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序章一 - 花婿の嫁とり神話


 むかしむかし、神話として語られるほど昔の話だ。


 とある貧しい娘が、神の花嫁に選ばれた。花嫁と言えば聞こえはいいが、暗い神殿の奥で一切の食事を断ち、死ぬまで祈りをささげる「いけにえ」だ。


 しかし、彼女には想い合う青年がいた。青年は娘が「花嫁」として連れていかれるのが許せなかった。なんとかして娘を助けようと神殿へ向かおうとした。しかし、そんなこと許されない。家族、親戚、村の衆――。みながみな、彼を止める。


 青年は、あっという間にたくさんの男たちに取り囲まれてしまった。青年は彼らに自分の愛を訴えた。しかし、神に花嫁を差し出すのは、偉い神官が決めたこと。娘がどれだけ素晴らしい人間であっても、青年の愛が本物であっても、彼らにはどうすることもできないのだ。


 青年の周りに集まった人々は、胸を痛めつつも彼を説得するしかなかった。しかし、どうしたことだろう。青年を囲む輪の中から、一人の男が歩み出てきた。墨で染めた黒い衣服を身にまとい、その顔は龍の面で隠されている。こんな男、この村にいただろうか? 人々が首をかしげる中で、彼は声を発した。


「『花嫁』を迎えに行こう」と。


「え?」


 青年は差し出された手と龍面を見比べた。


「愛しとるんじゃろう?」


 顔を隠した男は、戸惑う青年の手を取った。そして、その手を引いて風のように駆け出したのだ。


 止めようとする人々は、彼らに触れることはおろか、追いつくことさえできなかった。ぬかるみに足を取られたり、小鳥や虫の群れが顔めがけて飛んできたり、刃物が急に柄から外れたり――。様々な不思議な出来事が青年の味方をした。走っているにもかかわらず、不思議と息切れ一つせず、周りの風景が驚くほど早く替わっていく。


 神殿にはたくさんの衛兵がいたが、龍面の男は振り下ろされる武器をかいくぐり、奪い取り、人ならざる強さで圧倒していった。


「あなたは――?」


 青年が尋ねても、彼は仮面の口元に立てた人差し指を当てるだけで、答えてはくれなかった。龍面の男は複雑な神殿内を迷いなく駆け抜け、一つの扉の前に青年を導いた。その先は自然の洞窟だ。いくつもの鍾乳石が垂れ下がり、床には木の板が打ち付けてある。最奥には小さな地底湖がわずかな明かりを受けて青く光っていた。


 その手前に、白い塊があったという。この国では、太古から白色は神にささげ、神から与えられる色だと言われてきた。全身を純白の花嫁衣装で包んだ娘は、地底湖の前にひざまずき、神の花嫁として祈りをささげている。


 青年は娘の名を呼び、駆け出した。濡れた床板に足を取られ、けがをしながらも彼は娘をその腕に取り戻すことに成功した。娘の白い着物に自分の血がつくのも構わず抱擁した。


 その様子に、仮面の男は満足げに一つうなずくと、くるりと後ろを振り返った。そこには、彼らを追いかけてきた人々。神殿に勤める神官や衛士、村の男たちが集まり始めていた。


 幾本の槍を向けられても、彼が動じることはない。


「何者だ?」


 誰かが怒鳴った。


「ふっ」


 小さく笑って、男は自分の顔を隠していた龍面を外した。


 次の瞬間、娘を抱える青年の後ろで地底湖が沸き立った。水があふれだし、抱き合う男女の左右を通り過ぎたかと思うと、墨染の衣をまとう男に集まったのだ。一部はその頭にたまって複雑に枝分かれした黒水晶の角になり、一部は手元に凝って剣になった。足元にできた水鏡は白く輝き、磨き上げた金属よりもくっきりと集まった人々の姿を映し出す。肩を覆う黒髪は、手燭の光で青や緑に光っている。


 男が手に持った剣をすうっと横に動かすと、人々にどよめきが広がった。あるものは後ずさり、あるものは腰を抜かし――。


「龍神様」と誰かがつぶやいた。黒の龍神、時主ときぬし。この国をおこした水龍の子で、未来を見通す力を持つと言われる強力な神。


 呼びかけに、男の口元が吊り上がった。


「彼らの祝言を祝いに、こんなにたくさんの人が集まってくれたんか?」


 龍神の声が響き渡る。


「彼女は、龍神様の花嫁で――」


「いつ俺が花嫁を求めた?」


 彼の声は決して怒ってはいなかったが、周りの人々を委縮させる強さがあった。


「さぁ、武器をしまえ。料理と酒を用意しろ。祝いだ!」


 有無を言わさぬ神の号令に、人々は散り散りになっていく。時主は振り返ると、青年と娘を手招いた。お互いがお互いを支え合うようにしてゆっくりと歩み寄ってくる。


 時主は娘の花嫁衣装を見た。


「白一色というのは、美しいが、めでたくないな」


 頭の先からつま先まで眺め、一点で目を止めた。


「これはいい」


 彼が触れたのは、青年が娘を助け起こしたときについてしまった血だ。龍神が赤黒く汚れたしみに触れると、花嫁衣装が深紅に染まった。人目を惹く赤に金色の龍が浮かびあがる。


「お前にはこれを与えよう」


 次に青年の肩に自分が着物を羽織らせた。先ほどまで墨染の黒い服だったそれは、いつの間にか濃紺に銀で流水があしらわれた立派な羽織になっていた。


 こうして龍神に祝福された二人は、末永く幸せに暮らしたと言う。めでたしめでたし。

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