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26話

 翌日の昼休み、前日の決闘が嘘だったかのように、レクシアとイグザとファリンは平和に昼食を取っていた。


「今日は全然殿下を見かけない」

「まともな神経してたら、今まで通りには過ごせないよね」

「そう考えると、殿下の神経はまともだったってことになる。まともだった?」

「まともではなかったね。昨日のレクシアとの決闘のおかげで、まともになったのかもね」


 レクシアとイグザがこんな会話をしていても、ファリンはどこか上の空だ。


「ファリン様、嬉しそうですね」

「ごめんなさい、ぼーっとしていたわ」

「今日のお茶会の準備は大丈夫かな?」

「お茶菓子と紅茶は用意してきたわ」

「場所はどこでやるんですか?」

「校舎屋上のつもりよ。殿下は高いところがお好きなの」

「そういうことなら、昼休みのうちにできることはしておいた方が良さそうだね」


 イグザが指を折りながら、必要な準備を挙げていった。屋上の貸切使用許可、テーブルセット借用と運搬、ティーセットの借用、大まかなものでもこれだけある。どう考えてもファリン一人で準備するのは大変そうだ。


「あの、お二人に準備の手伝いをお願いしてもいいかしら?」


 待っていましたとばかりに、レクシアが返事した。


「もちろんです!」

「構わないよ」


 イグザもレクシアに続いて、二つ返事で了承した。


「放課後に全てやるのは、時間的に厳しいよね。昼休みの内にできることは済ませておくべきかな」

「では二人で施設課に行ってもらっていいかしら? 私は殿下に場所と時間を伝えたり、他のことをやっておくわ」

「お安い御用だよ」

「イグザ様、じゃあさっそく行こう」


 レクシアがトレーを持って立ち上がり片付けに向かった。イグザもレクシアの後を追いかけていく。二人を見送るファリンがそっと呟いた。


「イグザ様はたぶんそういうこと、なのよね?」


 カフェテリアを出たレクシアとイグザは、施設課へと向かった。屋上の貸切使用許可とテーブルセット貸出の申請書を手分けして書き、その場で受理まで終わらせてもらった。


「テーブルとイスは僕が魔法で放課後まで保管しておくよ」


 イグザが触れた途端に、目の前からテーブルセットが消える。魔法音痴なレクシアには到底無理な芸当だ。


「イグザ様は魔法が得意で羨ましい。わたしの魔力は、完全に宝の持ち腐れになってるから」

「僕からしたら武器で戦えるレクシアの方が羨ましいよ。魔法が苦手なのは些細なことだと思えるぐらい、僕はレクシアのいいところをたくさん知ってるからね」

「えっと、ありがとう」


 何気ない一言にあまりに真剣に返されて、レクシアは居たたまれなくなってしまった。


 王立学園の校舎屋上は屋上庭園になっており、普段は学生たちの憩いの場になっている。貸切中の札を入り口の扉に掲示してから、放課後のレクシア達はお茶会の準備を始めた。


「大物は魔力の消費が大きいよね」


 イグザがそう言いながら、魔法で収納していたテーブルとイスのセットを出した。収納魔法は収納する物の大きさに比例して、消費魔力が大きくなり制御も難しくなる。レクシアからすれば、イグザがやっていることは何度見ても信じられないものだった。


「イグザ様の魔法は本当にすごい」

「これぐらいは余裕だよ」

「あらあら」


 イグザが得意げに答えたのを見て、意味深なファリンは何かを確信したらしい。そんなファリンの様子から、イグザも何かを察したようだ。


「何かあるかな?」

「いいえ、何もないわ」


 イグザとファリンが二人だけで分かりあっているので、レクシアは置いてけぼりだ。レクシアは分かり合っている二人を羨ましく思いながら、テーブルの上にクロスを敷き、皿を並べていった。一人では大変な準備でも、三人いればすぐに終わる。


「忘れ物は無い?」

「パッと見は大丈夫そうだね」


 これでお茶会の準備は万端だ。あとはエルキューザが来るのを待つだけとなった。


「緊張してきたわ。来てくれなかったらどうしましょう」


 緊張に加えて、ファリンはだんだん自信がなくなってきたようだ。


「あれでも殿下は約束を守る人だから、きっと大丈夫だよ」

「そうなの?」


 あれで? とレクシアは訊かずにはいられなかった。


「うん、そうだよ」


 イグザが断言しても、未だにファリンの不安は拭い切れていないようだ。ファリンを元気づけるために、レクシアは拳を握って力説した。


「ファリン様、安心してください。わたしがついてます。殿下がもし約束を守らずに来なかったら、わたしに任せてください。もう一度凹ませるだけです」

「もうレクシアさんたら」


 ようやくファリンの不安と緊張はほぐれたようで、無表情がわずかに崩れた。約束の時間が間近となり、屋上の扉が開く音が聞こえる。ファリンの不安は杞憂に終わった。


「殿下が来たみたいだね」

「わたしたちはもう行きます。ファリン様の健闘を祈ってます!」


 エルキューザに見つかってしまう前に、レクシアとイグザは庭園の生垣に身を隠した。屋上には出入り口が一つしかないので、一旦はどこかに潜んでおかないと、エルキューザと鉢合わせになってしまう。


 念のためイグザが魔法で二人の姿を消し、レクシアが遮音の防壁を張った。これで二人の存在がエルキューザに知られることは無いはずだ。


「殿下がファリン様の所に着いたら、屋上から出ようか」

「駄目、少し様子見てからにしたい。ファリン様のことを泣かせたら許さない」


 レクシアのエルキューザに対する信用は一切なかった。泣かせたら容赦しないぞと、レクシアからは殺気が漏れ出ている。


 そのまま生垣に潜伏を続けた。魔法で姿と音を消しているので、生垣に身を隠したままでいる必要は無いのだが、気分の問題だ。やはり二人とも、覗き見を後ろめたく思う気持ちはあった。


 レクシアとイグザがこっそり見守っているとも知らずに、やって来たエルキューザはイスに座った。エルキューザがカップを口に運び、ファリンに何かを話している。ひとまずファリンとエルキューザの間に、険悪な雰囲気は皆無のようだ。


「とりあえずいい雰囲気みたいだね」

「ちょっと見づらい」


 レクシアの位置からだと、生垣から飛び出た枝が邪魔になっている。レクシアは首を右に傾けた。右にはイグザがいるので、イグザの肩に頭を預けるような格好だ。イグザとの距離が近くなっても、レクシアは特に気にしていなかった。


「あのレクシア、ごめん少しだけ離れて」


 イグザの方はレクシアとの距離の近さが気になるらしい。そんな反応を示したイグザに、レクシアは思う所があった。


「前は近い方が魔法の制御しやすいって、肩を抱いてきたのに?」

「あの時と今は違うというか……。制御の方はどうにかするから!」


 不服だ。肩を抱き寄せてきたあの時の方がよっぽど近い。少しだけイグザの顔が赤いのは、きっと気のせいだとレクシアは思うことにした。そう思わないと、レクシアは勘違いしたくなってしまう。


「二人は大丈夫そうだし、そろそろ行こう。ずっと盗み見するのは良くないからね」


 レクシアの手を掴んだイグザの手は熱かった。レクシアとイグザが手をつなぐのは初めてだ。レクシアよりも大きな手で引かれ、レクシアの手も熱くなる。火照った顔を見られたくなくて、イグザの少し後ろを歩くレクシアだった。


「図書室に行かない?」

「行きたい」


 レクシアはイグザの誘いに乗った。まだイグザと一緒に居たかったから。

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