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31話

「あれ? 殿下はいないんですか?」


 カフェテリアのいつもの場所で昼食を食べ始めたファリンとイグザに、レクシアが尋ねた。最近見慣れ始めた姿が、今この場所には見当たらなかった。


「キッカラン領に行ったはずだよ。レクシアは知らなかった?」

「知らない。最初の口利きをしただけで、細かいやりとりは王家と実家で直接やってもらってたから」


 ならばいいかと、レクシアはちぎったパンを頬張った。パンを咀嚼し飲みこんでから、レクシアはあることに気付いた。


「え? 学園を休んでまで? 長期休暇の時に行けばよかったのでは?」

「公務だってことにして、行ったみたいだよ」

「なんたる王太子特権」

「どうやら陛下も、嬉々として殿下を送り出したみたいだしね」

「えー……」


 そこまでして息子を修行に送り出す国王の心理が、レクシアにはさっぱり分からない。


「今まで陛下は殿下の言動に、ヒヤヒヤしてただろうからね。キッカラン領に修行に行きたいと、真面目そうなことを言われたら喜びたくもなるよ。案外陛下もレクシアに感謝してたりしてね」

「それは無いと思う」


 レクシアは黙ったままのファリンの様子を伺った。ようやく一緒に過ごすようになったエルキューザが、再び離れてしまったのだ。ファリンは寂しそうにしているかと思いきや、そうでもなかった。


「ファリン様は殿下がいなくて、寂しくないんですか?」


 レクシアが思わずそう聞きたくなるぐらい、ファリンは平然としていた。


「寂しいは寂しいけれど、殿下はお土産を買って来てくれると言っていたの。今までは誕生日とか、義務的な物しかもらっていなくて、とっても嬉しいわ。殿下が選んだものを贈ってくれるのよ? それに君のために強くなって帰ってくると、殿下は言ってくれたの」

「お~、惚気話が言えるぐらいに」

「惚気だなんてそんな」


 珍しくファリンが笑顔になった。和気あいあいとレクシアとファリンが恋バナに花を咲かせている中、イグザは一人だけ悔しそうにしている。


「イグザ様、どうかした?」

「気にしなくていいよ。ちょっと羨ましかっただけだからね」


 気にするなと言われても、レクシアがどうしたのか聞かざるを得ない程度には、イグザの顔は酷いことになっていた。


「イグザ様も早く惚気られるといいわね」

「そうだね。そうだね……」


 ファリンの慰めらしき言葉で、イグザはむしろ落ち込んだ。レクシアが声をかけざるを得ないぐらいには、イグザの落ち込みは激しかった。


「大丈夫?」

「自業自得の一種だから、レクシアさんは気にしなくていいわ。ねえイグザ様」

「そうだね……」


 そこまで言われてしまっては、レクシアはどうしようもない。レクシアは残っていたサラダに手を伸ばした。当て馬のことは、きれいさっぱり忘れていたレクシアだった。


 その後エルキューザは予定の日より一日遅く、キッカラン領から王都に帰ってきた。帰ってきたエルキューザは以前より顔つきが精悍になっていると、ファリンは大興奮だった。レクシアとイグザには、その違いが全く分からなかった。


 またエルキューザは約束通り、ファリンにお土産を買ってきた。ファリンへのお土産としてエルキューザが選んだものは、大きな雪だるまのぬいぐるみだった。選ぶセンスはともかくとして、ファリンが喜んでいるのならまあいいかとレクシアは思う。


 なにはともあれキッカラン領での修行が、エルキューザにプラスに働いたのは、間違いなかった。ただキッカラン領で何があったのか、エルキューザは決して語ろうとはしなかった。ただ雪はしばらく見たくないとだけ。何故キッカラン領での滞在が一日伸びたのか、真相は闇の中のままだ。


 修行から帰ってきたエルキューザの希望で、ファリンとエルキューザは二人きりで昼食を食べるようになった。今まですれ違っていた時間を取り戻すためにも、そうするべきだとレクシアも思う。


 エルキューザの帰還から数日後、いつもの図書室の談話室にて、試験が近いのでレクシアとイグザは勉強会中だ。レクシアとイグザに加えてもう一人、今日はエルキューザも仲間に加わっていた。


「俺のファリンは最高だ」

「勉強会中に惚気ないでください。お二人の惚気話は、ファリン様からだけで十分です」

「これはあくまで前置きだ。俺はファリンの可愛い笑顔がもっと見たい。ファリンが笑わない理由を教えて欲しい」


 一転して真面目な話になった。動かしていた手を止めて、レクシアは解いていた問題からエルキューザに視線を移した。


「なぜわたし達に聞くんですか?」

「本人に直接聞くわけにはいかないだろう」

「あの殿下がそこまで考えられるようになったんだね。僕はとても感慨深いよ」


 イグザに泣きまねをされて、エルキューザは不服そうだ。


「あのとは、なんだ。あのとは」

「胸に手を当てて、考えてみてはいかがでしょうか?」


 実際に胸に手を当てる必要性は無いのだが、レクシアに言われた通りにエルキューザは胸に手を当てた。王太子がそれでいいのだろうか。


「俺ろくなことしてなかったな……。クズ過ぎるだろ、俺……」


 一瞬にしてエルキューザは反省し、頭を抱えた。こういうところは素直なエルキューザだ。


「それでファリン様のことだったね」

「一言で言えばパワハラです」

「ファリンにパワハラ? そんなことする人間がどこにいる? 俺の両親はファリンのことをいたく気に入っているぞ」


 レクシアの話を聞いても、エルキューザはまるでぴんときていない。


「いるじゃないですか。未来の王妃に何でも言える人が。教育と称すれば、大抵のことが許されると思ってるんじゃないですか?」

「ま、まさか王妃教育でパワハラが行われているのか?」

「僕たちの推測ではね。毎日毎日人格否定並みの、暴言を吐かれてるみたいだよ。いびられるどころの話ではないみたいだね。ファリン様の王妃教育の責任者は、ビスホス公爵夫人だよね?」

「ああ、そうだ」

「ここから先はあくまで僕たちの推測だよ。証拠がない話だと頭に入れて聞いてね」


 分かったとエルキューザが頷いた。

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