27話
エルキューザとファリンのお茶会があった翌日、いつもの昼食メンバーに新しい人物が加わっていた。
「殿下とファリン様が誤解も解けて、和解できたのは分かります。でも何でいるんですか?」
「婚約者と食べて何が悪い」
レクシアの質問に、悪びれもせずにエルキューザが答えた。
「よく今までのことを許してもらえたよね。ファリン様は心が広すぎるよ」
「私だってあんなことをして、レクシアさんに許してもらったもの。だから許すのは当然のことよ。ところで殿下、他の方との約束はよろしいのですか?」
「あれは手当たり次第に声をかけて、一緒に食べていただけだ。もう二度としない」
普通は無表情で言われると嫌味にしか聞こえないが、ファリンのことが少しは分かったようで、エルキューザは嫌味だと怒り出したりはしなかった。
「誰にも本気になってなくてよかったよ。あのままだったら、ファリン様との婚約破棄とかやらかしそうだったからね」
もしやっていたら、廃太子コース一直線だっただろう。
「さすがにそんなことは俺でもやらない」
いくらなんでもそんなことはしないと、エルキューザは不服そうだ。
「いやあのままだったら、殿下は真実の愛を見つけたとか言って、絶対やらかしてたよ」
「あ~、わたしもそう思います」
「俺の信用はそこまでなくなっているのか」
「これから一緒に取り戻していきましょう?」
「ファリンが優しすぎて申し訳なくなる」
ファリンの優しさで、エルキューザは逆にダメージを負った。エルキューザは天井を仰ぎ見て、しばし身動きとれずに活動停止だ。
「しかしレクシアはなぜあんなに強いのだ。やはりキッカランだからか?」
活動停止から復活したエルキューザが尋ねてきた。
「キッカラン辺境伯家を普通と一緒に考えたらだめだよね。万全な状態で戦うレクシアを一度見て見たいよ」
「万全ではなかったのか?」
「今でも体力とかは完全には戻ってません。七、八割がいいところです」
「あれで万全ではなくて、その上手加減まで」
エルキューザが更なるショックを受けた。
「万全ではなかった理由は何だ? 妨害や嫌がらせでもされたか?」
そんなことしてもらえる人望無いくせにと、レクシアは言いたいが言わない。ここまで人望が無い状態から、どう巻き返すかはエルキューザ次第だ。ファリンがついているから、きっとそのうちなんとかなるだろう。
エルキューザに言われてみてレクシアは気付いたが、レクシアに対する嫌がらせの類は全くなかった。本当に今のエルキューザは人望が無いらしく、レクシアはつい残念なものを見る目になった。
「色々あったんです。色々と。というか、わたしが災難な目にあったのは、殿下のせいでもあるのではありませんか?」
「レクシアさん、その節は本当にごめんなさい」
ファリンに流れ弾を当ててしまい、レクシアは急いで弁明を図った。
「もうファリン様が謝る必要はありません」
「レクシアさん……」
ファリンが感極まる一方で、エルキューザは全く話についていけていない。
「ファリンはレクシアに何をしたのだ?」
ここまで話してしまっては、エルキューザが疑問に思って当然だ。しかしあの件は内密にする取り決めになっている。
「ファリン様、どうしますか?」
「話して構わないわ。いえ、私が話します」
思い悩んだ挙句に起こされたファリンとイグザの修羅場事件が、ファリンの口から包み隠さず全て語られた。話が進むにつれて、エルキューザのテンションが目に見えて落ちていく。
「すまなかった」
エルキューザは話を聞き終わるなり、テーブルにこすり付けるように頭を下げた。一国の王太子の頭を下げさせるレクシアに、何事かと周囲の視線が集まっている。こうしてレクシアは、また周囲にビビられるのである。
「あと俺は男色でも両刀でもない」
頭を上げたエルキューザは、そこはどうしても否定しておきたかったらしい。
「レクシアが被害を被ったのは、確実に俺の所為でもある。やはりファリンとのお茶会だけで済ませるわけにはいかない。何かしらの禊は必要だ。何かないか?」
「別にいいです」
「このままでは俺の気が済まない」
「わたしは気にしていませんので、気にしないでください」
「頼む、頼むから一度ケジメをつけさせてくれ」
あまりにエルキューザが必死過ぎて、レクシアの眉間に皺が寄る。
「レクシア、このまま放っておいて、精神的に徐々に痛めつけるのはどうかな?」
腹黒いことを言い出したイグザにレクシアは若干引き、ファリンに意見を求めた。
「ファリン様はどう思います?」
「一思いにスパッといった方がいいのではないかしら?」
それは無表情で婚約者に言うセリフだろうか? 少し悩んでから、レクシアは答えを出した。
「あ~……、では間を取って、キッカラン領三日間修行コースでお願いします」
「何処と何処の間なんだ!?」
「え~、不服なんですか?」
「不服ではない。いやいい。やる。軟弱な己を鍛え直すいい機会だ。そしていつか再戦して、レクシアには必ず勝つ」
「殿下がわたしに勝つのは一生無理です」
「うん、殿下には無理だよ」
エルキューザの視線を受けて、ファリンがそっと目を逸らした。
「ごめんなさい。無理だと思いますわ」
「くそう! ファリンまで」
もうあの険悪さはどこにもなかった。ファリンがエルキューザに遠慮なく物を言えていることが、レクシアは嬉しかった。何はどうあれ、こうして最終的に二人が仲良くなってくれたのなら、レクシアの労力は無駄では無かったとレクシアは思う。
でもやはりレクシアは、心のどこかで納得がいっていない。この駄目男なエルキューザより、良い人は世の中にたくさんいる。ファリンの男の趣味だけは、レクシアには一生理解できなさそうだ。