表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/51

3話

 これで翌日の朝まで熟睡出来たら、どんなに良かっただろうか。


 真夜中にレクシアの目は覚めた。苦痛による最悪の目覚めだった。体内で魔力が暴れ、内臓がかき乱される感覚がし、全身を痛みが駆け巡る。夜が深くなるほどに、それは増していき、めったに泣かないレクシアの目から涙が零れ落ちた。


 レクシアは隣室のルダに心配をかけたくなかったので、叫び声や呻き声をあげたくても我慢した。永遠に思える痛くて苦しい時間が続き、ベッド上でもがくうちに一夜が明けた。


 魔法が直撃した直後よりは、吐血していないだけましだ。でも吐血していたら、気絶できていただろう。どちらの方が良かったのか、レクシアには分からない。


 窓から射す陽の光をぼんやりと見ながら、死んだ方がましとはこの事かとレクシアはげんなりだ。夜間にあった苦しさや激痛はひとまず落ち着いている。まだ苦しさと痛みは身体に残っているが、なんとか許容範囲内だった。


 どうやら夜の間は、ファリンの呪いが強くなる。夜なんか来ないでほしい。レクシアは叶わぬ願いだとしても、願わずにはいられない。


 眠れないほどの激痛と苦しさは、レクシアの怒りを蘇らせるには十分だった。レクシアはぎりりと奥歯を噛みしめた。


 ルダに朝食を用意してもらい、レクシアがどうにかそれを食べ終えた頃、ファリンからの謝罪の手紙が公爵家の使用人によって届けられた。使用人と入れ替わるように、昨日の医師も再びレクシアの部屋を訪れた。


 翌日も、その翌日も、同じように。


 医師の治療を受けていても、夜間の痛みと苦しさは相変わらずだった。あまりに苦しくて痛すぎて、多少良くなったとしても焼け石に水だ。良くはなっていると励まされたって、実感がないものをレクシアが信じられるはずはなかった。


 レクシアが返事を出さなくても、レクシアに宛てたファリンからの長々とした謝罪の手紙は毎日届けられた。手紙が二通に及んでいたのは初日だけで、それ以降はぎりぎり一通に収められていた。


 読書が趣味のレクシアにとって、長文は慣れ親しんだものだ。どれだけ長文であっても、ファリンからの手紙は読み飛ばしたりせずにしっかり読んだ。手紙を読むたびに、レクシアは冷静になる。それまで燃え盛っていた激情はどこかに消えていく。


 夜の苦痛に怒って、手紙で怒りの熱が冷めてが繰り返された。


 レクシアの元にはファリン以外からも、謝罪の手紙が届けられていた。もう一人の当事者ことイグザからの手紙だ。


 イグザからの謝罪の手紙は当たり障りのない内容で、常識的な長さをしていた。謝罪の手紙に対する感想が『普通の長さだ』は、謝罪の手紙への感想としてどうなのだろうと、レクシアは苦笑いだ。


 ファリンの禁呪魔法を受けてから一週間ほどが経ち、レクシアはだんだん他のことにも考えを巡らせられるようになっていた。そして、やらなければいけないことを思い出した。


 レクシアはグライズ王立学園で、図書委員会に所属している。委員会と銘打っているが、ただの本好きの集まりで同好会のようなものだ。図書委員には仕事が与えられており、それが放課後の貸出当番だった。修羅場に巻き込まれたあの日も、レクシアは貸出当番のために図書室にいたのだ。


 事前に図書室当番ができないことが分かっている時は、自分で代わりを探すのが、図書委員会の中で暗黙の了解になっている。当然レクシアも代理を探さなければいけない。


 誰に頼むべきか、レクシアは考えた。


 学園内にいる幼馴染に頼むのは、ものすごく申し訳ない。きっとツンデレしながら引き受けてくれるだろうが、申し訳なさの方が圧倒的に勝つ。他の図書委員たちに頼むにしても同様だ。


 となると、ここは元凶になった人物に、責任を取ってもらいたい。レクシアがそれぐらい頼んでも、罰は当たらないはずだ。ただ公爵令嬢であるファリンには頼みにくい。となると頼む相手は、一人しかいなかった。


 未だに手にうまく力が入らないレクシアは、ルダに代筆してもらい、イグザに宛てた手紙を書いた。その手紙の内容を要約すると。


『前略、体調不良は未だに続いております。なのでこの日とこの日に、わたしの代わりに図書当番に行ってください。むしろ行け』


 代筆のルダが間に挟まったため、これでも内容はマイルドになっている。レクシアが直接書いていたら、もっと目も当てられないことになっていただろう。


 イグザは図書委員の仕事内容を知らないはずだが、図書室には司書がいるので、聞けば仕事内容は教えてもらえる。仕事自体もそこまで多いわけではないので、何とかなるだろうとレクシアは踏んだ。


 ただ完全に不安が無いかといえば、そうではない。学園一の人気を誇るイグザが、図書室に現れたらどうなるか。普段静かで人のまばらな図書室は、一体どうなってしまうのか。逆に仕事を増やしてしまったら司書に申し訳ないが、彼女ならきっと上手くやってくれるだろう。気掛かりは一つ解消されたと、レクシアは思い込むことにした。


 療養生活を始めて二週間、レクシアは自力で上半身を起こせるぐらいには回復した。それでもろくに動けないので、日中の過ごし方はベッドで横になっているか、ベッド上で本を読んでいるかだった。


 図書委員会に入っていることからも分かるように、レクシアは本を読むのが好きだ。夜間の痛みと苦しさもだいぶ良くなり、時々目が覚めてしまう程度になった。こうしてゆっくり本を読んでいられるなら、療養生活も案外悪くないと思えた。


 そんな矢先、レクシアの新たな悩みの種が発覚した。学園を休んでいる間の授業だ。レクシアが休んでいることに関係なく、授業は毎日進んで行く。


 レクシアが修羅場に巻き込まれたのは、二年生へ進級しクラス替えした直後の春だった。レクシアは同じクラスに友人がまだいない。休んでいる間のノートを借りようにも、借りる相手がいないのである。


 意外と何とかなるだろうか。レクシアの頭は平均程度の出来だ。筆記試験はいつも真ん中程度の順位だ。……………。


 まずい予感からレクシアはそっと目を背けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ