42話
「とまあこんな感じだね」
「創作と現実を一緒にするのは、どうかと思う」
頭の痛さを堪えて、なんとか絞り出せたレクシアの感想だった。
「それは本当にそうだよね。肩を抱くのも間違ってたよ」
レクシアがイグザに肩を抱かれたといえば、かなり最初の頃の話だ。大して親しくも無いのにされて、レクシアはかなり動揺した。
「あれも恋愛小説のせいだった?」
「そうだね。レクシアの好感度を上げる行動をどうしようかと思った時に、恋愛小説を参考にしたんだよ。肩を抱いたレクシアの反応がおかしかったからね。間違ってたと気付いて、小説を参考にするのはすぐに止めたよね」
「早めに気付いてくれて助かった」
そのままだったら、イグサは何をしでかしていたか分からなかった。イグザが参考にしていたのは、レクシアがフィエに勧めた小説だ。レクシアの記憶が確かならば、肩を抱くような描写があったはずで、ヒーローはそれ以上のこともやっていた。レクシアの心臓がもっていたかは非常に怪しい。
「レクシアが好きなあの本、とっても面白かったよ」
「あれはわたしが好きな本じゃなくて、フィエが好きそうな本を見繕った。フィエの趣味は変わってて、奇怪な恋愛小説が好き。あれが面白かったの?」
当て馬が十三人出てきたり、婚約者横取りが五連鎖するような小説が好きだと思われるのは、レクシアにとって非常に心外だった。あれを面白いと思うということは、イグザの趣味は相当おかしいということになる。
レクシアからイグザに送る視線が、つい残念さを含んでしまう。レクシアの言いたいことが分かったらしく、イグザは弁明を試みてきた。
「僕の面白いは興味深いの意味ではなくて、笑いの方の面白いだからね?」
「じゃあそういうことにしておく」
レクシアは半笑いだ。何を言っても無駄だと思ったのか、イグザが一度黙りこむ。しかしイグザはただでは起き上がらなかった。
「今度レクシアが好きな本を教えてほしいな。僕の趣味を考慮しないでいいから、レクシアの本当に好きなものが読みたいよ」
「うん、また今度ね」
イグザと好きな本の感想を言い合えたら楽しそうではあるが、今は話を脱線させている場合ではない。
「聞けば聞く程、イグザの思い込みが激しすぎてびっくり」
「僕が勘違いを加速させたのは、他にも理由があるよ。会うとき会うとき、フィエ・エントラ子爵令嬢のレクシアに対する当たりがきつかったからね」
「フィエ? フィエのあれはただのツンデレ。ただ当たりがきついだけなら、わざわざわたしから話しかけに行ったりしない」
フィエと長い付き合いのレクシアは、そんなこと考えもしなかった。
「フィエはつい当たりが強いことを言っちゃうけど、言ってることの九割は本心じゃない。どうしても素直になれなくて、本心の真逆のことを言って、でも表情とか態度からフィエの本心はばればれで。ときどき素直になれないことに、影で凹んでるのもかわいいでしょ。焦った時にツンデレがどこかに行っちゃうところも、そこもまたポイントが高くて。イグザみたいに誤解する人もいるけど、とにかくフィエはとっても可愛い子。あの魅力を知ってしまったら、もう知る前には戻れない。あの可愛さが分からないなんて、イグザは人生損してる」
「なるほど、ツンデレも奥が深いね」
「なんでわたしがイグザに、フィエのツンデレの解説をしないといけないの」
熱く語っていたレクシア、我に返る。
実はレクシアがイグザに説明していないことはまだあった。あのツンデレぶりにはまる人続出で、王立学園内にはフィエ本人に秘密のファンクラブが存在する。その名も『ツンデレなフィエ様をこっそり愛でる会』と、かなり直球なネーミングだ。学園内ではチョコミントの会に次いで、二番目という一大勢力であり、実はロギアもレクシアも会員だったりする。
「フィエ・エントラ子爵令嬢のこと以外にも、レクシアがロギア・リオー伯爵令息は好きだって言ったからね」
レクシアが記憶をたどると、思い当たる場面が……あった。あれはたしか廊下でフィエと会い、遅れて現れたロギアがフィエを連れ去ってしまった時だ。
「あれはロギアがフィエのことを好きだって、言ったつもりだった。わたしが二人に出会った時から、フィエとロギアは婚約者同士で、わたしは一度もロギアをそういう目で見たことは無い」
レクシアは頭痛と溜息が止まらない。
「今まで色恋とは無縁の人生だったって、イグザには何回か言った気がする。途中でおかしいって気付いて。色恋沙汰だとポンコツすぎない?」
「僕は周りの人が思ってるよりも、ずっとダメダメだよ? 次期宰相だからって完璧なわけじゃないからね。胃痛の時僕の思考は異常なまでに乱されるから、胃痛の時の僕はだいぶポンコツだよ」
「笑顔で言うことじゃないし、胃痛の影響深刻過ぎない?」
「昔からそういう体質だから仕方ないよ」
あっけらかんと笑ったイグザは、一転して真面目な顔になった。
「改めて言うよ。僕はレクシアが好きだ」
昨日自分の都合のいい妄想だと思ったことが真実だったため、レクシアは何を信じていいか分からなくなった。