44話
「本当に良かったよ。全部僕の誤解だったなら、心置きなく婚約を申し込めるよね。善は急げだね。さっそく帰って父に話をしに」
立ち上がって談話室を出て行こうとするイグザを、レクシアは慌てて止めた。
「待って。縁談自体は嬉しい。嬉しいけど問題が!」
「レクシアには婚約者がいないのに、問題が?」
「たぶん、わたしまで話が伝わる前に、無かったことにされる」
不穏なレクシアの発言に、イグザはそそくさと再び席に着いた。
「わたしは今まで自分に縁談が来たと聞いたことは、たったの一度も無い。泣く子も黙るキッカランだけど、流石に縁談一件も来ないのはおかしくない? そんなこと有り得ると思う? 兄には婚約者がいるのに?」
「そうだね、こんなに可愛いレクシアに縁談が一つも来ないことは、確かにおかしいね」
「だから! 可愛いはもういい。今日はもう無理」
「じゃあもっと言っちゃおうかな。レクシアは可愛らしいよ」
素敵な笑顔で念押しのように、イグザはレクシアを褒めてくる。
「もう! いい笑顔で言わないで!」
再びレクシアが手で顔を覆った。羞恥がすごい。
「イグザは自分の破壊力の凄さを分かって!」
もう羞恥しかない。イグザの破壊力の凄まじさに、レクシアはたじたじだ。
「レクシアも自分の破壊力の凄さを! そんなに可愛く恥ずかしがらないで!」
羞恥に悶えるレクシアにイグザが興奮している。再び話の収拾がつかなくなりそうな状況だ。このままでは話が進まないので、どちらからともなく深呼吸を始めた。
「お互い落ちついたよね」
「うん、なんとか」
気を取り直して話が再開される。
「それで縁談が一件も無いってどういうことかな?」
「わたしに縁談が来ても、わたしに知らせる前に家族が断ってるみたい? ただ断言はできない。そうなのかもとしか」
「レクシアは結婚したくないわけじゃないよね?」
「そんなことはない。結婚するなら、イグザ以上の人なんていないと思う。だからわたしはイグザとの縁談を受けたい。でもわたしがどんなに受けたくても、握りつぶされたら意味がない」
首を横に振るレクシアは、王立学園に入学する以前の事を思い起こしていた。
「縁談は全て断ってるのは、レクシアと結婚させたい相手がいるとかかな?」
「目ぼしい相手はいないし、それはない。家族はずっとわたしの相手を探す気はなかったように思う。わたしをどこにも嫁に出したくないのかも」
嫌な結論だ。家族にはとても大事にされていたが、それはレクシアにとって息が詰まるものだった。だからレクシアはあんなことを引き起こしてしまったわけで。
「父に直談判したらしたで、うちの娘と婚約したいなら、俺を打倒していけとかやりそう。兄達も同じことを言いそう。イグザはうちの戦闘狂どもに勝つ自信ある?」
「魔法は得意でも、そういう話じゃないよね?」
レクシアは重々しく頷いた。談話室の空気がずしりと一気に重くなる。
「これからどうするかは、二人で一緒に考えようか。一緒に考えればきっと、これぐらいどうってことないよ。それに障害がある方が、恋は燃えると言うよね」
明るい声でイグザにそう言われ、レクシアも重く考えなくていいのではないかと思えた。イグザがいてくれる以上に、レクシアが心強く思えることはないのかもしれない。
「そういえば、イグザはどうして今まで婚約してなかったの? 本当なら決まっててもおかしくないはず」
「それは状況を見て政略結婚できるようにするためだよ。今はもう大丈夫だけど、殿下があんなひどい有様だったからね」
たしかにあのままだったら、エルキューザが王太子でなくなっていた可能性もあっただろう。でも今なら傍にファリンもいるから、きっと大丈夫。
「それでわたしと婚約できるの? 親に反対されない?」
「大丈夫だよ。キッカラン辺境伯家なら政略としても申し分ないし、父も反対するはずがないよ。最強の武力が味方になるようなものだからね」
レクシアは珍しく、キッカラン家の生まれで良かったと思えた。
「あ、もういい時間」
レクシアが時計で確認すると、図書室の閉室時間寸前だ。二人は鞄を持って談話室を出た。
「解決しはったん?」
戸締りの準備を始めていたラコットが、その手を止めて尋ねてきた。
「「はい」」
息ぴったりで返事した二人に、ラコットは優しく笑いかけた。
イグザに送ってもらい、寮に帰ったレクシアはご機嫌だ。まだ障害はあるだろうけど、それでも嬉しいものは嬉しい。足取り軽く扉を開けたレクシアを、ルダが出迎えた。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、レクシア様」
レクシアから鞄を受け取ってルダは微笑んだ。レクシアがイグザと仲直りできたことを察したようだ。
鼻歌交じりのレクシアは、制服から着替えようとクローゼットの扉を開けた。何を着ようかと選ぶレクシアの背に、ルダから声がかけられる。
「学園の特別講師を頼まれたため、旦那様が来週王都に来ると、先程連絡がございました」
イグザと婚約の話をした途端にまさかの父登場。後ろを振り返ったレクシアは、思ったことをそのまま口から出していた。
「展開早すぎない?」
そんな理解しがたいレクシアのコメントに、当然ルダは困惑した。