我輩の名は「にゃにゃ」らしい
解せぬ!そして何も思い出せぬ。なぜ吾輩が段ボールの中に入れられ、このような辺鄙な場所に捨てられているのだ?
腹が減ってこの箱から出る力もない。助けを呼んでみよう。天敵を呼び寄せてしまう可能性もあるが、どの道このままでは餓死してしまう。
「ニャー、ニャー、ニャー……」
「ニャー、ニャー……」
「ニャー……」
「ニャ」
「……」
もうかれこれ1時間ぐらいは経っただろうか。助けは来ない。
……もう限界だ。
吾輩は空腹と疲労で気を失った。
「おい、ナミ、本当に普通の牛乳でもいいのか?流石に冷たいのはダメだろ!」
「え?そうなの?」
「ちょっと待ってろ。ネットで調べる」
人間の声で目が覚めた。どうやら吾輩は助かったようだ。
「あ、飲んでる、飲んでる」
「まあ、とりえずそれ飲ませとけ」
「さすがおにーちゃん」
おお、ありがたい。あとで聞いた話だが、猫用のミルクがなかったため、とりあえず砂糖水を温めたものを飲ませてくれたそうだ。
「ナミ」というのだな。かたじけない。この恩はいつか必ず返す。
そして兄君にも感謝する。
「俺ほんと知らねーからな。父さんに怒られるぞ。子猫なんか拾ってきて」
「えー、でもかわいそうだったんだもん。パパが帰ってきたら、うちで飼わせてって、一緒にお願いしてよ」
「何でだよ?俺そもそも猫とか好きじゃねーし」
……ん?今聞き捨てならぬ言葉を耳にした。「子猫」だと?
言われてみれば、体が異常に小さい。吾輩は……若返ったのか?一体なぜ?
「ただいま〜」
「あ、パパおかえり〜」
「父さん、大変だよ。ナミが子猫拾ってきた」
二人の父君のようだな。吾輩は知っているぞ。この場合、人間社会ではたいてい親がペットを飼うかどうかの決定権を握っている。ナミと兄君は見たところ人間の年齢にして10代。そして兄君は猫が嫌いなため、彼からの支持は得られそうにない。
「え、子猫?……ちょっと見せて」
父君は吾輩を覗き込むやいなや、「茶トラ猫……」とだけ呟き、何やら困惑しているようだ。
まずい!これは追い出される!今更ではあるが、ちょっと可愛く鳴いてみよう。
「にゃ〜、にゃ〜」
すると、無言で固まる父君の前で二人が突然言い合いを始めたのだ。
「パパ、お願い〜!ちゃんと世話するから、うちで飼ってもいいでしょ?」
「父さん、ダメだよ。ナミのことだから、絶対世話しないって」
「絶対する〜。一生のお願い〜。名前だってもうつけたもん」
「はあ?まだ飼うって決まってないだろ?」
「この子は”にゃにゃ”って言うんだよ」
「なんだその名前は?そいつオスなんだから”にゃ太郎”とかでいいだろ」
「やだー、そんなダサい名前ダメ。”にゃにゃ”なの!」
ナミ、がんばれ。吾輩の命運はお主にかかっている。「にゃにゃ」は流石に安直だと思うが、この際名前は何でも良い。
父君が「まさか……」と意味深な言葉を呟いて、大きく深呼吸をしている。「まさか」とはどういう意味なのだろうか?
「ねーパパ、お願い、にゃにゃかわいそうだよ」
「父さん、保護猫シェルターに持って行った方がいいんじゃない?」
ほ、保護猫シェルターだと?正論ではないか?余計なことを言うではない!このままでは、父君が「確かにそうだな」と納得してしまうではないか!
「保護……」
父君がようやく重い口を開いた。 だめだ。もはやこれまでか。
「……しよう。うちで飼おう。」
えっ?まことか?
「やったー、パパ大好き!」
「え、父さんマジで?」
助かった〜。
これが吾輩と人間の家族との最初の出会いであった。