凶獣覚醒
「なんつーか、しみったれた店だな」
「分かってねえな。
案外、こういう個人店が美味いもん出すんだよ」
「それより、大事なのはテレビあるかどうかだろ?
ま、ないなら自分らの端末で見るだけだけどさ」
ノレンをくぐって現れた三人の男は、スコットやベックからすればほんの若造――なんならば、酒を飲めるだけの子供といってよいような年齢の者たちだ。
特筆すべきは、身にまとった剣呑な雰囲気……。
格好こそ、スコットと同じく、リゾートを満喫しに来た観光客そのものである。
だが、ベルトで後ろ腰に拳銃を差し、アロハシャツでそれを隠している観光客など、そうはいまい。
そもそも、並の人間ならばひと目見ただけで退散するだろう店主の姿を見て、臆した様子がないのだ。
――海賊。
自分のみならず、おそらくはベックの脳裏にも、その二文字がひらめく。
が、だからどうしたというわけでもない。
すでに、三人の若者はベックがその気になりさえすれば、瞬く間に制圧できる圏内へと踏み入っており……。
そもそもが、七海賊連合の緩衝地帯であるこの惑星ロピコにおいて、荒事の心配をする必要は皆無なのである。
「いらっしゃい」
だから、ベックもひとまずはそう告げて三人をカウンターにうながす。
「サケ……。
それと、スシを適当に握ってくれ」
三人の……ベックを知らぬ世代の海賊たちは、思い思いに席へと座った。
「はいよ」
ひとまずは、人数分のサケを供し……。
ベックが、やはり惚れ惚れするような手さばきでスシを握り始める。
海賊の一人が、壁際に備わったテレビを見つけたのは、早速サケをやり始めた時だ。
「お、テレビあんじゃん?
親父。それと、爺さん。
ちょっと見させてもらっても、構わないか?」
「どうぞ」
「私は構いませんよ」
特に断る理由もなく、ベックとスコットはそれを承諾する。
「へへ……。
チャンネルはどれでもいいよな?」
「ああ、どうせ、変わらなくなる」
男たちの一人が、直接テレビに備わったボタンをいじりながら尋ねると、仲間の一人がそう答えた。
――チャンネルはどれでもいい?
その言葉に、若干の不審さを抱きつつも、気にせずサケを楽しみ続けるスコットだ。
せっかくの再会は、邪魔された形になるが……。
そもそも、店の営業時間内であり、ベックからすれば、おそらくは珍しいだろう客である。
それが、どこぞ海賊の若者だというのは、どうにも回避し得ない因果のようなものを感じてしまうが……。
ひとまず、友人の商売を邪魔する必要はあるまい。
どうせ、これから先の人生では、たっぷりと時間があるのだから。
それゆえに、スコットは一人酒を楽しみ続け……。
「おお、美味え!」
「な? 当たりだっただろ?」
「親父、マグロももっと握ってくれ」
海賊たちも、サケとスシを大いに楽しむ。
せっかくつけたテレビで流れる陳腐なカートゥーンには、誰も興味なさそうであったが……。
まあ、おおよそ、平穏な時間であったと見てよい。
それが終わったのは、突如、カートゥーンの放送が中断され、何やら速報が映し出された時のことだ。
『――番組の途中ですが、緊急中継をお送りします。
三十分ほど前、セントラルタワーが海賊に占拠されました』
「「――何?」」
緊迫した顔で画面へ映り込む女アナウンサーの言葉に、ベック共々声を上げる。
おそらく、ヘリを使って遠距離から撮影しているのだろう……。
次いで、画面に映し出されたのは、上空から俯瞰する超高層建築物――セントラルタワーの姿であった。
上空から映し出しているといっても、その全容が画面の中へ収まっているわけではない。
まるで、神話に登場するバベルの塔がごとく……。
その名通り、島の中央部に建築された尖塔はどこまでもどこまでも伸び……果ては、成層圏にまで達しているからだ。
――セントラルタワー。
タワーと名付けられているものの、与えられた最大の役割は軌道エレベーターである。
惑星ロピコの、玄関口として……。
人と物の行き来を担うのが画面に映された施設であり、島で最も重要な建築物であるといって過言ではなかった。
また、このタワーには、超大型複合商業施設としての役割もある。
およそ必要とされるあらゆる施設、店舗をタワー内へ収めることによって、無闇な建築物の乱立を抑制し、観光地としての景観を保っているのだ。
そうして、タワー内へ収められた施設の中には……。
「――ベック様。
確か、劇場はタワー内の……」
「……ああ。
中層部に存在する」
苦虫を噛み潰したような顔で、かつての死神がうめく。
同時に、スコットの肌をちりりと刺激したもの……。
それは、十二年前、この男が捨て去ったはずの……。
「――ハッハー!」
「乾杯!」
「いよいよ、始まったなあ!」
スコットの思考を断ち切ったのは、今まで、それなりに大人しくサケとスシを楽しんでいた若造たちである。
明らかに、海賊とおぼしきこの小僧たち……。
見たい番組があるわけでもなさそうなのに、わざわざテレビをつけたこと……。
その全てが、スコットの中で……おそらくは、ベックの中でも、結びついていく。
『ご覧下さい。
タワー周辺部は、海賊のアームシップが飛び交い、完全に制圧された状態となっています』
女アナウンサーの声が、店内へと響き渡る。
なるほど、彼女の言う通り……。
テレビ局のカメラは、タワー周辺で飛行する複数のアームシップを映し出していた。
威圧的なマニューバを披露する機体は、いずれも戦闘機形態であり……。
特筆すべきなのは、全機が青く染め上げられていることの他に、もうひとつ。
「――青の海賊団か。
だが、あれは見ないアームシップだな。
スコット、知っているか?」
「……いいえ。
私の知らない機体です。
設計も、ひどく独特だ。
おそらく、密かに工房を造り、独自に量産したのでしょう」
「青の船長といやあ、ウィルだろう?
あいつに、そんな細かい芸当ができるか?
いや、そもそも、こんなことするような馬鹿か?」
「それは……」
ベックへ答えようとしたが、それを遮ったのが若造の一人だ。
「なんだあ? おっさんたち。
やけに詳しいじゃねえか?」
「けど、細かいところまでは知らねえみてえだな」
「七大海賊団のひとつ、青の海賊団はなあ……。
もう、七年も前に代替わりしてるんだよ!」
サケをかっくらいながらの言葉に、ベックがひどく驚いた顔を見せた。
「そうなのか?」
「……はい。
死因は存じませんが、突如として亡くなられ、ご子息が跡を継いでいます。
当時の主要なメンバーは、ことごとくが廃され、もはや、かつての青ではありません」
スコットの言葉で、若者の一人がヒュウと口笛を吹く。
「おいおい、爺さん……マジで何者だ?
ちょっと事情に詳しいってだけじゃ、そこまでは語れねえぜ」
「もしかして、オレらの先輩か?
案外、青から追い出した年寄り連中の一人だったりしてなあ!」
「だったら、教えておいてやるけどなあ……。
今の青はいいぜえ?
面倒くせえ流儀だの、面子だの、気にしなくていいからなあ」
下卑た……。
実に下卑た声で、若者たちが笑う。
海賊としての矜持を保った者ならば、このような笑い方はすまい。
そして、今ので、現状の青がどんなことになっているか……ベックにも察しがついたことだろう。
「野心のある二代目が、今までの掟を無視し、やりたい放題やろうってわけか。
で、その第一歩が、セントラルタワー……いや、このロピコを自分の縄張りへ収めることだ。
緩衝地帯を勢力圏に加え、他の海賊団より抜きん出るためにな」
その証拠として、ベックは、青の海賊団が目的としていることを、スラスラと述べてみせたのである。
これは、危険な兆候だ。
ベックという男は、怒りが燃え盛れば燃え盛るほど、理性を研ぎ澄ませるのだから。
「察するところ、お客さん方は後詰めや予備兵力ってところか。
こんな感じであちこちに潜み、いざ、お呼びがかかれば、援軍として駆けつける。
祝杯は、そのついでか」
「おお、親父さん察しがいいな!」
サケの力もあるだろう。
ベックの問いに、若者の一人が上機嫌で答える。
「そりゃどうも」
眠っていた獣が目を覚ましたのは、その時であった。