01 はじまり
ここは夢にまでみた場所じゃなかったか
この場所でもう一度2人で
そのためだけにこの地獄のような道を進み誰も彼も犠牲にしてきた
願ってやまなかったはずの世界の果てが
こんなにもー
6月2日 晴れ
蒸し暑い日が続く。
梅雨という、雨が降り続く湿った時期があったなんてにわかには信じがたいが、いまだこの時期にその名を言い伝えのように耳にするのは、本当だった証拠だろう。
彼らの住む地球というとても美しい星では多種多様な生物が存在し、また細やかに季節が過ぎていくこともあるという。
ここもきっと多くは同じなのだろうが、それでもあの辞典や図鑑に描かれた全てがあるとはいえなかった。
今日も私を見た。
私は私を見ていたが、見ただけ、それだけだ。
私はなにも知らない。わかれる前のことすら危ういのだろう。
…ときどき全てをさらけ出してしまいたくなる衝動に駆られてしまう。
そんなことをしたら彼らの思う通りにいってしまうのだから、耐え続けなければならないと言い聞かせ‥
けれど私はー‥
6月10日 晴れ
今日も太陽は出ていないが、その存在を感じさせるような蒸し暑さが続いている。
私を見た。
やはりそれだけだったが出て行くとき人の影を見た。いつも一緒にいた彼ではないようだ。
ついて行くか悩んだ末、やめた。まだどこかで彼らの影に怯えている私がいる。
そうだ私にいい聞かせ続けなければ。
きっと私が私を探しにくる時が来るはず。
もはや呪いのようなこの祈りが互いの心の奥底に沈みこみ、否が応でもそのときを迎えるはずなのだ。
だからきっと それまではー
結局ここには何もなかった。全てを犠牲にして、それでも再生出来ると信じていたのに、跡形もなく街は消え去っていたのだ。
おそるおそる隣を見る。病に冒されながらも私を信じてついてきてくれた彼女は、どんな顔をしていただろうか。
ああ、なぜこんなことになってしまったのか。誰かー
何となく嫌な予感がして次のページをめくる。
やっぱり..
白紙だ。あの人だ。
いつもいつもいいところで書けなくなった、とか大量の白紙ページのあとに言い訳のようなあとがきだけ書いて終わらせるのが常だ。話はとても面白いと思うのに、飽きっぽいのか、後先考えず進めて身動きが取れなくなってしまうのか、どんな内容にしろきちんと完結したものをもう少し読ませてほしい。
眉根に小さな皺を作り、膨れっ面で本に顔を埋めているような姿勢のまま、最後の頁まで本をめくる。
なぜこんなにも素人が書いた本(たぶん‥ぜったいそうだと思う)を夢中で読んでしまうのだろうか。
私にはなに一つわからないけれど、「作者が体験してきた事実」がここにはあるように思える。
描写が妙に生々しくて、不自然に途切れていたり話が飛んでいたり。
そうだ、きっとこれは物語よりも日記なのだろう。
人の日記を読んだことはないけれど(伝記は別だ)どことなく他人の心の奥を覗き込んでいるようで、背徳感と呼ぶのだろうか、そんなそわそわするような妙にうわついた気持ちでどきどきといつもより鼓動が早くなる。
この世界は真綿で締められているようだ、生温い水に浸かっている、とか、ただ生かされ続けている錯覚に陥るという人も多いと聞く。
それでも空は広くて雨上がりの虹は綺麗で、水滴のついた花は鮮やかにその存在を主張していて、髪をなびかせる柔らかな風は空腹を思い出させいい匂いを連れてくる‥
うん、お腹減ったな、やっぱり今日はベーカリーに寄って帰ろう。最近ずっとスープばっかりだったし、たまにはちょっとだけ贅沢しよう。甘いさくさくしっとりクロワッサンとカラフルな野菜たっぷりサンドが食べたい。
たとえ、この空も雨も虹も、人工的なものだったとしても。私たちが何者であったとしても。
ささやかな幸せというものがあるはずだし、あって当然だ。
「スローライフ」という名の質素倹約を掲げ強要しているこの環境から抜け出すことは、どうやっても難しいと思うけど。
‥今この瞬間、生きる理由にはなるはずだ。
少女はもはや手元にあった本への興味をなくし、いつもより豪華な食事をとることに対する言い訳をつらつら並べていた。
あの日別れて以来の彼らは、このささやかな幸せというものを感じて生きているのだろうか。
読んでいた本を棚に戻し、浮き立つ心と足を抑えて静寂に包まれている館内をあとにする。
少しだけ軋む重厚な扉を開けた途端、暖かな日差しが少女に降り注ぐ。開放的な気分にすっかり丸まってしまった背中が自然と伸びた。
本物の太陽というものは、どれくらい眩しくて暖かいのだろう。
いつか本物の太陽の日差しに包まれて皆で笑いあって過ごすときがくるといい。
もうすっかり大きくなって、顔も声も変わって幼い頃の面影が微かに残る程度だったとしても。きっとすぐにあの頃の自分たちに戻れるだろう。
‥戻れるだろうか。
ああ、だめだ。せっかく幸せな時間を過ごすために美味しいごはんを食べようと思っていたのに。
またすぐ暗い考えに陥ってしまう自分自身に嫌気がさす。
なにもない自分でも少しくらい美味しいものを食べる権利だって、贅沢な夢をみる気持ちだってあってもいいではないか。
ここ最近届かない友人たちの知らせに、本当にひとりっきりなのだと、どうしても思考が沈みがちになっていく。
古びた図書館を出た少女は、フードを被り人目を避けるようにして薄暗い街へ足を運んで行く。
図書館がある草原もその奥にある森も好きだし、風が心地よくて昼寝をするには最高の場所だけれど、学びやでともに過ごした知り合いに会うのが怖くて、極力彼らが通る時間帯と場所を避けて生活している。
なんて馬鹿なのだろう。
でも仕方がない。
鏡を見ないように過ごしてはいるが、街のあちこちにある窓ガラスに写る姿はどうしても視界に入ってしまう。
私は何者なんだろう。心に靄がかかったような、胸に大きな重い膜ができて呼吸が苦しくなってくる。
やめよう。
何度考えても分からなかったし、病気かもしれないと考え、それでも一度も医者に診てもらったこともなかった。
万が一の可能性はとてもじゃないが、怖くて頭の中でもはっきりとした形にはしたくなかったのだ。
小さく頭を振って店を出る。それまでゆったりとしていた足取りは早く、小さな影は逃げるように街中から奥へ奥へと消えて行った。
はじめての投稿になります。ゆっくり長々続けていけるようにほどほどにがんばります。
主人公の名前はまだでてこないですが‥しばらくでてこないです。
誤字脱字あったらすみません‥お知らせください。