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34話

 基本的には服装に無頓着なレクシアだが、イグザとの約束の日はいつもより準備に時間がかかった。気付けば約束の時間を過ぎてしまい、レクシアは慌てて寮の門へと向かった。


 学園に通学するときと同じように、ラフロスト侯爵家の馬車が寮の門の前に停まっている。レクシアが寮の玄関から出てすぐに、イグザは馬車の外へと降りてきた。イグザの元へとレクシアは駆け寄っていく。


「ごめん。遅くなった」

「急がなくていいよ。レクシアが転んでしまったら大変だからね」

「イグザ様じゃないから、簡単に転んだりはしない」

「そう言われちゃうとそうなんだよね。レクシア、今日の服装とても似合ってるよ」


 緩く巻かれた真紅の髪といつもと雰囲気を変えた化粧は、普段より大人っぽくレクシアの魅力を引き立てている。


「ルダが、私の侍女がデートと勘違いして、気合入れて準備してくれた。恥ずかしいから、あんまり見ないでほしい」


 イグザにじっと見つめられて、レクシアはドキドキを抑えきれなかった。


「それなら彼女には感謝しないとね。それと僕は約束した時から、今日はレクシアとのデートのつもりだったよ」

「イグザ様はいつもリップサービスがうますぎる」

「レクシア、今日は様はなしでイグザと呼んで。むしろ学園でも様は無くていいよ」


 レクシアは真剣な表情のイグザから目が離せなかった。イグザの視線には隠しきれない熱が混ざっている。


 最初は『レクシアさん』だったのに、イグザがレクシアを呼び捨てするようになったのは、いつからだろう。どこか違和感があった笑顔から、全く違和感を感じなくなったのも。レクシアの中に明確な答えは無い。


 色々と考えてしまい、レクシアは結局頷くしかできなかった。


 朝の通学と同じように、レクシアとイグザは二人で並んで歩く。いつもと違うのは、学園脇の道から逸れて、学生街の方へと向かっていることだ。


 王立学園近くの繁華街は、学生街として沢山の学生が日々訪れる場所だ。多くの憲兵が配置され、学園に通う令息令嬢が問題なく一人で買い物に来られるほどに、日々の治安は維持されている。


 レクシアとイグザが護衛なしで、二人でデートできるのもそんな理由からだ。レクシアの場合は、襲われても返り討ちにしてお釣りがくるほどなので、そもそもいつでもどこでも護衛が必要ないのだが。


「うわあ! すごい賑わい!」


 人で溢れた街の様子を一目見て、レクシアは目を輝かせた。街の至る所に蝶をモチーフにした飾り付けが行われ、目にも鮮やかなで華やかな光景だ。


「もしかして夜蝶祭は初めて?」

「うん」


 レクシアは笑顔で返事した。


 夜蝶祭とは本日開かれている祭りの通称だ。正式名称は別にあるのだが、無駄に長いため誰も正式名称で呼ぶことはまず無い。その長さは全てを間違わずに覚えて、最後まで噛まずに言えることは、ちょっとした自慢になるほどだ。


 夜蝶祭は王都特有のもので、北方育ちのレクシアにはあまり馴染みがないものだった。夏の間の雨を乞い、秋の豊作を願うお祭り程度の知識しか、レクシアはもっていない。去年のレクシアは寮に引きこもったままで、祭りに参加しようとは微塵も思わなかった。


 人混みの中を歩くと、レクシアとイグザ以外にも、王立学園の学生達が街に繰り出しているようで、何処かで見覚えがある顔がちらほらと見受けられた。


「見に行きたいところはあるかな?」

「イグザに任せる。おすすめのところに連れて行ってほしい」

「レクシアのご期待に沿えるように頑張るよ。まずは約束のアイスクリームだね」


 かれこれ数か月、ずっと食べたかったチョコミントアイスクリームに、レクシアの胸が躍る。


 アイスクリームはレクシアの好物の内の一つだ。寒い北方で生まれ育ったレクシアは、暑さがあまり得意ではない。それでも夏が嫌いではないのは、暑い中で食べるアイスクリームが美味しいからだったりする。レクシアは寒い冬に暖炉の前で食べるアイスクリームも好きだ。


 浮かれるレクシアの横では、イグザが嬉しそうにレクシアを見守っていた。イグザの笑顔は元々破壊力抜群だ。そこに甘さが加わっているのだから、その破壊力は凄まじいことになっている。


 学園の中と違い、街中ではイグザの笑顔に免疫が無い人の方が多い。イグザは普段以上に注目の的だ。レクシアが隣にいなければ、間違いなく多くの女性に声をかけられていただろう。キッカラン家の娘だと分からなくても、レクシアの存在は女性避けとして有効らしいということが分かった。


 目的のアイスクリーム屋の前で、イグザが足を止めた。


「買ってくるからここで待っててね」

「待って。一緒に行く。イグザが一人になるのは駄目」

「じゃあ一緒に行こうか」


 レクシアはちゃんと女性避けの役目を果たさないといけない。なんていうのは言い訳で、レクシアは他の女性と話しているイグザをどうしても見たくなかった。


 二人で店の中に入り、アイスクリームが入ったショーケースの前で順番を待っていると、レクシア達の番はすぐに来た。


「レクシアはチョコミントでいいんだよね? 僕も同じにしようかな。チョコミント二つでお願いします」


 イグザが手慣れた様子で、店員に注文を伝えた。イグザに見惚れたりしない店員の反応から、イグザはこの店によく来ているのだろう。レクシアが財布を出そうとすると、その前にイグザが二人分の代金を払ってしまった。


「僕が払うよ。なんたって今日はデートだからね」

「ありがとう」


 今日のイグザはことあるごとに、やたらにデートだと強調してくる。そのイグザの心理が、レクシアには全く分からない。

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