36話
恐怖の館を出たレクシア達は、再び通りの散策に戻った。気になる商店を見ながら歩き、二人はゲームの出店が多く並ぶエリアまでやって来た。
今度はイグザが何かに目を奪われた。イグザの視線の先にあるのは一体何なのか。視線の先を追っても何を見ているか分からなかったので、レクシアはイグザに尋ねた。
「何を見てるの?」
「珍しい物が景品になっててね」
イグザが指差したのはペンらしきものだ。いくつもの景品が置かれた棚の最上段に鎮座するそれは、どうやらこの出店の目玉景品らしい。
「あれが珍しいの?」
なんだかよく分からず、レクシアはイグザに訊いてみた。
「あれはガラスペンって言ってね。文字通りにガラスで出来たペンだよ。この国には作る技術が無いからほとんど流通していないけど、海を越えた隣の大陸では一般的なものらしいね。僕も実物を見たのは初めてだよ。すごいなあ。あれなら装飾品としても美しいよね」
「そんな物がどうして出店の景品に?」
「そうだね、普通には流通させないことで、希少価値を上げてるとみたよ」
そういうものなのかとレクシアは感心した。イグザが珍しいと言うのだから、ガラスペンはこの国では相当珍しい物なのだろう。
ガラスペンが景品となっているゲームの内容を、レクシアはちらりと確認した。
十球の球を投げて、一番から九番まで書かれた九つの的を開けていくというシンプルなルールのものだ。開けた的の数で商品が決まり、ガラスペンは全ての的を開けなければいけない。失敗して良いのは一球だけ。
これならたぶんいけそうだとレクシアは踏んだ。
「イグザ、ちょっと待ってて」
レクシアは呼び込みを行っていた店主に声をかけて、参加料の銅貨を渡した。魔法使用は禁止だという説明を受けてから、レクシアが所定の場所に立つ。レクシアは投げ始める前に、球の感触を確かめた。
まずは一球、レクシアが投げた球は見事に三番と書かれた的を撃ちぬいた。レクシアは迷うことなく次々と球を投げて行き、その度に的が撃ち抜かれていく。球数を重ねるごとに歓声は大きくなっていき、残り一つの的となったところで、イグザを含めた観客たちは固唾をのんでレクシアを見守った。残りは五番と書かれた的だけだ。
レクシアが躊躇いなく投げた九球目の球は、吸い込まれるように五番の的に直撃した。その瞬間、今日一番の歓声が周囲で巻き起こる。景品を取られて悔しいはずの店主まで、盛り上がりに便乗していた。
盛り上がりが落ち着いてから、箱にしまわれたガラスペンを店主から受け取り、レクシアはイグザの元へと戻った。
「すごい、すごいねレクシア!」
イグザはまだ興奮冷めやらぬ様子だ。レクシアはイグザの手を取って、ガラスペンが入った箱を渡した。
「髪飾りのお礼だから受け取ってほしい」
「ありがとう。大事にするよ!」
当人たちの意識は別として、傍から見ればレクシアは、恋人のためにガラスペンをゲットしたようにしか見えない。まだ残っていたギャラリーからの冷やかしが入り、どうにも気まずくなったレクシア達は、逃げるようにその場を後にした。
足早に歩く中で、レクシアの鼻孔を甘くて良い匂いがくすぐる。しばらく歩いたので、レクシアは何か食べたくなってきた。
「イグザ、ちょっといい?」
立ち止まったイグザの服を引っ張り、レクシアは匂いの元を探し始めた。探し始めるとその露店はすぐに見つかった。売られているのは、甘いクリームを生地で包んで揚げたお菓子のようだ。
「たぶん外国のお菓子だね」
物知りなイグザが知らないのなら、最近作られるようになったお菓子なのだろう。レクシアが食べたいと言う前に、イグザは店主に揚げ菓子を注文した。
「中が熱いから注意しろヨナ」
イグザが外国人風の店主から、紙皿に載った揚げ菓子とピックを受け取った。そのまま近くにベンチが無いか探して、二人で歩き始める。立ったままで食べる気にはならないあたり、やはり貴族育ちなレクシアとイグザだった。
見つけたベンチに腰掛け、レクシアは揚げ菓子をピックで刺すと、一口で頬張った。熱いと店主から注意喚起されたことを、レクシアはすっかり忘れていた。揚げたての揚げ菓子の中身は、それはもう熱かった。レクシアが悶絶する程熱々だった。
レクシアの異変に気付いたイグザが、慌てた声を出した。
「治療魔法は!?」
無理だとレクシアは大きく首を横に振る。怪我の痛みに関しては、慣れているので冷静に治療魔法が使える。だが熱くてパニックの今は、魔法行使どころではない。
涙目になりながら頑張ってなんとか飲みこんだは良いものの、残る火傷の痛みでレクシアは悶絶したままだ。
「レクシア! 氷いる!?」
その問いかけにレクシアは大きく頷いた。
「はい、口開けて」
イグザが魔法で一口大の氷を作りだし、レクシアの口の中に氷を入れてくれた。氷で口の中の痛みがうやむやになっている隙に、レクシアは治療魔法を行使した。
「死ぬかと思った」
レクシアはようやく一息つけた。傍らのイグザもほっと一安心だ。
「中がとっても熱い」
「レクシアのさっきの反応を見れば、言われなくても分かるよね」
それは確かにそうなのだが、レクシアは他に言うことが思いつかなかったのだ。これ以外に言いたい事といえば。
「氷を出すぐらいなら、イグザが治療魔法を使ってくれれば良かったのに」
「本気で焦ってたから、全然思いつかなかったよ。ごめんね。でもお互いのうっかりのおかげで、僕がデート中にやりたかったことが一つ達成できたよ。さっきの氷もあーんと言っていいよね」
そういえばイグザは、アイスクリームの時も何か言っていた。イグザがそこまであーんにこだわるのならと、レクシアは揚げ菓子をピックで刺して、イグザに差し出した。
「あーんしたいなら、はい」
イグザの動きが完全に止まった。
「もうだいぶ冷めてるから、一口でいっても平気だと思う」
「熱さの心配はしてないんだけど、レクシアはいいのかな?」
レクシアはイグザが熱さを警戒しているのだと思ったが、そうではなかったらしい。
「あーんしたいんでしょ? こんなことでイグザの気が済むなら、はいどうぞ」
イグザはゆっくりと顔を近づけ、レクシアの手から揚げ菓子を口にした。
「美味しいよ」
顔をほころばせるイグザと視線が合って、レクシアの鼓動が早くなる。レクシアも揚げ菓子を口に運び、先程は熱さで分からなかった味を確認しようとした。だがドキドキしているからなのか、味はよく分からなかった。イグザが美味しいと言うのだから、たぶん美味しいのだろう。
言葉少なに揚げ菓子を二人で食べ終わり、イグザがベンチから立ち上がった。
「ゴミを捨ててくるね」
足取り軽いイグザを見送り、レクシアは自分のしたことが、今更ながら気恥ずかしくなり始めていた。レクシアはあーんぐらい何でも無いと思っていたが、全くそんなことは無かった。
先程のやり取りはすごくデートっぽかったのでは? とレクシアは思う。いや、イグザは最初からデートだと強調していた。っぽかったも何も、レクシアとイグザはデートの最中だ。