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48話

 翌日グライズ王立学園内の空気は、朝から浮ついていた。イグザは朝からものすごい勢いで、様々な人に声をかけられている。イグザはにこにこと対応し続けているが、傍から見ていても相手するのは大変そうだ。


 一方でレクシアに声をかける人はいない。それはいつものことなので、レクシアは気にしていなかった。それよりも他に、レクシアには気になることがあった。


 レクシアはイグザを危険な目にあわせている原因と言っても過言ではない。なのにレクシアは朝から陰口一つ聞いていなかった。無遠慮な嫉妬や嫌味な視線も無く、何だかとっても平和だ。


 肩透かしだと思うレクシアに、休み時間中のファリンが声をかけてきた。


「今日の朝に話を聞いてびっくりしたわ」

「やっぱり驚かせちゃいましたか。またファリン様に余計な心配をかけてしまったようですみません」

「驚きはしたけれど心配はしてないわ。二人のことだから、何か考えがあるのでしょう? 実はある程度予想はついているの。でも答え合わせは放課後に取っておくわ。私も殿下と一緒に見に行くわね」


 レクシアはこくりと頷いた。


 放課後になるのはあっという間だった。放課後の訓練場の観客席には、レクシアとエルキューザの時と同等か、それ以上の学生が集まっていた。その中にはファリンとエルキューザもいる。


 先に訓練場に訪れたラボルブは、イグザが来るのを今か今かと待っていた。許すまじあの優男と、ラボルブの顔には書いてある。腕を組んでの仁王立ちは、人間とは思えない迫力を有していた。


 じりじりと時間は過ぎて行き、訓練場にようやく戦いの相手が姿を現した。ラボルブはやって来たその姿を見て、思わず仁王立ちを崩した。訓練場に現れた人物が歩く度に、長く美しい深紅の髪が揺れる。


 ラボルブと会場内の大方の予想に反して、決闘の場に現れたのは憎たらしいイグザではなく、ラボルブの愛娘レクシアだった。レクシアの手には既にエルキューザとの決闘でお馴染のハルバードが握られており、戦う気満々の様相だ。


 実際に決闘で使うのはロングソードやレイピアあたりかもしれない。だがラボルブにプレッシャーをかけるために、レクシアはハルバードを携えて現れた。ハルバードの手入れはばっちりで、刃は光を反射している。


「やっぱりそういうことよね」


 レクシアが登場したことに驚きはせず、エルキューザと共に観客席にいたファリンが呟いた。答え合わせは正解だったようだ。ファリンを含めて観客の一部が、ああそういうことかと状況を察した。


「どういうことなのだ?」


 まだ分かっていないエルキューザが、ファリンに尋ねる。


「イグザ様は学園ルールだと言っていましたわ。その学園ルールというのが肝なのです」

「なるほど! そういうことか!」


 エルキューザが理解した一方で、ラボルブは未だに状況が理解できていなかった。


「ど、どういうことだ!? レクシア」


 レクシア達が計画した通りに、ラボルブが動揺しまくっている。


「イグザは学園ルールでと言った。父上はそれを了承した。だからこの決闘は学園ルールが適用されてる。学園ルールでは誰でも代理人が認められるから、イグザの代理人としてわたしが父上とやる」


 レクシアは勇ましくハルバードをラボルブに突き付けた。先程までの迫力はどこへやら、ラボルブは戸惑いの表情を浮かべている。レクシアは駄目押しとばかりに、にっこりとラボルブに笑いかけた。


「さあ父上、正々堂々戦おう」


 ラボルブはレクシアの言葉に答えない。ラボルブの眉間には深い皺が刻まれ、ラボルブが苦渋の決断を迫られていることを、如実に物語っていた。再びじりじりと時間が過ぎていく。


 突然ラボルブは膝から地面に崩れ落ちた。


「参りました」


 勝敗は一瞬。ラボルブの不戦敗で、決闘はあまりにあっけなく幕引きとなった。


 キッカラン辺境伯といえども、溺愛する大事な愛娘のレクシアには、武器など向けられなかった。とレクシア以外のこの場にいる全員が思っているはずだ。


 だが実情は少し違う。レクシアは父を見下ろしながら、王立学園入学までのやんちゃした時分を、ぼんやりと思い起こしていた。


 レクシアが生まれた時、キッカラン辺境伯家は大いに沸き立った。男ばかりが生まれる一族で、可愛らしい女児が生まれたのだ。その後のことは説明するまでも無いだろう。


 レクシアは屋敷の中で蝶よ花よと、大切に大切に育てられた。五歳までに武器を握らされるのが普通なキッカラン家で、武器を握ることなく五歳を迎えたレクシアは、異例の存在だった。


 レクシアが可愛らしく育っていく中で、ラボルブの頭に不安が過った。レクシアはこんなに可愛い。こんなに可愛くては、この先危害を加えられたり、誘拐されたりすることがあるかもしれない。レクシアにも身を守る術を、最低限身につけさせるべきではないだろうか。


 ラボルブは最低限の護身術として、レクシアに戦い方を教えることに決めた。レクシアはラボルブの教えをあっという間に身につけていった。どんなに可愛らしくても、レクシアもキッカランの人間だったということだ。


 レクシアはたとえ護身術を身につけても、屋敷の敷地の外へと出してもらえることはなかった。キッカラン辺境伯家の屋敷の敷地は広大だったので、運動不足とは無縁だった。だがレクシアはやはり敷地の外に出たかった。


 外の世界に憧れていたレクシアは、母の元に遊びに来たラコットと出会い、本の世界を教えてもらった。読書によって外の世界への渇望は、抑えられるかと思いきやそんなことは無かった。


 レクシアはますます外への憧れを持つようになった。冒険小説のようにいろんなところに行ってみたい。兄達は自由に屋敷の外に行けてずるい。なんでわたしばかりと。


 その後ラコットの紹介で、ロギアやフィエと友人になり、二人が時々遊びに来てくれるようになった。二人は家庭教師が教えられない様々なことを、レクシアに教えてくれた。レクシアはますます屋敷の外に出たいと願うようになった。

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