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37話

 色々と余計なことを考えてしまいそうになったので、レクシアは一旦目を閉じて深呼吸した。大丈夫だ、もう落ち着いた。


 レクシアが再び目を開けた、その時だった。


「レクシア! そいつを捕まえて!」


 イグザの叫び声が聞こえて、レクシアは声がした方に振り向く。イグザが言うそいつが誰なのか、レクシアはすぐに分かった。こちらに走ってくる人相の悪い男、間違いなくあいつだ。


 男をどう捕まえるにしても、まずは無力化が必要だ。ハルバードでやるか、武器なしで殴り飛ばすか。おしゃれした今日のこの恰好で、武器を出すのも素手で殴るのも、レクシアには恥じらいがあった。レクシアはものすごく迷った。迷った挙句、逃げてきた男にラリアットをお見舞いした。


 これが正解だったのかどうか、レクシアには判断しかねる。


 レクシアからのラリアットを受けた男は、勢いよくひっくり返り地面に背部を強打した。レクシアが倒れた男の様子を確認する。男は気を失ってしまっており、暫く身動きはとれなさそうだ。


 安全確認が終わったレクシアは、近寄ってきたイグザの方を見た。


「あれ、男? イグザ、こいつは何者?」

「そいつはひったくり犯だよ。僕の近くにいた彼女が標的になったんだよ。この辺りでも、お祭りの影響で治安が少し悪くなってるみたいだね」


 イグザが連れていたのは、レクシア達と同じぐらいの年頃の少女だった。もしかしたら同じ王立学園の学生かもしれない。イグザは地面で伸びている男が握っていたバッグを回収すると、その少女に手渡した。少女は今にも泣き出しそうになっていた。


「ありがとうございます。中に恋人にもらったブローチが入ってたんです。良かった。本当に」

「お礼なら僕よりも彼女に言ってあげて。捕まえてくれたのは彼女だからね」


 レクシアと目が合いびくりと反応した少女は、やはり王立学園の学生だったようだ。間違いなくレクシアを知っている者の反応をしていた。


「あの、本当にありがとうございました」


 少女はレクシアに礼を言うだけ言って、脱兎のごとく駆けて行った。少女の後ろ姿を目で追うイグザの表情から、その感情は読み取れない。


「お礼を言ってもらえるだけでも、わたしは嬉しい」


 強がり半分、本音半分だった。だからレクシアは、決して嘘を吐いてはいない。


 近くの店からロープを持ってきてもらい、ひったくり犯をイグザが縛り上げた。縛り方が何かおかしい気もしたが、レクシアは気にしないことにした。きっと気にしたら負けだ。


 レクシア達の大捕り物を目撃していた人々が、憲兵への通報を行ってくれたので、レクシア達は憲兵が来るまで、ひったくり犯の見張り役を買って出た。もしも暴れ出したりした時に、他の人だと荷が重いからというレクシアなりの配慮だった。


 回収に来る憲兵を待つ間、壁にもたれてレクシアとイグザは二人で話す。


「さっきはどうして一瞬驚いたのかな?」


 ほんの一瞬だったのによく見ているなと、レクシアは感心した。


「イグザのことだから、変な女性に絡まれたとかそういうのかと思った」

「さすがにそれはないよ」


 呆れ顔のイグザが肩をすくめた。レクシアは身を乗り出して、イグザに尋ねる。


「じゃあわたしがいないところで、変な女性に付き纏われてるとかもない?」

「そんなことは無いよ」

「じゃあしつこい縁談があるとか?」

「縁談をもってこられることはあるけど、悪質なものはないよ。断れば引き下がってくれるからね」

「そういえばイグザって、誰とも婚約してなくない?」

「うん、してないね」


 嬉しそうに語るイグザを、レクシアは理解できずにいた。


「他にも何もない?」

「ラフロスト家に脅迫状を送りつけてくる奴はたまにいるよ。でもそれは、レクシアが思ってるようなことではないよ」

「そっか。最近胃はどう?」

「うん、最近は大丈夫だよ。きっとレクシアがいてくれるからだね」


 イグザの役に立っているなら、レクシアは嬉しいと思ってしまう。俯くレクシアは、急にイグザの顔が見られなくなった。短い沈黙が二人の間に流れる。レクシア達が待てど暮らせど、憲兵はなかなかやってこなかった。


「遅くない? 人手足りてないとか?」

「お祭りに乗じて、同じようなことがあったのかもね。気長に待とうか」


 イグザが横に居れば、待ち時間もレクシアにとって苦行ではない。その後もぽつぽつと二人で話した。ようやく来た憲兵にひったくり犯を引き渡し終わった頃には、辺りは暗くなり始めていた。


「昼よりも人が増えた気がする」

「夜蝶祭は夕方から夜にかけてが本番だからね。ということで踊ろうか」


 イグザがレクシアの手を取って、噴水広場の方へと引っ張っていく。何がということでなのか、レクシアは話についていけていない。


「急に踊るって何で?」

「レクシアは知らないんだったね。踊ってこそ、この祭りに参加したと言えるんだよ」


 たとえイグザからの誘いでも、レクシアは踊ることに乗り気ではなかった。


「踊りは苦手」

「運動神経が死んでる僕でも大丈夫だから、ね、レクシア。それに踊るといい物がもらえるんだよ」


 レクシアがイグザに引きずられるようにして連れて来られた噴水広場では、様々な楽器を持ち寄った人々が軽快な音楽を奏でていた。楽器以外に鍋やバケツを叩いている人までいる。奏でられる音楽に合わせて、噴水の周りではたくさんの人が歌って踊っての大騒ぎだ。


「もしかしてレクシアは僕と踊りたくない?」


 しょんぼりとした子犬のような目でイグザに見つめられて、レクシアは慌てて首を横に振った。


「そんなことない! けど……」

「さてはレクシアが心配してるのは、僕の運動神経の方だね? 運動神経が酷くても、リズム感はあるからばっちり踊れるよ」


 レクシアはそんなことは全く考えていなかった。レクシアが乗り気でなかったのは、夜会で行われるようなダンスの練習一つ、今までやったことが無かったからだ。


 レクシアは事実をイグザに伝えたくなかった。かといって良い言い訳も思いつかず、結局レクシアはイグザの誘いに頷くことになった。


 手を取りあって人々の輪の中に加わり、レクシアとイグザは踊り始めた。手をつないでぐるりと回り、歌ってステップを踏んで飛び跳ねたりと、動きとしてはなかなかにハードなものだった。


 レクシアは見様見真似でも案外様になっている。一方で大口を叩いたイグザの方は……。想像にお任せしよう。とりあえず言えることは、イグザの周りの空気は非常に残念なことになっていた。

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