私の最愛のペット、ゴキちゃん
仕事から帰った時、私の表情はいつもくたびれきっている。駐車場に軽自動車を停め、重たい荷物を持って、息を荒くしながら、髪を振り乱しながら、鉄製の階段を昇る。
「はあっ……! ふうっ……!」
そんな声を実際に出しながら、玄関の扉を開けて、中へ入り、扉を閉めて、荷物をどすん! と床に置き、顔をあげて、彼の姿を見つける。すると途端に私はぱあっ! と笑顔になる。
「ただいま、ゴキちゃん!」
白い壁を伝って、今日もゴキちゃんが迎えに出てきてくれた。
ピョコピョコと元気に動かす二本の長い触角がいつ見てもチャーミングだ。
「今日はいいもの持って帰ったよー」
そう言いながらリュックサックのチャックを開ける私の手に、待ち切れないというようにゴキちゃんが前脚を乗せてくる。『何? 何? もしかして……?』と喋っているのがなんだかわかる。
「こらこら! 中に潜り込んじゃだーめっ!」
優しく首の後ろを掴んで止めさせながら、私がリュックから皮を剥いた玉ねぎを出すと、ゴキちゃんがぴょんぴょん跳ねて喜んだ。甘〜い淡路島産の玉ねぎがゴキちゃんの大好物なのだ。
目をうっとりと細めて玉ねぎにむしゃぶりつくゴキちゃんを見ながら、私はビールを開ける。私の大好物だ。ゴキちゃんもビールを喜んで飲むけど、これはあけるわけにいかない。前に飲ませてみたら酔っ払って、やたらと動きが速くなりすぎたことがあるのだ。
「ふふっ……。ゴキちゃんは私の癒しだよ」
夢中で玉ねぎをしゃぶっているゴキちゃんの黒光りする背中を撫でながら、私は呟く。
「ずっと……、ずーっと私の部屋にいてね」
ゴキちゃんに言葉は通じないけれど、心は通じている気がする。
その証拠に、ゴキちゃんが笑ってうなずいてくれた。
翌朝、目覚ましが鳴っているのに、私がなかなか起きずにいると、ゴキちゃんが心配したのか起こしにきてくれた。
私のシャツの中へ入り込み、ギザギザした手で背中をひっかいてくる。
『起きろー、起きろー! 目覚まし鳴ってるよー!』
必死で背中をひっかいても私が起きないので、顔の前にやってきた。
『起きてー! 起きてー! お仕事に遅れるよー!』
私の唇に何度もキスをして、ピンク色のベロを出してペロペロしてくる。
「う……、うーん……」
さすがの寝ぼすけの私も起こされてしまった。
「ふふふ……、おはよう。ありがと、ゴキちゃん、起こしてくれて」
ベッドから出て、ゴキちゃんにチョコレートドリンクをあげながら仕事の準備をする。できればゴキちゃんとまったりした一日を過ごしたいけど──休日まで我慢、我慢。
さぁ、仕事に出かけなくちゃ!
荷物を持ち、玄関へ向かって歩きだすと、いつもならゴキちゃんがサササーッと床の上を這ってついてくるのに、今朝はなぜかついてこなかった。
「まだチョコレートドリンクにかぶりついてるのかな?」
そう思いながら靴を履いて、悲鳴をあげてしまった。
私を驚かそうと思ったのだろう、ゴキちゃんが靴の中に隠れていて、私は思いきりそれを踏んでしまった。
「ゴキちゃん!!」
潰れてお尻から白いものを出し、ヨロヨロとした動きしかできないでいる彼を抱き上げて、仕事どころじゃなくなった。早く……早く動物病院……! じゃない! えっと……、どこへ連れて行けばいい!?
も……無理!