51 今更
「フェリシティさんは、母親のソフィアさんにそっくりね。」
少し目を潤ませながら、笑顔で私を出迎えてくれたのは、私を養子として受け入れてくれた伯爵夫妻だった。
この伯爵夫妻は、私の母を見付けて保護してくれた人達だった。しかも、母であるソフィアもまた、この夫妻の養子に入り、伯爵令嬢としてエルダイン辺境伯の元へと嫁いだと言う事だった。
「ソフィアさんの時のように、一緒に過ごせる時間は少ないと思うけど、私達の事は本当の親だと思って接してくれると嬉しいわ。まぁ…年齢的には祖父母に近いのだろうけどね?」
と、肩を竦めながら笑う伯爵夫人─お母様。年齢を感じさせない可愛らしい人だ。
この夫妻には、子供が生まれなかったらしい。後継者には、伯爵の弟の次男が選ばれているらしく、今はその次男との引き継ぎをしているとの事だった。
「フェリシティさんをチェスター辺境伯に送り出したら、私達も引退してゆっくりしようと思っているんだ。それ迄は、一緒に思い出作りでもしようか。」
伯爵─お父様が目尻に皺ができる程の笑顔になっている。
なんでも、親戚に居る子供達は男の子ばかりらしく、母が来た時もそうだったらしいが、娘となる私の事が、可愛くて仕方が無いらしい。
リオが領地を離れてから1年半。
「暫くの間は、あまり会えないと思う。」
と言われていた。それは、仕方の無い事だ。例え叔父が領地運営をしてくれていたとは言え、領主であるリオでなければ進まない仕事もあっただろうから。だから、暫く会えないと言われて
ー寂しいかもー
何て思っていても、言えない訳で……。
でも、そんな気持ちも、お父様とお母様のお陰で思った以上に、楽しい日々を送れる事になった。
カルディーナにやって来てから2ヶ月が経った頃、ようやくリオも仕事が落ち着いたようで、久し振りに会える事になり、私がリオの邸に行く事にした。
「フェリが足りない!!」
と、久し振りに会った早々に、両手を広げて距離を詰めて来るリオに
ーあ、コレ、ヤバくない!?ー
と思った瞬間には抱きしめられていた。
私を出迎えてくれている、チェスターの使用人達の目の前で。恥ずかし過ぎて、グイグイとリオを押してはみるけど、やっぱり微動だにしない。チラリと、リオの肩越しに見えてしまった使用人達の……あの微笑ましいモノを見るような目は……見なかった事に……は、できないよね!?
暫くギュウギュウと抱きしめられた後、リオは私の腰に手を回して邸の中へと案内してくれた。
勿論、ここでは、私の目の前で扉が閉ざされる事はなかった。
ーくっつき過ぎて、歩きにくいですけど!?ー
とは、言えない。あまりにもリオが嬉しそうに笑っているから。そんなリオを見て、私も嬉しいな─と、思ってしまっているから。
ーこれが、“好き”って事なんだろうか?ー
そんな事を考えているうちに、サロンに到着。サロンの扉を開けると
「ようやく会えたわね!」
と、女の人が満面の笑顔で迎えてくれた。
その女の人は、リオの叔父様のお嫁さん─叔母様だった。
「小さい頃からずーっと、“フェリが~”とか“フェリを~”って言ってたのよ。もう、貴方がお馬鹿──第一王子の婚約者候補になったって知った時のリオンはドン底に突き落とされたみたいで、見ていておもしろ──可哀想だったわ。」
ー“お馬鹿”やら、“面白かった”は、聞かなかった事にしようー
「まぁ、相手はあのお馬鹿さんだし、そんな事位で諦めるようなら、チェスター辺境伯なんて務まらなかったでしょうけどね。ふふっ。」
ーあぁ、ハッキリ“お馬鹿さん”って、言っちゃいましたねー
何とも……清々しいご夫人である。
「叔母上……」
リオは何とも言えない顔をしている。おそらく、リオもこの叔母様には勝てない─と言ったところだろう。
「ユリア、その辺にしてあげなさい。フェリシティ嬢、すまないね。」
困ったような顔で謝って来たのは、リオの叔父様だ。
「ユリアは、ずっとフェリシティ嬢に会いたいと言っていたから、ちょっと浮かれてるんだよ。でも、本当に連れて帰って来れて良かったな、リオン。」
「叔父上、叔母上も、留守の間ありがとうございました。」
リオがお礼を言って、それから4人で少し話をした後、「まだフェリシティさんと喋りたい!」と言う叔母様を、叔父様が宥めながら「邪魔者は消えるから、後は2人でゆっくりすると良いよ。」と言って部屋から出て行った。
「はぁ──────」
と、リオは大きくて長いため息を吐きながら、またまた抱きしめられた。
「やっと2人になれた。」
「リオ………」
恥ずかしいけど、リオに抱きしめられるとホッとするのも確かだ。
「私も……リオに会いたかった……」
と、素直にリオに身を預けると、リオの体がビクッと反応する。
ーん?ー
不思議に思って、ソロソロとリオを見上げてみると
「──素直過ぎるフェリが悪い」
と、これまたやっぱり少し怒った?顔をした後、噛み付くような───キスをされたのだった。
そんな風に、コルネリアでの生活が嘘のような幸せな日々を送り、リオと私は1年後に結婚した。
結婚して2年後には男の子が生まれ、その2年後に女の子が生まれたが、その子は“サファイアの瞳”は持ってはいなかった。2人とも、父であるリオと同じ、赤い瞳をしている。
「あれ?2人とも寝てる?」
「遊び疲れて、寝てしまったみたい。」
チェスター邸の庭にあるベンチで、兄妹が寄り添って寝ている姿を見ていると、仕事を終えたリオがやって来た。
もう少しだけ、このままにしておこうか─と、リオが私の横に座り、2人で話をする。
「ねぇ、フェリ。フェリは……幸せ?」
と、リオが私の手を握り視線を絡ませる。
「私はとても幸せよ───そんなの、“今更”な質問だわ。」
ふふっ─と笑うと、リオはキョトンとした後
「それなら良かった。」
と、優しく笑って、また、私に触れるだけのキスをした。
本編はこれで終わりですが、今日中に、その後の話を2話投稿します。
そちらも読んでいただければ幸いです。




