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4話

 スレノーラ公爵家が手配した医師ディストは、レクシアの元に欠かすことなく毎日来てくれている。ディストはレクシアの元に通い始めて五日後ぐらいから、ファリンの謝罪の手紙運搬係にもなっていた。


 いつものようにディストから手紙を受け取り、レクシアは封を開けた。


 スレノーラ公爵が言っていたように、修羅場を引き起こしていたファリンにも、何か事情があったのかもしれない。レクシアはいつのまにか、そう思うようになっていた。ファリンに対する怒りはもう完全に消えている。喉元過ぎればなんとやら、人間嫌な記憶は残さないようにできているらしい。


 レクシアとディストは毎日顔を合わせている。雑談を交わす程度には、二人は打ち解けていた。ファリンからの手紙を読みながら、レクシアはディストに尋ねた。


「ディスト先生あの、ファリン・スレノーラ公爵令嬢は一体どんな方ですか?」


 レクシアの質問に、ディストは少し困った表情を浮かべた。


「近頃彼女と会うことはあまりなくて、毎日預かっている手紙も使用人経由でね。私に語れるのは大したことない昔話ぐらいだが、それでもいいかね?」

「はい、お願いします」

「昔の彼女はいつも笑っている可愛らしい子だった。彼女は昔から本当に何でもできるすごい子で、スレノーラ公爵にはいつも娘自慢をされてね。天才という言葉は、彼女のためにあると思える程だった。王太子殿下との婚約が決まったと聞いた時は、なるべく所になったと思ったものさ。彼女が殿下と婚約してからは、いつも忙しそうにして、姿を見かけることもすっかり減ってしまってね。私から言えるのはこの程度のことだよ」

「……そうですか。今とは全然違います」


 過去にレクシアが学園内でファリンを見かけた時、ファリンはいつだって無表情に過ごしていた。ただ幾つもの分野で天才と言われるほど多才なところは、以前と変わらないらしい。学園に入学して以来、ファリンは不動の首席として君臨し続けている。


「昔の彼女しか知らなかった私は、スレノーラ公爵から呼び出された時、彼女に何かあったのかと思ったのだよ。ところが彼女は危害を加えられたどころか、危害を加えた側だったと知って、信じられない気持ちでいっぱいになった。君の容体を診せてもらった後は、彼女がかけた禁呪魔法の凶悪さに驚きを隠せなかったね」

「先生が驚く程に強力……。それなら死んだ方がましと思ったのも当然ですか」


 レクシアにかけられた禁呪魔法は、ファリンという天才がかけたものなのだ。わざわざ考えるまでも無かった。


「彼女の禁呪魔法は、呪いの部分が人並み外れて特に強力でね。ここまで酷いのは私でも初めて見たさ。何がここまで彼女を駆り立てたのか。この呪いの部分のせいで、私でも治療に手こずっているわけだよ」

「そうなんですよね。呪いさえなければ、きっと自分の治療魔法でどうにかできたのに」


 レクシアも治療魔法自体は使える。ところが呪いとの複合となると、途端に手も足も出なくなってしまう。魔法があまり得意ではないレクシアに、解呪は無理な芸当だ。


「もしかして君は学園で、治療魔法学を専攻しているのかい?」


 レクシアの何気ない言葉に、ディストが大きく反応した。


「そうですけど、どうかしましたか?」

「今はアルミエ君が担当だろう?」

「はい、アルミエ先生に教えてもらってます」

「アルミエ君は私の教え子でね。そうかそうか、君はアルミエ君の教え子か」


 先程から出ているアルミエとは、治療魔法学の担当教師の名前だ。レクシアとディストには、意外なところで接点があった。


「アルミエ君の授業はどうだい? 上手くやっているかい?」

「だいぶ刺激的な授業です。この前なんて――」


 思いもよらないところで共通の話題があり、レクシアとディストの話は盛り上がった。話している間に、いつのまにかもう夕刻だ。


「とにかく治療は私に任せなさい。君のことは必ず治そう。だから無理をしてはいけないよ」


 そう言い残して、ディストはレクシアの部屋を後にした。ディストが帰った後、レクシアはディストの話を踏まえて考える。そしてレクシアは、ファリンのことがますます分からなくなった。


 無慈悲な公爵令嬢と呼ばれ、学園では孤高の存在であるファリン。無感情なのかと、レクシアはずっと思っていた。


 少なくとも激昂していたあの時の彼女に、無慈悲な公爵令嬢の面影は微塵も存在しなかった。また手紙の中の彼女は、いつだって泣き出しそうだった。言い訳一つせずに、自分を責めてばかりだった。ディストが話した昔の彼女は年相応の少女らしくて、別の人物の話を聞いているように思えた。


 どれもこれもが一致しない。人には色んな一面があるとは言う。それでも何が彼女の真実なのか。どれが本当の彼女なのか。レクシアは少しだけ、ファリンのことを知りたくなった。


 ふと思い立ったレクシアは、初めてファリンの手紙に返事を書くことにした。レクシアの手にはまだ痺れが残っており、書き上げた手紙の文字はがたがたで酷いことになっている。とりあえず読めればいいかとレクシアは開き直り、書き上げた手紙は翌日、部屋を訪れたディストに託した。


 体調はだいぶ良くなった。怒ったりもしていない。レクシアはそんな内容を手紙に書いたはずだった。


 はずだったのだが、レクシアからの返事を読んだであろう次の日から、ファリンの謝罪の手紙の厚みが増した。レクシアが怒っていると、ファリンは思ったのだろうか? 返事しない方が良かったのか? とレクシアは悶々とした。


 その後も療養生活が終わるまで、ディストは毎日欠かさずレクシアの元を訪れ、ファリンから謝罪の手紙はレクシアの元に毎日届けられた。

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