15 シリル=エルダイン
ブクマ、ありがとうございます。
『もし、フェリが求めた時は、助けてあげて。』
私の手を優しく握って、儚く微笑んだ。
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「本当に、何故あんな可愛げの無い子が、第一王子の婚約者候補なのかしら。」
「お母様、仕方無いわよ。あんなでも、幼馴染みらしいから、王子様だって仕方無く選んだのよ。でも、アレじゃあ、どう頑張っても婚約者になんてなれないわよ。」
「ふふっ。それもそうね。今は婚約者候補だから仕方無く置いてあげてるけど…候補から外れたら、すぐにでも追い出してやるわ。いえ──この邸で使用人として雇ってあげましょうか。」
「まぁ!お母様、それ、素敵な案ね!!」
ー何が“素敵な案ね”だー
私が学園に入学するのと同時に、母と妹も王都のタウンハウスへとやって来た。いや、それは建前の理由だろう。母も妹も領地暮らしよりも、王都での華やかな生活に憧れていたから。
父と母は、学園時代から付き合っていたそうだ。
それが、政略的な婚姻によって、父は伯爵令嬢だったソフィア様と結婚する事になった。ただ、その結婚直後に、母─ブリジットが身篭っていた事が発覚。ソフィア様側の両親が怒り、すぐに離縁させようとしたが、ソフィア様自身がブリジットとその子供を認知し許してしまった為、離縁させる事はできなかったそうだ。ただ、両家の両親が認めなかった為、母はエルダイン邸では暮らせず、違う邸をあてがわれ、そこで生活をしていた。
『なぜ、ゆるしたの?』
『許すも何も…もともと、その2人の仲を裂いたのが私だからよ。私と旦那様の間には、愛なんてないもの。あるのは仕事上の信頼だけ。私には、それだけで十分なの。』
『ぼくが…にくくないの?』
『憎い?まさか!あなたは…旦那様の…私にとっても、あの子と同じように可愛い子よ。』
フワリと優しく微笑んで、私の頭を撫でてくれた。
母は知らない。おそらく、父も知らない。
私は、ソフィア様が亡くなる1年前に、ソフィア様に会っている。初めて会った時は偶然だったけど、それから、私がブリジットの子だと知っても何か言われたり、嫌がらせ?をされたりする事もなかった。反対に、こっそり私を邸に呼んで一緒に話をしたりした。とても、優しい人だった。
ソフィア様と3回目に会った時だっただろうか。その日、初めて異母妹のフェリシティを見た。エルダイン邸の庭で、同じ年位の子達と走り回って遊んでいた。
『ほら、あの─私と同じ琥珀色の髪の子がフェリシティよ。あなた─シリルの妹にあたるわね。直接会わせてあげる事はできないけど…。』
と、ソフィア様は寂しそうに笑う。
そう。本当は、私とソフィア様が会う事も許されない事だった。ブリジットと子は認知はするが、会う事は許さないと言われていたからだ。
遠目で見るフェリシティは、可愛らしい女の子だった。嬉しそうに、楽しそうな顔をして走り回っている。
もう一人の私の妹─アナベルは、いつも文句ばかり言う。
「もっとかわいい服がほしい!」
「野菜なんてキライ!」
「お勉強なんてイヤ!」
「おにいさま、遊んで!」
いつも周りの人を困らせているのに、母はアナベルに注意する事はない。少しでも周りを庇えば、更にアナベルを刺激してしまい、気が付けばその庇った者が居なくなったりしていた。
ー私が庇ったから?いや…偶然…だよな?ー
そんな事が何度かあり、偶然では無い事がわかった。
そんな母と妹が居た為、少し女性と言うモノに恐怖心?拒否感?のようなモノを抱くようになってしまった。
それでも、ソフィア様の優しさと笑顔には、安心している自分が居た。その、ソフィア様と同じように笑っているフェリシティは、私にとっては眩しくて…大切にしてあげたいな─と思うような存在になった。
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「ソフィアが死んだわ!これで、私が辺境伯夫人よ!」
「それじゃあ、私はきぞくのれいじょうなのね!」
ソフィア様の死を喜ぶ母と妹。
この2人と同じ血が流れていると思うとゾッとした。
そして、ソフィア様が亡くなって1年経ち喪が明けると、迎えの馬車がやって来て、そのままエルダイン辺境地の邸へと連れて来られた。
「フェリシティ、今日からこのブリジットがお前の母親になる。後、兄のシリルと妹のアナベルだ。」
父が表情を変える事なく淡々と、フェリシティに告げる。
それを聞いたフェリシティは、一気に顔色を白くさせ、目にもジワジワと涙が溜まっていった。それでも、泣くまいとして、グッと我慢をしている。そんなフェリシティの姿に、胸がズキズキと痛んだ。
母が死んだ上に、新しい母と自分よりも年上の兄と年下の妹がやって来たのだ。辛いに決まっている。
ソフィア様のように、寄り添ってあげたい─けど
そんな事をすれば、フェリシティはどうなる?フェリシティも…居なくなってしまうかもしれない。私はまだまだ幼い。フェリシティを守ってあげる事もできない。なら──
ー今はまだ、何もしてはいけないー
ソフィア様が病で寝込んでいると聞いて、こっそり会いに行った時、そこにはやせ細ったソフィア様が居た。
『ソフィア様、僕に何かできる事はある?』
と、泣くのを我慢しながら訊くと─
『もし、フェリが求めた時は、助けてあげて。』
と、私の手を優しく握って、儚く微笑んだ。
それが、ソフィア様と交わした最後の言葉だった。
今は、まだまだ力が足りない。早く力をつけたい。早く大人に─一人立ちできるようになりたい。フェリシティに、手を差し伸べられるようになりたい。
きっと、フェリシティにとっての私は、“何もしない兄”でしかないだろう。その通りだ。
母と妹の行いを見て見ぬふりをする。
第一王子の言いたい放題にも、聞いてないふりをする。
ディラン様の行動も、咎める事はしない。
嫌われていてもおかしくない。
でも、それらは全て、これからの事に必要な事だと言い聞かせる。例え、フェリシティに嫌われているとしても─
フェリシティは、ソフィア様の子であり───
私にとって、大切で可愛い妹だから───
嫌われていても、構わない───




