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25話

 「では、はじめ!」


 審判の開始の合図で、戦いの火ぶたがついに切られた。


 開始とほぼ同時に距離を詰めて切りかかってきたエルキューザの刃を、レクシアはハルバードの柄で余裕をもって受け切った。衝撃を逃がしつつわざと隙を見せて、エルキューザの次の斬撃を誘導する。狙い通りの場所に来た二撃目を、レクシアは見切って無駄なく避けた。


 決闘が始まる前から、レクシアは序盤を防戦に徹することに決めていた。エルキューザの愚直な剣戟をひらりとかわし、ハルバードで的確にさばいていく。


 激しい打ち合いに観客席から歓声が上がった。エルキューザがクズなことは置いておいて、イグザとの件でレクシアを良く思っていない女子学生達は、レクシアに負けて欲しいと思っているのだろう。エルキューザの相手をしながらも、レクシアには考えるだけの余裕があった。


 エルキューザの一方的な攻撃はまだ続いている。攻撃の手を緩めないエルキューザに対して、レクシアは涼しい顔で息一つ乱れていない。思ったよりもというのが、レクシアのエルキューザに対する感想だった。


 エルキューザの実力は分かったし、これ以上はもういいか。誘導した通りにしか動かないエルキューザとやりあい、レクシアはすぐに飽きてしまった。エルキューザの実力は、レクシアの中で既に推測から確信に変わっている。


 お遊びはもう終わりだ。


「あ~、思ってた以上に大したことありません、ね!」


 わざわざエルキューザに聞こえるようにレクシアが呟くと、エルキューザの顔に焦りが浮かんだ。


 次の瞬間からレクシアの動きが変わり、攻守が一気に逆転する。先程までレクシアが手加減し、エルキューザの実力を測っていたのは、誰から見ても明白だった。


 観客席からの歓声は既に消えている。観客たちが固唾をのんで見守る中、レクシア達の戦いはまだ終わらない。


 振り降ろされたハルバードが、エルキューザの足元の地面を大きく抉る。そのまま手癖でエルキューザの足を払おうとし、レクシアは思いとどまった。転倒させての勝利は、決闘の決着として相応しくないと。


 その後は、ロングソードとハルバードの間合いの差を考慮しても、両者の戦いは一方的すぎた。レクシアの細腕から繰り出される斬撃と打撃はあまりに重く、槍での速く鋭い突きを、エルキューザは避けるだけで精一杯だ。斧でのいっそう重い打ち込みに、エルキューザが踏ん張りきれずに後退していく。


 この戦いの最中レクシアは、なかなかに苦労していた。エルキューザにガードさせるために、当たる直前でわざと動きを遅くしたり。かなり重い一撃を入れようとして、寸でのところで飛びのいて距離を取ったり。


 非常に危なかったのだ。そのままだと、エルキューザに大怪我を負わせるところだった。弱すぎて手加減するのが大変だとレクシアに思われているとは、エルキューザは知る由も無いだろう。


 エルキューザに序盤の勢いはもうない。ハルバードを軽々と操るレクシアに、エルキューザは追い詰められ、息が乱れて表情が歪んでいく。


 決着は唐突についた。


 弾き飛ばされ、宙を舞うエルキューザの剣。エルキューザは仰向けで地面に倒れ、首筋横の地面にレクシアのハルバードが突き立てられる。


 誰から見ても勝敗は明らかだった。


「そこまで!」


 審判から止めの合図が入る。


 エルキューザに勝っても、勝って嬉しいという感情はレクシアに無かった。勝って当然なのもあったが、それよりもむしろレクシアは焦っていた。その焦りを表情に出さないように必死だ。


 今エルキューザの首筋にはうっすらと血が滲んでいる。レクシアがうっかり薄皮一枚切ってしまったからだ。レクシアはファリンに血を絶対見せないつもりでいた。なのにやってしまったのである。


 それどころではないレクシアを知ってか知らずか、審判が勝者を高らかに告げた。


「勝者レクシア・キッカラン!」


 訓練場内は呆然としたように、未だに静まり返っていた。誰かの拍手がその静寂を破り、歓声は無く拍手のみが訓練場を埋め尽くしていく。


 が、相変わらずレクシアはそれどころではない。エルキューザに傷を負わせたのは、レクシアとしてはどうでもいい。決闘をした時点で、双方多少の怪我は承知の上だ。レクシアはとにかく、ファリンに血を見せたくなかったのだ。短い時間で頭をフル回転させて、レクシアはどうするか決めた。


 レクシアが地面に突き刺したハルバードを抜かなければ、地面で仰向けのエルキューザは身動きが取れないままだ。だがハルバードを引き抜く前に、レクシアにはやることがあった。


「今ファリン様はあそこにいます。ファリン様に血を見せたくないんで、そのまま立ち上がってください。いいですか、絶対に血を見せないでください」


 レクシアは小声でエルキューザに、有無を言わさぬ指示を出した。ビビったエルキューザはレクシアに従うしかない。エルキューザがこくこくと頷くのを見届けてから、レクシアはハルバードを引き抜き、元あった亜空間へと戻した。


「なぜ最初は手を抜いていた」


 エルキューザはそんなことも分からないのかと、レクシアは大いに呆れた。上半身を起き上がらせて、そのまま立ち上がろうとするエルキューザに、レクシアが手を貸す。


「本気でやって殿下を殺してしまったら、どうするんですか。もしわたしが最初から本気だったら、殿下は今生きてません。それと最後まで全力は出していませんけど?」


 エルキューザの顔から一気に血の気が引いていく。


「ハルバードを使っているのに、ひっかけて転ばそうとしていないだけ有情ではありませんか? ロングソードをハルバードで引っかけて奪うこともできましたけど? 間抜けなことにならないようにせめてもの優しさで、派手にカッコよさ気にロングソードを弾き飛ばしてあげましたが?」


 エルキューザの顔色が、これ以上ないぐらいさらに悪くなる。


「せめてもの情けってやつです。見ている方が恥ずかしくなるような、目も当てられない状態にすることもできましたが」


 レクシアはファリンの恋心を大事にしたかった。盲目でも構わないと言い切ったファリンを尊重したかった。


「ファリン様の婚約者がかっこ悪い奴なのは嫌です。ファリン様はこんな目も当てられないクソでも、殿下を愛してます。愛する人が怪我した姿は、普通の人なら見たくないでしょう? ファリン様がいたおかげで、殿下は半殺しを回避できました。ファリン様がいなければ、今頃殿下は半殺しに加えて下着一枚で、社会的にも死亡です。ファリン様に感謝してください」


 レクシアがファリンの方を見るのにつられて、エルキューザもファリンを見ていた。レクシアに言われたように、ファリンが血を見ることが無いように気をつかって。


 その後レクシアは互いの健闘をたたえ合う握手に乗じて、しれっとエルキューザにつけた傷を治した。しれっと証拠隠滅完了だ。魔法陣が出たのは一瞬にも満たない時間だったので、誰にも気づかれずに済んだだろう。


 こうしてレクシアとエルキューザの決闘は、レクシアの勝利で幕を閉じたが、まだ話は終わっていない。訓練場の控室にレクシア、エルキューザ、ファリン、イグザの四人で集まり、これから楽しい楽しい時間が始まる。敗者エルキューザにこれから何をしてもらおうかという、勝者と敗者の話し合いタイムだ。


「わたしはあの時の殿下の暴言を阻止したかっただけなので、望みはありません。考えるのも面倒くさいので、わたしの勝者の権利はファリン様にお譲りします」


 エルキューザを負かした時点で、レクシアの気は済んでいる。レクシアがエルキューザをぼこりたかったのは、絶対に誰にも内緒だ。


「そんな急に頂いても困るわ」


 珍しく無表情を崩して、困り顔をしたファリン。


「わたしが権利を持ってても困るんです」

「殿下と決闘して勝ったのはレクシアさんよ。私ではなく、レクシアさんが行使するべきだわ」

「そうは言われましても、ぶっちゃけこんなもんいらねえです。何の価値もな」


 レクシアとファリンのいらない困るというやり取りを見て、エルキューザは複雑な表情になっていた。エルキューザの前だったことを思い出して、レクシアは咳払いを一つする。一応王太子だ。目の前での不敬は程々にしておこう。


「ごほん。学園内での規則に則って行った正式な決闘だったので、多少の無茶も可能です。あんなことやこんなことまで、殿下をファリン様の好きにしてください。今まで煮え湯を飲まされた分だと思えばいいんです。好きなだけ好きにしてください」

「で、でも……」


 煮え切らないファリンを決断させるために、レクシアは自分でもやりたくないことを提案した。


「分かりました。ファリン様が権利を使わないのなら、殿下にはキッカラン領の雪山で一週間ほど遭難し」

「駄目、そんなの駄目よ! で、では……、お茶を…………殿下とお茶がしたいですわ!」


 雪山遭難の代わりに出てきたファリンの望みに、エルキューザは面食らった。雪山で遭難とお茶会では落差が激しすぎる。


「へ? ああ、ああ、構わない」


 驚いたエルキューザは考える前に返事をしていた。いつの間にか戻っていた無表情から一転して、ファリンはぱっと笑顔になった。


「本当に、そんなことでいいのか?」


 ファリンの笑顔にエルキューザが思いっきり動揺している。


「そんなことではありませんわ。ここ数年何かと理由をつけて、ずっと避けていらっしゃったでしょう?」

「分かった。明日の放課後時間をつくる。明日のお前の王妃教育に関しては、俺がどうにかする」


 笑顔が煌めくファリンを見て、レクシアは自分の判断は間違っていなかったと思った。ファリンの方がよっぽど、権利を有効活用してくれている。


「僕から一つだけいいかな。お茶会するなら、王宮ではなくて学園内でやってね。王宮は駄目だよ」

「どういうことだ?」


 イグザがそう言った理由が、レクシアには分かった。分からないエルキューザは怪訝な表情になっている。


 悪どいビスホス公爵夫人のことだ。手の届く範囲なら、間違いなく妨害してくるに決まっていた。ただ理由を説明するとなると、ファリンの窮状から説明しなければいけなくなる。ファリンがいるこの場でそれは無理だ。


「殿下に知る権利はありません。返事は?」


 反論は許さないとレクシアの顔に書いてある。


「はい」


 エルキューザは素直に従うしかなかった。こうして四人での話し合いは終わり、本日の所は解散の運びとなった。

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