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49話

 そしてまだ幼かったレクシアの思考は、妙な方向に走り出す。


 まだまだ弱いレクシアが外に出て何かあれば、警備に守られている屋敷の中が安全で、屋敷の外は危険だということになる。だがもしも、屋敷の警備より強い者がキッカランの屋敷を襲撃したら、レクシアの身に降りかかる危険は屋敷の中と外で変わらない。つまり屋敷の警備よりも強くなれば、外に出てもいいのではないかとレクシアは考えた。


 とにかく強くなろうと、レクシアはレクシアなりの真理に至った。キッカランの脳筋思考な血は、やはり争えなかったようだ。


 翌日からレクシアはラボルブや三人の兄達に、おねだりをするようになった。具体的には一緒に鍛錬してほしいとお願いした。可愛いレクシアの頼みを断るわけにはいかず、レクシアの本心を知らぬまま、彼らはレクシアの鍛錬に付き合った。


 キッカラン領は王国の北部に位置している。国境を越えてキッカラン領に侵入する魔物はどれも強力だ。それらと戦うラボルブやレクシアの兄達は、その戦い方のせいもあって、どうしても怪我しやすかった。


 怪我した状態で鍛錬に付き合えと言うほど、レクシアとて鬼ではない。かといって怪我の回復を待っていては、レクシアの思う通りに鍛錬が進まない。そこでレクシアは効率よく鍛錬するために、治療魔法を独学で身につけていった。レクシアはこのころから魔法が苦手だったのだが、そこまでするほどレクシアの外への執念は凄まじかった。


 レクシアの本心を未だに知らないラボルブ達は、家族思いなレクシアの優しさに、干からびる程に涙を流した。


 そんなこんなでレクシアは着々と実力を身につけ、護身術どころではなく強くなった。強くなったレクシアは、ことあるごとに屋敷の警備を昏倒させては、屋敷を抜け出した。警備に負わせた怪我は必ず魔法で治療したので、レクシアは何も問題ないと思っていた。


 屋敷を抜け出したレクシアがしていたことは、近くの森や山での探検だ。またレクシアは探検中に出くわした魔物は迷わず討伐した。


 こんなことをしていれば、レクシアの所業はラボルブにも速攻でばれた。ラボルブはレクシアに止めるように言ったが、レクシアはそれで止めるような娘ではなかった。


 毎度毎度昏倒させられては敵わないので、そのうち警備はレクシアの無断外出を見逃すようになった。自分たちの仕事は外からの侵入者を排除することなのだと、警備は完全に開き直っていた。


 そんな生活を数年続け、レクシアは気付いた。自分のこの生活は普通じゃないなと、ようやく気付いた。これが王立学園入学一年前のことだ。


 この国の貴族の令息令嬢は、十五歳の春から三年間王立学園に通うのが普通だが、義務になっているわけではない。レクシアが王立学園に通うつもりだった一方で、ラボルブ達はレクシアを王立学園に通わせないつもりだった。


 当然レクシアは抗議した。何度も家族で話し合いが行われ、今までのように森や山で暴れたりせず屋敷で大人しくするという条件付きで、レクシアの王立学園入学は許可された。最終的にはラボルブ達が折れ、レクシアの希望が叶えられた形だ。


 これですんなり王立学園に入学かと思いきや、そうはならなかった。王立学園入学のためにレクシアがキッカラン領を旅立つ日、三人の兄達がレクシアの前に立ちはだかった。


 もたもたしていては、王都行きのソラクジラ便に乗り遅れてしまう。そこまで考えてレクシアは悟った。それが兄達の狙いだと。


 話が違うとレクシアはぷつんと切れた。控えめに言ってブチギレだった。レクシアは瞬時にハルバードで武装し、兄達は驚くことなくそれに応戦した。詰まるところの武力沙汰。キッカラン家らしい決着のつけ方だ。


 レクシアと兄達の戦いは熾烈を極めた。だが兄達は一人また一人と脱落していき、長兄とレクシアの一騎打ちとなった。その一騎打ちはレクシアが制し、三人の兄達を半殺しにした時点で終了となるはずだった。しかし、レクシアの怒りはまだ治まっていなかった。


 レクシアはおもむろに長兄の腕を掴むと、治療魔法で治療した。長兄を地面に転がった状態から、そのまま無理やり立たせて、レクシアはにっこり笑った。


「さあ続きを再開しよう?」


 レクシアは兄達を、半殺しにしては治療して、半殺しにしては治療してを繰り返した。それは兄達が土下座で泣いて謝るまで続いた。ラボルブはこの泥沼の争いを最初から見ていたものの、止めようとはしなかった。君子危うきに近寄らずだ。


 キッカラン家の中でもレクシアは特に、怒ると手を付けられないタイプだった。怒りはレクシアを誰よりも強くする。


 その後ソラクジラ便に関しては乗り遅れずに済み、レクシアは無事王立学園に入学出来た。だが兄達半殺し事件のせいで、レクシアにはキッカランの悪夢という不本意な二つ名がついた。


 キッカランの悪夢とは、何を隠そうレクシアのことだ。レクシアの容姿自体は可愛らしいこと、キッカラン家の外ではキッカランの悪夢という二つ名だけが独り歩きしたことから、レクシアと結び付けて考えられることは無かった。


 レクシアがそこまで強いのなら、最初から家族をぶちのめして婚約を認めさせれば良かったのではないかと、考える人もいるだろう。


 ブチギレしていない平常時だと、レクシアが父や兄達に勝てるかどうかは五分五分だ。レクシアはそんな危ない橋を渡りたくはなかった。それにレクシアは自分がキッカランの悪夢だと、イグザにばれたくなかった。今後も隠し通せるだけ隠し通したいとレクシアは思っている。


 もしラボルブがレクシアと本気で戦えば、間違いなくレクシアが怪我を負い、しかもどちらが勝つかは五分五分だ。もしレクシアが怪我しないように手加減すれば、必ずラボルブが負ける。ラボルブの選択肢は、最初から有って無いようなものだった。


 決闘が秒で終わり、肩を落としてすごすごと訓練場から去るラボルブの背中には、父親の哀愁が漂っていた。


 翌日以降のラボルブによる特別授業は、いつもの数倍厳しかったようだが、レクシアの知るところではないのである。


 特別授業を終えたラボルブがキッカラン領へと帰る日、レクシアとイグザはソラクジラ便の飛行場まで、ラボルブを見送りに訪れた。ラボルブはイグザのことを睨みたいようだが、レクシアがいる手前睨みつけるわけにもいかず、微妙な表情になっている。


「父上、ちゃんと約束は守ってほしい」

「男に二言は無い」 

「兄上達は父上がどうにかして」

「…………いざとなれば武力制圧しておく」


 大男のしょんぼりほど、どう反応していいか分からないものはない。レクシアとラボルブが二人で話し込んでいるので、イグザは所在なさげだ。


「こんななよっとした優男なんぞに、レクシアが、レクシアが~」


 いきなりイグザに火の粉が飛んできた。完全に油断していたイグザは反応が遅れるが、火の粉が燃え広がることは無かった。


「イグザはわたしが選んだ人なんだから。あとこれ少し早いけど、誕生日プレゼントの手袋」


 レクシアが丁寧にラッピングした誕生日プレゼントを渡すと、それまでのラボルブの悲壮感が嘘のように消えた。


「大事に大事に使うからな。去年は一度も帰って来なかったのだから、この夏は帰ってくるのだぞ」

「気が向いたらね」


 ではな、とラボルブはウキウキしながらソラクジラ便の客車に乗り込んでいった。ごりごりの大男のスキップという、なかなかにインパクトがある光景を残して。


 喜ぶラボルブはまだ知らない。レクシアからのプレゼントが、イグザを思わせるチョコミントアイスの刺繍入りの手袋だということを。


 レクシアの思考はあの後も食べ物から離れられず、最終的に自分の好きな食べ物を手袋に刺繍した。結果、ラボルブに対する嫌がらせのようになった。まあいいかと、レクシアは思っている。


 ラボルブを乗せたソラクジラ便が見えなくなるまで見送ってから、レクシアとイグザは顔を見合わせた。


「これで婚約できるね」

「うん!」


 笑いあう二人は、いつかファリンとエルキューザがハイタッチしていたように、ハイタッチしようとして……。できずに、それぞれの手は空を切った。


「なんか、ごめんね」


 イグザが横を向いてふるふる震えている。羞恥に悶えているらしい。


「気にしてないから、もう一回」


 もう一度ハイタッチに挑戦するも成功せず、最後の最後で締まらない二人だった。

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