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46話

 そして午後の授業を終えて放課後。図書室に来たレクシアとイグザは、本日の貸出当番に挨拶してから、ラコットに話しかけた。


「ラコットさん、談話室の鍵を借りていい?」

「ええけど、何しはるん?」

「うちの家族対策の密談」


 レクシアの返事を聞いて、ラコットがカギを投げて寄越した。鍵を受け取ろうとしたイグザだったが、受け取れずに鍵は床に落下した。残念だ。


「今日はカーテン開けといてな。せや昨日は中で何してはったん?」

「分かってる! あれは昨日だけ!」


 ニヤニヤしながら茶化してくるラコットに向かって、図書室だと言うことを忘れてレクシアは叫んでいた。


 談話室の鍵を開け、二人で中に入って扉を閉めた。先程ラコットに茶化されたせいで、妙にイグザと二人なのを意識してしまうレクシア。そんなレクシアを知ってか知らずか、イグザは椅子に座った途端、今日の議題を早速話し始めた。


「父には昨日のうちに話しておいたよ。キッカラン辺境伯家と聞いて、小躍りして喜んでたよ」

「小躍りして喜ぶ人って本当にいるんだ」


 レクシアにとってイグザの父は、将来義父になるかもしれない人だ。親しみやすい人なのだと、レクシアは好意的に解釈することにした。


「うん、あれは小躍りとしか言いようがないね。そういうわけで僕の方は大丈夫だから、後はキッカラン辺境伯家次第だね」


 最後にして最大の難関と言える。


「早く話を進めるなら、父が学園に来る時に手を打つのが手っ取り早いけど、そこまで急ぐ必要ある? 急がなくても良くない?」

「僕は一刻も早く、レクシアと婚約したいよ。国内の縁談なら断れるとは思うよ。でもね、他国から縁談がきたら断れないかもしれない。この僕だからね?」


 イグザだから許される発言だった。そしてレクシアはその発言で納得するしかなかった。


「学園に父か……。学園に父が? あ!」


 レクシアは閃いた。学園内だからこそ使える手がある。レクシアが思うに、これ以上ないぐらいの名案だった。


「イグザ、父にケンカを売ろう!」


 満面の笑みでとんでもないことを言い出したレクシアに対して、イグザは顔から血の気が引いていた。


「想像するだけで、もう胃が痛いよ……?」

「はい、手を貸して」


 レクシアは流れるようにイグザの手を掴んで治療魔法を使った。


「はい、これで大丈夫」

「うん、痛くないよ。ありがとう」

「それで話を戻すと、イグザがうちの父に喧嘩を売って、昨日言ったみたいな俺を打倒していけの展開に持って行く。決闘までもっていきさえすれば、わたしたちの勝ち」

「ああ、そういうことか。でもレクシアはそれでいいのかな?」


 詳細を説明されなくても、イグザはレクシアの意図を理解した。


「イグザがいてくれるなら、わたしは大丈夫。いくらだって頑張れる」


 レクシアは言った後になって、どっと羞恥が湧いてきた。


「……やめて、今のやっぱり聞かなかったことにして」

「レクシアのかわいいがすぎる」


 恥ずかしさのあまり顔を覆うレクシアと、思わず真顔になるイグザだった。


 レクシアとイグザが作戦の細部を詰めるうちに、レクシアの父が王立学園に来る日はすぐに訪れた。


 作戦決行のその日、深紅の髪の偉丈夫が王立学園の門をくぐる。短く切られたレクシアと同じ真紅の髪、これ以上ないほどに鍛え上げられた肢体は、只者でない雰囲気を纏っている。レクシアの父、ラボルブ・キッカラン辺境伯その人だ。


 ちなみにレクシアとラボルブは、髪色以外全く似ていない。レクシアと三人の兄達も全く似ていない。レクシアは母親似で、兄達はラボルブ似だ。


 ラボルブの到着を知ったレクシアとイグザは、ことを起こすタイミングを窺っていた。後でラボルブに発言をひっくり返されないためにも、証人となるギャラリーは多ければ多いほどいい。


「で、どうするの?」

「どうしようか?」


 授業中に小声で話すレクシアとイグザの視線の先では、現在大量出血中のアルミエが真っ青な顔で、床に倒れ伏していた。本日の犠牲者もとい、アルミエの指名で治療魔法実演中の学生の顔も真っ青だ。


 巨大な血の海ができてなお、アルミエのざっくり切れた脇腹からの出血は止まっていない。発動中の治療魔法の魔法陣は、動揺のせいか不安定で一部が消えかかっている。


 元々血を見るのが平気な学生が集まっているのだが、それでも動揺せざるを得ないのがアルミエの授業だ。あの出血量でも死なないアルミエすごいなというのが、ほぼ全ての学生たちの共通認識となっている。


 授業の膠着状態はまだ続きそうなので、もう少しこそこそと作戦会議をしていても大丈夫だろう。レクシアの見立てでは、きっと治療できずに時間切れになる。


「今キッカラン辺境伯は、武術系の選択授業合同で行われてる、特別授業の最中だね」


 ラボルブが学園に到着したのは、昼休み開始直前だったはずだ。それなのに旅の疲れも無く授業を行っているラボルブに対して、レクシアは呆れを隠せない。


「そうなの? 相変わらずの化け物体力だし、イグザがわたしより父の予定を知ってることが驚き」

「何をするにしても、情報収集は肝心だよ。より人の目を多く集める所でとなると、今日の授業終わりの時間を狙うのが一番だね。流れとしては昨日話した通りで、問題ないかな」

「それなら授業が終わり次第、訓練場に行くってことでいい?」

「そうだね……。う……胃が……」


 レクシアは何も言わずに、そっとイグザの手を握った。


「タイムアップですよぉ」


 レクシアが治療魔法を使うのとほぼ同時に、床に倒れていたアルミエが起き上がり、時間切れを告げる。レクシアの予想は的中だ。死人の様だった顔には、もう赤みが戻っており、アルミエは自分で自分を治療し終えていた。


「複数の魔法を同時に使う目の付け所は良かったですよぉ」


 凶器的な顔面で笑顔を向けられても、凄まれているようにしか思えない。現に笑顔を向けられた学生は泣き出しそうだ。


「ただ今回は術式の組み立てに難がありましたねぇ」


 予めよばれていた清掃員が血だまりの掃除を行う横で、アルミエは血みどろになっていた服を一瞬で着替えた。血みどろでなくても服が切れて腹丸出しの状態では、さすがに授業どころではない。


 アルミエが黒板に簡易化した魔法陣を書き、いくつかの箇所に印をつけていく中で、レクシアはあの倒れた日のことを思い出す。レクシアは血を見るとどうしても、あの日のことを思い出さずにはいられない。あれの結果今があって、レクシアは不思議な気持ちでいっぱいだ。


「さっき彼女が使っていた魔法では、こことこことここの部分に、問題がありますねぇ。治療魔法では他の魔法のように、単純に魔法を組み合わせただけでは、正しい効果を発揮しないことが多くありますよぉ」


 アルミエは死んでもおかしくないあの状態で、学生が使った魔法をきっちり把握していた。アルミエが優秀なのは疑いようのない事実であり、若くして学園で教師をやっているだけのことはある。


「大きな怪我や病気程、応用力も必要になってきますぅ。いつもと違い、講義を行う前にまず実演をしてもらいましたが、一筋縄ではいかないのが分かってもらえましたかぁ? それでは今後はより実践的な魔法を教えていきますよぉ」


 アルミエが本格的に座学の授業を始めたので、レクシアはつないでいた手を離して、黒板の板書を書き写すことに集中した。

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