群れで出てくるってのはどういう事だ?」
「中央ルートはこちらと違い、ほぼ真っすぐに目的地へ向かう形です。それを例の受験者はかなりのハイペースで登っていて、しかも繰り返し何度も魔力を放出しています。逃げなかった一部の魔物と戦闘しているのでしょうが、やはり多くは逃げ出してしまっています。そして、もっと弱い人間たちがいる方向へと向かい始めています」
「弱いって、つまり…」
「こちらの事です。だからもうすぐ群れと戦えると言ったのです」
元々この辺りにいる魔物と、中央ルートからやってくる魔物。
それらが合わさって、かなり賑やかな状態になるでしょう。
「…マジかよですわぁぁぁ!!」
絶叫しているゼニファーの頭の上で、亀型精霊のブライアンが「ほう」と感心した声を出しました。
「お前さん、感知性能が高いんだのう。儂は2回目の魔力放出までしか分からんかったぞい」
「ブライアンも異常に気付いてたのかよ!?なんで教えてくれなかったんですの!?」
「お嬢が怖がって逃げたりしたら、試験に合格できんですからのう」
「ちくしょーですわー!!」
ふむ、正しい判断です。おかげで今までゼニファーが騒がずに済みました。その分今騒いでますけど。
「少々数は多いようですが、心配ありません。どれも問題なく対処できる程度の強さです」
「ならいいか。俺は元々戦うつもりだったしな。ゼニファーは、ブライアンの方が戦うんだろ?」
「あっ、う、うん」
「そうじゃ」
ゼニファーは一応小剣を腰に下げていますが、ろくに使えそうにありませんし、精霊使いスタイルで行くようです。
契約精霊から魔力をもらい人間が主に戦う精霊騎士に対し、人間が指示役となり精霊に戦闘をさせるのが精霊使い。優秀な者だと何体もの精霊を同時に操ると聞きます。
ちなみに、どちらとも言えないスタイルの場合は好きな方を名乗るようです。
「しかし、戦力としてはそれほど期待せんでくれ。お嬢を守りながらの戦いになるからのう」
「問題ありません。それで十分です」
ブライアンがゼニファーをしっかり守ってくれれば、この身とシオは攻撃に専念できます。よりスムーズに魔物を排除する事ができるでしょう。
おっと、そう言っている間に、早速群れがやって来たようです。
「ツバメに兎、狼、カエル…多種多様ですね。カエルは軽い毒を持っていますので気を付けてください」
「分かった!」
「では、戦闘行動を始めましょう」
手刀を一閃。
真っ二つになった邪燕…ツバメの魔物が耳障りな断末魔を上げます。
邪燕は素早く飛び回るため攻撃を当てにくい魔物なのですが、この身にとっては問題になりません。
防御も弱く、魔力を纏わせた手刀だけで十分に致命傷を与えられます。
魔物とは様々な要因によって発生した邪気が澱み、寄り集まって生まれる存在。人間や家畜を襲い、その恐怖心や負の感情を吸って成長します。
獣や虫に似た形をしているものが多いのですが、邪気を纏っているために普通の生物より遥かに頑丈です。
ダメージを与えるには、その邪気を中和する力、つまり人間や精霊の持つ魔力が有効となります。
人間はこの魔力量に激しい個人差があり、少ない者は弱い魔物ですら倒すのに苦労します。だから精霊の力が必要なのです。
「はっ…!」
視線の先では、シオが邪兎に槍でとどめを刺しています。これで3匹目。
戦闘精霊の契約を済ませてからまだ数日ですが、シオの身体強化もだいぶ様になってきました。元から身体を鍛えていたからでしょう。
それに、シオはたくさんの魔物を見てもあまり怯えていません。実戦経験はほとんどないと言っていた割には随分と落ち着いています。
想定よりも余裕のある戦いぶりで、この身が援護をする必要は今のところありません。
周辺の気配を探ります。魔物はまだ残っていますが、この調子なら10分以内に掃討可能です。
魔力消費量も問題ありません。あと48時間は戦闘続行が可能です。無論、冗談ですが。
やれと言われればできますが、シオの体力が保ちませんし、お腹だって空きます。
ちなみにゼニファーは「キャー」とか「ギャー」とか言いながら走り回っており、良い陽動役になっています。
結構攻撃を受けているようですが、頭の上のブライアンがしっかり防御壁を張っているので心配ありません。
意外に体力もあるようですし、放っておいても問題はないでしょう。
「よし、こいつで…最後だ!」
8分後。シオが最後の邪狼を仕留め、戦闘が終了しました。
シオは額の汗を拭っていて、ゼニファーはぜいぜい息を切らしながら地面にへたり込んでいます。
なお、ゼニファーとブライアンによる討伐数は2です。どちらもブライアンが魔術攻撃で倒していました。
「お疲れ様でした。周囲200メートル以内に魔物の気配はありません」
「よし。じゃあ、すぐに進もう」
「えー!?ちょ、ちょっと休もうぜですわ…!」
走り回ったせいで疲れているゼニファーが悲鳴を上げます。
「そうしたいのは山々だけどさ。この調子だと、先に行ってる奴らも群れに襲われてるんだよな?」
「はい。やや苦戦しているようです」
この道の先でも戦闘が行われている気配を感じます。やはり数が多いようです。
全員が人工精霊を連れているので命の危険まではないと思いますが、掃討には時間がかかりそうです。
「やっぱり…。そいつらを助けに行こう!」
シオは迷いなく言いました。そういうのは嫌いではありませんが、時と場合にもよります。
「それは構いませんが、シオ、これは試験です。助けが必要かどうか尋ねてから戦闘に加わる事を推奨します」
人間は助けられたからと言って感謝するとは限りません。
以前、村人を襲おうとしていた興奮状態の猪を仕留めたら、「そいつは俺の獲物だったんだ!横取りをするな!」と怒られた事があります。この身は別に猪肉が欲しかった訳ではないのですが。
そんな事を思い出しながらの忠告に、シオは素直にうなずきました。
「そうだな。分かった。ありがとう、リチカ」
「いえ。優秀な人工精霊は、助言もできるのです」
「うう…そういう事なら仕方ないですわ…今行きますわ…」
「偉いですぞ、お嬢」
今の会話の間にゼニファーもなんとか呼吸を調えたようで、ブライアンに励まされながら立ち上がります。
文句を言わない所は評価して良いでしょう。




