23 メルヴィル=コルネリア②
いいね、ブクマ、ありがとうございます。
ハッキリ言って、八つ当たりもあった。
うまくいっていなかった私と、いつも笑顔のフェリ。そんなフェリに、私の苦労が分かる訳がないと。
それからフェリは、顔色を悪くさせて
「申し訳ありません。今日はこれで失礼致します。」
と言って、フェリの侍女のココに支えられながら帰って行った。
あの時見せた、少し歪んだ笑顔が、私が見たフェリの最後の笑顔だった。
それからフェリの表情から笑顔が消えた。
私とお茶をしていても、ただ私の前に座って私の話に相槌を打つだけになった。その空間が気不味いモノとなって、そのうちフェリの登城回数が減り、登城しても体調が良くないと、講師からの連絡でお茶をする回数も減っていった。
勿論、この事に関して、母である王妃も講師達も私に何か言って来る事はない。そう。私から訊かない限りは、婚約者候補でしかない令嬢の事は良い事も悪い事も言わないと言うのが、暗黙のルールなのだ。全て、公平さを保つ為。それは、側近達にも言える事だ。ディランをはじめ、エルドも私には何も言わない。ひょっとしたら、フェリに対しても思うところはあるかもしれないが─。
今なら分かる。でも、その時は分かっているつもりになっていた。
フェリが笑わなくなったのも、ようやく王妃教育が厳しくなり疲れているからだと。やっぱり、多少の贔屓があったのかもしれない。これで、ようやく他の候補者達から妬まれる事が無くなるだろうと、寧ろ安堵したほどだった。
それでも、やっぱりフェリとのお茶の時間は…どんどんと苦痛になっていった。
「あんなに無表情で居られると、何を話せば良いか分からないし、お茶の味も分からない。」
ついつい、生徒会室で洩らしてしまった言葉だった。
ディランは表情を変えなかったが、エルドは顔を顰めていた。
月に2、3回程しか登城しなくなったフェリ。
全く笑わなくなったフェリ。
私が話さなければ、口を開くことさえしなくなったフェリ。
母も、講師陣達も何も言わない。
その反面、他の候補者4人とは、よくお茶に誘い色んな話をした。私の顔を見ると笑顔で迎え入れてくれて、自分達の話もよくしていた。
それをまた、フェリとついつい比べてしまい
ーフェリとは違うなー
と、思うようになっていた。
******
「今日は天気が良いので、中庭のガゼボでお茶をしませんか?」
ティアリーナ嬢の提案で、その日は生徒会のメンバーで中庭でお茶をする事になった。
「ニコリともしない。一体何を考えているのか分からない。」
私はまた、フェリに対して思っている事を口に出していた。
「でも、エルダイン嬢が、婚約者候補の筆頭だろう?幼馴染みのようなものだし、昔は仲も良かっただろう?」
そう私に訊いてくるリカルドの横には、相変わらず何を考えているか分からない微笑みを浮かべたディランと、少し顔を顰めるエルドが居る。
「兄であるシリルの前で言うのもなんだけど、あれだけ表情が全く変わらないと…怖いくらいだよ。」
フェリの異母兄であるシリルも、いつも無表情だ。妹のフォローをする様子も無いが肯定する事もない。例え妹であろうとも、公平さを保つ為か?それとも──
「メルヴィル様、それは言い過ぎでは?フェリシティ様は、才に優れた方で────」
と、私がフェリの事を愚痴れば、ティアリーナ嬢はいつもフェリの事をフォローする。
一つ年上だが、我が国筆頭の公爵家の令嬢で、成績は首位をキープ。王妃教育も、殆ど終わっている。同じ生徒会では、よく他の者達のサポートもしたりと、とても気が利き、仕事を頼んでも嫌な顔をする事もなく、いつも笑っている。
ーティアリーナ嬢が一番王妃らしいのかもしれないー
その時、ふと、私の視界の端に琥珀色の髪が揺れたような気がしたが…そこに視線を向けても、誰も居なかった。
この時の会話を、フェリに聞かれていたとは思ってもいなかった。
エスタリオン=チェスター
私の幼馴染みの1人で、隣国の辺境伯の嫡男。訳あって数年間は自国カルディーナから出る事ができなかったが、新学期から我が国の学園に留学生としてやって来る事になった。
ー問題が、片付いたと言う事かー
エスタリオンは、私と同じクラスだった。懐かしいなと思ったのは一瞬で、エスタリオンは先生に促され、当たり前のようにフェリの側へと行く。エスタリオンはフェリと何かを話した後、グレイシーに何か言われて──
3人で顔を見合わせて笑った。
ーフェリが…笑った?ー
何故か、それ以上は見ている事ができず、慌てて前に向き直った。
私の中に、微かにだけ残っているフェリの笑顔。それを…エスタリオンには向けている。
そこで、ようやく、初めて気付く。
ーあぁ、そうか。私は…フェリを………。でも、フェリにとって、私はもう……ー
『お前とフェリシティ嬢が、その信頼関係を築けるとは思えないわ。もう……彼女はお前を見ていないから。それでも、彼女をこのまま候補者の1人として、縛り続けるの?』
母の言葉が今になって重くのしかかってくる。
ツキリと胸が痛みを訴え、手をギュッと握り締める。
ーいや、フェリなら…きっと、私が話したら分かってくれるかもしれないー
と、私はその時、また安易な気持ちを抱いていた。




