02 幼馴染
最近ほむらから返事がきません。仕事で忙しくしているのでしょうか。
彼女は自分のことを誰にも言わず1人で頑張ってしまうものだからとても心配です。
もし会う機会があればあなたを想って待っている人がいると伝えてください。そちらでの生活が全く分かりませんが、2人が幸せであるよういつも願っています。
そうそう、この間書いた、書きかけの本にまた出会いました。
おかしいですよね、書きかけで校正も何もないし手書きで読みづらいときだってあるのにとても面白いんです。作者名が違うのに分かるのは大体が途中だからというものあるけれど、多分私がファンだからです。最近は何となく読んでいる途中でもしかして、とか分かるようにもなってきました。案外本の虫も悪くないですね。
今日は少し私の話を書きすぎてしまったかもしれません、次はもっとこちらの楽しい話を仕入れておきますね。
それでは、きっとまた3人で会えるときまで。
ここと地下でのやりとりは全て手紙と決められており、能力者によって検閲されている。といっても簡素なものだが、まだ厳しい規制がされていなかったときは小物類等の行き来は認められていて、結果地上にいたレジスタンスと地下部隊が結束して反乱が起きたのだ。1 度目で学習すればよかったのだが、どうもここのお偉い連中方は地下の人間を見下してる節があり、最初から武力行使で制圧したのなら2度目は起きないと思っていたようだ。
2度目は18年前、地上、地下どちらも多数の負傷者を出したようで、さすがに上層部の入れ替えは決定的だった。
結局、1度目と同様に武力で鎮圧したために、仲間同士での無意味な争いで貴重な能力者たちの寿命を縮めてしまったり、命を奪う結果となってしまったのだ。
‥元々多くはなかった能力者がさらに減ったことで、より「狩り」が厳しくなっていったのは想像に難くない。
地上の情勢は一日おきのペースで地下に知らされていたようだが、今は月に一度、定例会議の様子を伝えられる程度らしい。それも内容が事実とかけ離れていたりほとんど中身のないもののようで、情報に意味はないといってもいいだろう。
別に今さら向こう側に戻りたくて反抗する奴らもそうそういないだろうし、向こうはこちらの状況を一切知らない上に「救出」を試みたとして、実に忠実な能力者を従えてる組織にはかなうはずもないのだから、無意味なことだと思う。
生まれる前だが、以前に比べ能力者に対する制限も増えたし、過酷な状態で確実に数も減っている。僕らも自分たちの命が惜しいから無謀なことには見向きもしないようになった。当然だ。
特に一部の特権意識を持った地上の人間は、地下の人間を見下しつつも、決して戦うことなく、戦い続けている人間の存在も知らされることなく生きていけることに、僅かばかりの憧憬を抱いている。
僕らも彼らも変わらない。
子を成すことを禁じられているわけではなく、むしろ推奨されている。けれど、僕らは不安定な状況故に失うことの方が多く、能力者から産まれる子が必ずしも能力者とは限らない。力の酷使によって実年齢よりも加速している体内で、子どもを産むことは非常に危険であり、さらに男女比は偏っているものだから、多くはない女性を失うわけにはいかないだろう。‥エイリアンと呼ばれる人類は、体内から必要な情報だけを抜き取って新たな命を作ることが出来るという。技術と価値観の違いが余りにもありすぎて信じ難いが、僕らにとってはただの脅威でしかない。
その反面、地下の人間は窮屈な暮らしを強いられているとはいえ、旧時代とほとんど変わらない体制の中で、自由に人を愛し子を成している。
一体何が幸せなのだろうか。
一面白い壁で出来た簡素で広いだけの部屋に同じ服を着ている人間がまばらに点在している。
年齢も肌の色もそれぞれ異なっている人間が談笑している、休憩所と書かれた札が見える部屋の隅で、淡い水色の手紙をもっていた少年の片手が机から滑り落ちる。手紙をじっと見つめていた瞳は、やがて天井近くに造られている窓の向こうへと向けられた。
くだらない。流し見でさえ彼女のことを知られるのは。
彼女は純粋に僕ら2人の身を案じてくれているのだ。
そう、僕ら2人を。
‥どうやって伝えればいい。
もう既にほむらはこの世にいないのだと。
身寄りもなく、ともに暮らしていた僕の両親も数年前に他界し、たった1人残されてしまった彼女の支えがまた無くなってしまったのに。
僕の能力は戦闘には不向きだから最前線へ赴いて今すぐいなくなることも力の反動がくることもないけれど、それでも彼女に会えることなんて絶望的だろう。彼女が能力者だったら、とか僕が能力者じゃなければよかったのになんてどうしようもないことを考えてしまう。
いや、こんな世界でなければ僕らは旧暦の人々のように学校に通い、友人達と日々の大半を過ごし、両親の待つ家へ帰って暖かいベッドで眠ることが出来たのだ。僕らの見ている世界と彼女の見ている世界は完全に隔てられていて、交わることなく皆死んでいく。どこか、そんなこと分かりきっているくらい歪な世界に、それでも為す術もなく僕らは皆、気づいたときには終わりを見るのだ。
全て狂ってしまった。
エイリアンという馬鹿げた存在によって、世界も人も狂ってしまったのだ。
またやってしまった。
手紙を出し終わってから、少女は何かに気づいたように小さな両手を握り合わせどこを見るでもなく椅子に座ったまま、足をぱたぱたと小刻みに動かしている。
毎回終わりに、3人で会えるとき、と書いているのだがほとんど無意識で挨拶のようになってしまっているため、既に自分自身が彼らに釣り合わない存在に成り果てていることなど忘れてしまっていたのだ。
こんな私ではきっと彼らも、高等部の生徒と同じように気味悪がるだろう。
どうして自分だけ、とは思わない。
比較対象ではないけれど、私よりも彼ら、地上に連れて行かれた人々の方がきっと、もっとずっと過酷な生活を強いられていることだろう。新聞では地上部隊の成果は上々で、快適な日々を送っていると写真付きでも報道されている。けれど、毎回進展もなく、決まって行われる検査や密告で連れて行かれる人々を見ると、決して楽観的な状況ではないと感じていた。
暗闇の中、ランタンに照らされた顔がはっきりと浮かび上がる。火を囲っているガラスや窓ガラスに少女の姿がぼんやりと歪んで映し出されるが、俯いたままで表情は読み取ることが出来ない。
この家には鏡がない。
年頃の娘なんだから身だしなみに気をつけないと、と街の喧噪の中でかき消えてしまう程度の思いしか抱かなかった言葉を聞いたことはあるが、それでも少女はかたくなに鏡を置くことはしなかった。
街はずれにある小さなあばら屋のような家で一人、少女は暮らしていた。
煉瓦造りのため 修復するのは難しく、所々木の板と粘土で塞ぎ、空き缶で雨水から守っている。自分を知る人々に会うのが恐ろしいが、それでもここから離れようとしないのは、鬱蒼とした森を抜けた先にある草原の中にぽっつりと静かに建っている図書館があるからだ。
あの空間だけはどこか別の物語の中にあるようで、一時の陰鬱な気持ちを忘れさせてくれる。きっとあの場所がなければ手紙を書けないし、死人のようにただ生きていただろう。今の、姿が変わり果ててしまった少女にとって、この家以外に唯一安らげるよりどころになっていたのだ。ランタンを置いた机のすぐそばにベッドがあり、大体が手の届く範囲にあるくらいには狭いのだが、それでも毎日綺麗にし、僅かな綻びも直したりと、この小さな城を守っていた。
じっとゆらゆら揺れる炎を見つめている。集中して、というわけではなさそうだが、それ以外には目もくれないでいた。
もし、もし、万が一、私が私の考えてる通りだとしたら出来るのだろうか。でも一体何が出来るのだろう。
地上へ行ってしまった彼らとともに生きていくことが出来たのだろうか。
彼ら能力者は反動によって実年齢より早く歳をとってしまうことが多いと聞いた。では、私は。
ベッドサイドにある小さな木の箪笥に手をかけ、慣れた手つきで本の間から1枚の写真を取り出す。そこには青々とした木々に囲まれた草原であどけない顔で笑いあう3人の姿があった。先ほどよりいくらか表情が和らいだ少女は、その姿をひとしきり眺めたあと、裏側に返す。
初等部 入学 ヒロ ほむら ーーー
この写真が撮られてからひと月もたたずに2人は地上へ連れて行かれた。
堪らず握りしめてしまいそうになる写真を、そっともとの本に挟み直してぎしぎしと音を立てる箪笥に押し込んだ。
初等部に上がって最初の日に能力検査があり、そこで反応があったものは家族や友人たちと別れを惜しむ間もなく地上へ送られていく。
その前に明らかに能力の兆しが見えるものも申請や密告など、さまざまな形があるが例外なく地上へ送られている。
もちろん彼らの両親は反対するものばかりだったが、本気で抵抗したとして、出向時必ず能力者がついている組織に歯向かったらどうなるのか、嫌でも見当がつく。泣き崩れる彼らの前に、見返りのわずかばかりの支給金と子どもの記憶を消すかどうかの、温情という名の残酷な選択肢が突き付けられる。
ほむらは両親の仲が悪く、子どもには見向きもしないような人たちだったが、金をもらってから別れ際にも姿を見せず、この街から消えていった。
ヒロの両親は記憶を消すことを選び、孤児だった私を正式に迎え入れた。
延々と泣き続けていた母親と、それを心配して記憶を消す方を選択した父親は、最初から私といたかのように笑顔を見せていた。とてもじゃないが、大切な友人を一気に失ってしまった悲しみと、自分の子どもを忘れて生活している2人に我慢出来ずに、私は度々2人を困らせた。
どうして、と悲しそうな瞳で問う2人に、私のほうが聞きたいと何度思ったことだろう。しかし踏みとどまれたのは別れ際、ヒロが必ず帰るから2人を頼むと伝えてきたからだ。それから毎日、不自然な家庭と、この世の中に対する違和感ばかりが募っていく生活の中で、私は2人に深く踏み入ろうとはせず、学校から帰るとすぐ、父の書斎の本を自室に持ち込みひたすら本を読んで過ごしていた。
初等部に上がる前から、ヒロには能力の兆しが現れていた。早い段階で連れて行かれる子どももいるだけに、彼の両親はそれを恐れ、あちこちの街を点々と逃げ隠れるように移り住んでいたという。その心労が祟ったのか、母は、私の母親になって1年もたたずに帰らぬ人となった。それでも父は私のためにそのときよりももっとがむしゃらに働き、決してよくなることはない生活の中で、何とか希望を見つけ出そうと別の街へ引っ越す話をしてくれた次の朝、地上から降ってきたエイリアンの攻撃、とやらで亡くなった。
私が彼の両親と家族ごっこを始めて3年で、約束は果たされることはなくなってしまったのだった。
今思うと、彼も私も、そしてほむらも早熟だったように思う。
多分、能力者は早い段階から目覚める人間が多く、それゆえ通常の子どもたちとは見える景色も変わってくるのかもしれない。
完全な憶測なのだが、それでもたった6歳の子どもが言うには、あまりにも大人びていて、寂しい言葉だったのだ。
16になった今でも年相応の成長もなく、幼い子どものような外見の私は、一体何者なんだろう。