12 穏やかな日々は何処へ?
「本当に、辺り一面真っ白なんだね。」
「寒さは大丈夫ですか?」
「シリル殿に言われて、防寒対策はしっかりして来たからね。」
翌朝。
昨日から降り出した雪が、朝には止んでいたが、雪はしっかりと積もっていた。
「これ位の積雪なら、街の店も開いていると思いますけど、どうされますか?」
「雪の中を歩いてみたいから、案内を頼んでも良いかな?」
「分かりました。それでは、お昼を──」
「そうだね、お昼を食べがてらに出掛けよう。」
「…………ワカリマシタ。」
カレイラ様は、またまた被せ気味に答えた。
ー“お昼を食べてから”って、言おうとしたんですけどね!?ー
本当に、カレイラ様は一体何を考えてるのか…。相変わらず、笑顔は胡散臭いし…。
「その案内に、私も付いて行きますからね。」
ーはい?何故…兄が?ー
「フェリシティは、第一王子の婚約者候補の1人ですからね。例え、侍女のココも連れて行くとしても、やっぱりディラン様とフェリシティだけで行かせて、変な噂でも流れると困りますからね。」
いつもは無表情な兄が、気のせいかな?位に少しだけ困ったような顔をしている。
それもそうか。第一王子の婚約者候補の私と、第一王子の側近候補の醜聞なんて、我が家の恥にしかならないからね。
それに、私もカレイラ様と2人で─なんて…まっぴらごめんだし。
「それは勿論構わないよ。本当に、シリル殿は妹思いだね。」
と、ニッコリ笑うカレイラ様と、それを無表情で受け止める兄。
ー勘弁して欲しいー
私の心穏やかに過ごせる筈だった、領地での冬休みは……何処にいってしまったんだろうか……。
「はぁ───。雪景色と言うのは、本当に綺麗だけど、手足が冷たくなるのは辛いね。でも、このグラタンを食べると体が温まったよ。それに、すごく美味しかった。流石は、エルダイン嬢のお勧めだね。」
「気に入っていただけて良かったです。寒さに慣れていないと、体にも負担が掛かりますから、この後は観光しながら滞在先のホテル迄お送りしますね。」
「もう少し街を歩きたい気持ちもあるが、確かに寒さには勝てないからね。残念だけど、その通りにするよ。」
カレイラ様は、本当に残念だ─みたいな顔をしている。
ーうーん…カレイラ様は、今回は本当に観光だけをしに来たのかなぁ?ー
第一王子の側近で公爵家の嫡男が、こんな辺境地迄来るなんて─てっきり第一王子に何か言われたのか?とも思っていたけど…勘違いだった?かと言って、丸っと信じる事はできないけど。
「あ、それじゃあ、明日はお礼として、泊まっている部屋にお茶でもしに来てくれるかな?勿論、シリルと一緒にね。」
ー何でそうなるかなぁ!?放っといてもらえませんか!?ー
なんて叫びたくなるのをグッと我慢して、チラリと兄に視線を向ける。
「──お礼なんて要りませんけど、ディラン様に誘われて…断れる訳がないですよね?」
ーですよね!?分かってましたよ!ー
「ははっ。シリル殿は意外とハッキリ物を言う人だったんだね。私の気持ちだから、何も気にせず来てくれ。明日の昼前に、迎えの馬車を寄こすよ。」
ーはぁ──本当に…勘弁して欲しいー
そんな感じで、カレイラ様の観光案内とお礼のお誘いとを繰り返し、私に穏やかな時間が訪れる事は…なかった。しかも、兄も嫌な顔をする事なく一緒に行動していた。
まぁ、兄に関しては、エルダイン辺境伯のデメリットにならないように─と言う事があるんだろうけど。
「後3日しかないなんて…。」
学園の新学期が始まる迄、後1週間となった昨日。カレイラ様は一足先に王都へと帰って行った。
私は、3日後に王都へと向かう予定である。そう。穏やかに過ごせるのが……3日だけなのだ。
「本当に…どんな嫌がらせなの!?」
「嫌がらせ?」
「ひやぁっ!?」
誰も居ないと思って声に出して愚痴れば、急に声を掛けられて思わず変な声が出てしまった。
「なっ!だ…誰────って………」
ピシリッ─と、体が固まる。
「───へ?」
「“─へ?”って……くくっ……」
今、私の目の前には、銀色の短髪の髪に、透き通るような赤色の瞳をした長身の男性が、笑いを耐えるようにして立っている。
「何で───。」
「うん?あれ?フェリシティの父上─エルダイン辺境伯から、何も聞いていない?」
目の前に居る彼は、コテンと首を傾げる。
「聞いてない?って………何…を?」
「俺、新学期から、フェリシティ達と同じ学園に通う事になったんだ。留学生としてね。」
と、目の前の彼は、あの頃と同じように笑っている。
その変わらない笑顔にホッとする。
「何も…聞いていなかったわ。」
「──そっか。」
と、彼は少し困ったような顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
「──それで?私に何か言う事はないの?」
今度は私が彼を問い詰める。
「えー?何かあったかなぁ?」
「有りよ!大有りだからね!どうして─突然何も言わずに、私達の前から居なくなったの?」
今、私の目の前に居る男性は、私の幼馴染みでもある
“エスタリオン=チェスター”だった。




