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32話

「ファリン様は王妃教育にかこつけて、ビスホス公爵夫人からパワハラを受けてるよ。いじめと表現してもいいかもしれないね。ファリン様はそれに気づいていなくて、自分が悪いとしか思っていない。ある種の洗脳状態だよ。王宮の中でのことだから、分かってても僕やレクシアに手出しはできなかった。スレノーラ公爵も手をこまねいてるみたいだね」

「なぜファリンはそんなことに?」


 エルキューザの表情は悲痛に歪んでいる。


「ビスホス公爵夫人がファリン様を目の敵にしてるからだよ。王妃になりたかったのに王妃には選ばれず、娘も婚約者に選んでもらえず、最終的に王妃から任されたのはファリン様の王妃教育。プライドを踏みにじられたと思っただろうね。ビスホス公爵夫人の経歴を考えたら、こんなことになって当然だよ。僕達からしたら、この人選が有り得ないと思うよ」

「教育係を選んだ母上は、異常に空気が読めない人だ。よく王妃をやっているなと俺でも思うぐらいだ」

「そういうことだったんだね。妃殿下が空気の読めない人だったのは初めて知ったよ」


 エルキューザが空気を読めないと断言する程とは、よっぽどなのだろう。このことを隠しきっている側近たちの気苦労が、計り知れなかった。


「今思えばビスホス公爵夫人には、会う度に娘の話を何度も聞かされたな。おまけに目が死んでいる娘に何度も会わされた。乗り換えさせるためだったか」


 ビスホス公爵令嬢は隠す気もないほどに、本気でエルキューザを嫌がっていたことが判明した。それなら隣国に留学するのも納得だ。


「殿下とファリン様がすれ違うようにも、画策してたんじゃないかな? 心当たりはどう?」

「……ある。決闘の次の日にお茶会でファリンと話していて、おかしいと思う部分がいくつもあった。ファリンに会って直接話して、早くこうするべきだったと強く感じた。そうか、俺はいいように踊らされていたか」


 力なく呟くエルキューザは、己の不甲斐なさを痛感しているようだった。


「そんな感じで証拠も何も無く、誰にもどうにもできないと手をこまねいてたんです。そんなときに殿下のあのいちゃもんです。余計なことを吹き込まれて、真偽も確かめようとせずに、何考えてたんですか。あれ以上ファリン様を傷つけるなんて、絶対許せませんでした」


 エルキューザは押し黙ったままで、レクシアの話を大人しく聞いている。


「どうにかうやむやにするしかなくて、うやむやになるような騒ぎを起こすとなると、あれしかとっさに思いつきませんでした。丁度白の手袋持ってましたし、殿下が兄より強いはずがないので」

「そんな理由で俺は」

「そんなとは何だ。そんなとは! あ~、失礼しました」

「いや、レクシアの言う通りだ。そんなではなかったな。ファリンのことは大切だ」

「不敬ついでに言いたいことは言っておきます。役に立たないうえに、余計なことをしそうになって、ほんと邪魔の極み!」

「昔の俺は知らなかったのだ、ファリンのことを何も。今の俺はもっとファリンのことが知りたい。だから今は知ろうと努力している。好きな物嫌いな物、あんなことからこんなことや、今日の下着の色まで」


 知りたい欲望があったらしく、エルキューザが失言した。失言した結果、エルキューザがファリンの下着の色を知ろうと努力している変態になった。


「一国の王太子ともあろう者がサイテーです」

「最低だね」


 レクシアは軽蔑した目でエルキューザを見、イグザは腹黒笑顔を浮かべていた。


「心の欲望が漏れ出た。いや焦る必要は無いな。結婚したら何度でも見られる」


 エルキューザは真理に至ったが、失言であることに変わりはない。


「サイテー、本当にサイテーです。イグザ様、こっそり同意してない?」

「あっはっはっは。してないよ」

「笑いが不自然……」


 ジト目になるレクシアからイグザが目を逸らした。このまま話は脱線したままになるかと思いきや、脱線の原因を作ったエルキューザが話の軌道修正を図ってきた。


「話を戻すぞ。王宮だとビスホス公爵夫人から横やりが入る恐れがあったから、あの時王宮でのお茶会はやめろと言ったのか?」

「はい、そうです」

「そんなところは察しがいいんだよね」


 エルキューザは両肘をテーブルにつけて頭を抱えた。そして急に顔を上げて目を見開いた。


「は! こうしている間にも、俺のファリンが苛められているのか!?」


 エルキューザが勢いよく立ち上がったせいで、椅子が後方に倒れていった。


「誰にもどうにもできないのなら、ファリンのために俺がどうにかしなければ。これからはどんなときも、ファリンの味方でいると決めた。世界中が敵になっても守ると決めた。お前たちにはどうにもできまい。ファリンを救えるのはこの俺だけだ。戦ってやる! ということで俺は帰る」


 エルキューザが勝ち誇った表情をしてくるが、レクシアもイグザも元から勝負する気はさらさらない。嵐のように騒がしく、エルキューザは談話室から去っていった。


「騒がしい殿下……。あの状態から、あそこまでべた惚れになるとは……」

「そうだね。でもこれでようやく、ファリン様も救われそうだね」

「そんなにうまくいく?」

「殿下は何だかんだで、やるときはやる男だよ。やる気になってる今なら、きっと大丈夫だね」

「それならファリン様のことは任せればいっか」

「邪魔者はいなくなったし、僕たちは勉強会を再開しようか」

「邪魔者なんて大げさな」


 先程解いていた問題に、レクシアは再び目を落とした。古典の文章を読んでいたのに、何処まで読んだか分からなくなってしまった。もう一度最初から読み直すしかない。以前のレクシアならきっと放り出していただろうが、今のレクシアはもう一度でも最初から読もうと思えた。


「こうしてイグザ様と一緒だと、好きになれそう」


 レクシアがぼそりと呟いた。レクシアは勉強が嫌いではなかったものの、勉強を楽しいと思ったことは一度も無かった。今はほんの少しだけでも楽しいと思える。こう思えるのは、きっとイグザがそこにいてくれるからだ。


「レクシア、そんな急に」


 イグザに返事を求めていたわけではなかったので、レクシアは顔を上げた。イグザの顔はほんのり赤くなっている。


「勉強が好きって言ってる人のことは、今まで理解できなかった。勉強の楽しさが分かったのは、きっとイグザ様のおかげ。だからありがとう」

「そうだね、勉強だよね」


 イグザが残念そうな表情を浮かべたので、レクシアはどうにも落ち着かない気持ちになった。

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