迫る影
平時においては、空腹を癒やすべく訪れた観光客によって賑わい、各店舗前の通路に至るまで、行列が形成されるフードエリア……。
だが、そこに今漂っているのは、かぐわしい料理の香りではない。
――ダダダッ!
さる中華料理店の店内……。
隠れていた柱の陰から飛び出したベックは、瞬時に小銃の狙いをつけ、至近距離の海賊を射殺していた。
「――ッ!」
奇襲によって仲間を倒された海賊が、慌ててこちらに銃を向けようとする。
だが、それはベックにとって、あまりに緩慢な動作であり……。
相手が狙いをつけるよりも早く照準し、発砲するなどたやすいことであった。
――ダダダッ!
放たれる銃弾は、最小かつ確実な三点射である。
これを急所に当てれば、ほぼ確実に相手の命を奪うことができるし、よしんば絶命しなかったとしても、以降の行動は不可能となるからだ。
最後の力を振り絞り、一矢報いる。
フィクションにおいては散見されるシーンであるが、人体というのは複雑な生体メカニックであり……。
中枢を破壊された状態で行動することができるのは、鋼の意思を宿せし強者だけなのであった。
そして、たった今、相手にしている青の海賊団……。
ウィルの息子――ハワードが率いしこの連中は、兵として軟弱のひと言に尽きるのである。
「――野郎っ!」
生き残った敵たちが、一斉に銃撃しようとしてきた。
さすがに、三方向から同時撃ちされればたまったものではなく、ベックも一時、別の柱へと隠れる他にない。
――ガッ!
――ガガッ!
鉛の弾丸が、中華料理屋の柱を穿つ。
怒りのまま撃ち続けているのだろう……その斉射は、数秒の間、続いた。
だが、いかなる銃であっても、弾倉内へ無限に弾丸が入るわけではない。
弾切れを防ぐべく、敵の射撃が一時的に止む。
そこが、付け目だ。
「――っ!」
声はなく……。
気迫だけ込めて、飛び出しながらの射撃を見舞う。
海賊たちは、もしかしたら、こう思っていたのかもしれない。
――飛び出してきたその瞬間。
――間髪入れず、蜂の巣にしてやるぞ。
……と。
それは、考えが甘いというのだ。
この若造共が、反応するまでの時間……。
ベックからすれば、狙いを付け、引き金を引くのに十分。
――ダダダッ!
「うわっ!?」
また一人、敵がダウンする。
――ダダダッ!
ようやくトリガーを引きつつあった海賊の一人も、すんでのところで無力化。
――ダッ!
――ダダッ!
さすがに、最後の一人は無力化する前に反撃へと転じ、こちらに射撃を見舞ってきた。
が、それは当たらない。
ベックは、二名を即座に射殺すると共に、その場を飛び退いたのである。
ゆえに、小銃から放たれた弾丸が穿つのは、中華料理屋の高級感が漂う床タイルだけだ。
――ダダダッ!
そして、死神の回避行動というのは、回避であって回避ではない。
自らへの攻撃はやり過ごしながらも、同時に、敵への反撃も放っていたのである。
「――おぶっ!?」
狙いなど、付けてはいないめくら撃ち。
だが、染み付いた感覚は、正確に敵の胴体へ三点射を命中させていた。
「………………」
無言のまま立ち上がり、小銃のマガジンを落とす。
そして、腰に差しておいた予備のマガジンを装填した。
できれば、使用した分の弾薬を倒れた敵から回収したいところだが、それはしない。
なぜならば、すでに新手が迫っていたからである。
――ガッ!
――ガガッ!
新たに現れた敵の銃弾が、遮蔽にした柱やターンテーブルを削り取っていく。
だが、巧みに身を隠しながら移動するベック自身には、それらが当たることはなく……。
代わりに、思考や動きの隙を突いた射撃が、一人、また一人と敵を倒していったのである。
眠っていた死神……。
かつて伝説とまで呼ばれた傭兵は、十二年の時を経て、徐々に、徐々にと……以前の動きを取り戻しつつあった。
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「侵入者、フードエリアを突破し、さらに上部……ショッピングエリアへと到達しました!」
セントラルタワーの最上部。
軌道エレベーターとしての中核であるドッキングベイへと運ぶ大型エレベーターの中、部下の一人がインカムに手を当てながらそう報告する。
「突破?
人質はどうなった?」
「無視です。
敵は、フードコートへ集められた人質たちに目もくれず、真っ直ぐに階段から上層を目指したそうです」
「ぬうう……」
ハワードが歯噛みしたのは、自らの判断ミスに気づいたからだ。
「人質の守りへ人員を割いたのは、間違いだったか」
ここへの道すがら……。
ハワードは侵入者への対策として、ふたつの方策を打ち出した。
ひとつは、いくつかのチームに分けた兵を派遣すること……。
そして、もうひとつは、人質の周囲を手厚く守ることだったのである。
討伐隊が、首尾よく死神を始末するならばよし。
そうでなかったら、人質を盾とし、相手の動きを止めた上で仕留めさせる腹積もりだった。
結果は、これだ。
死神にとって、そこらの人質などなんらの価値もなかったのである。
相手に対し、アクション映画へ登場するスターのようなヒロイックさを求めたのが、間違いであった。
「ひと息に劇場へ至れなかったのが、不幸中の幸いか。
さすがの死神も、遮蔽がない階段で強引に突破することは難しいとみえる」
だが、それは……敵があくまで、クレバーであることを意味する。
感情のまま、目的のままに真っ直ぐ劇場へ向かっていたのならば、おそらくはもう倒れていただろう。
しかし、こいつはそのような真似をせず、あくまで慎重に……少しずつ浸透して、こちらの戦力を削っているのだ。
そのクールさに、戦慄を覚えた。
背後から……。
見えざる死神の鎌が、自分の喉元へ迫っていると感じられたのである。
ハワードからすれば、死神は亡き者とした父と同世代の存在……。
一世代前の人物だ。
だから、全盛期の活躍は、噂話でしか聞いていない。
いわく、生身の状態でアームシップ一個小隊に攻撃されたが、逆に相手の機体を奪ってこれを返り討ちにした。
いわく、操縦するアームシップ一機で、マザーシップ含む敵一個中隊を三分で壊滅させた。
いわく……たった一人で、七大海賊団のひとつと渡り合える実力がある。
噂話のはずだ。
多分に、話が膨れ上がっているはずだ。
しかし、なるほど……それほどに話が膨らむほどの実力は、有していると認めるしかなかった。
実際、送り込まれた兵たちは、ことごとくが返り討ちにあっているのである。
この状況……果たして、どうするか。
ハワードが出した結論は、極めて単純なものであった。
確かに、タワー内の兵たちに死神を殺させることは難しいようだ。
ならば……。
タワーの外で飛翔させている、より強力な兵器を投入すればよいのである。
「……外のアームシップたちに命令しろ。
外壁を破ってショッピングエリアに突入し、侵入者を抹殺しろと」
「……よろしいのですか?」
「すでに決断し、命令した」
「……はっ!」
返事した部下が、インカムでハワードの指令を伝えていく。
それに満足しながら、背後へ視線を送る。
大型エレベーターの内部は、五十人以上も収容可能な広さであり……。
後ろには、武装した部下たちに導かれる形で、例の子供たちが乗せられていた。
「……さて、死神の娘とやらは、果たしてどんな顔をしているのかな」
彼女らに聞こえないよう、ハワードはそうつぶやいたのである。