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21話

 普段通りに振る舞うのがファリンのためになると、植物園でイグザに言われても、レクシアはずっとモヤモヤし続けていた。そのためランチタイムであっても、つい難しそうな顔になってしまう。


「レクシアさん、また何か授業で分からないことでもあったのかな?」

「うん、そう。だから後で教えて欲しい」


 イグザの助け舟に乗って、レクシアは難しそうな顔を誤魔化した。レクシアがそんな表情をしていては、ファリンが楽しい時間を過ごせない。


 今日もまた放課後のファリンは、ストレスいっぱいの王妃教育だ。せめて学園にいる間だけでも、ファリンには明るい気持ちになってほしい。レクシアはモヤモヤした気持ちに無理やり蓋をした。


 そしてレクシアはファリンに、これだけは伝えておきたかった。


「ファリン様、もし何かに我慢できなくなった時は、わたしに言ってください」

「急にそんなことを言われる心当たりないけれど、ええ、何かあったらレクシアさんに必ず相談するわ」


 思い詰めてのあんな暴走が無いようにと、レクシアは願っている。


 ファリンの窮状が判明して、一週間ほどが経ったある日。昼食を食べ終えたレクシアは、白い手袋を片手に握りしめて唸り声を上げていた。


「う~~、プレゼント~~、ししゅう~~」

「それは誰に渡すのかな?」


 微妙に身を乗り出して聞いてくるイグザは、渡す相手が気になって仕方がないようだ。


「父の誕生日プレゼントで渡すやつ。そろそろ準備し始めないと」

「ハンカチではなく手袋に刺繍するのね?」

「はい。キッカランだとハンカチよりも手袋です。うちの脳筋どもが、ハンカチを使うと思いますか?」


 ははっと笑うレクシアに、イグザもファリンも無言で同意した。


「手袋の方が喜ばれて実用的なので、手袋に刺繍しようと思うんですが、何を刺繍するか。う~ん、わたしが刺繍するとなると、食べ物しか思いつかないんです」

「相手が好きなものを刺繍してはいかがかしら?」

「……ステーキ?」

「一旦食べ物から離れましょう?」

「泣く子も黙るキッカラン辺境伯が、ステーキの刺しゅう入り手袋はさすがに面白すぎるよ?」


 不運にも偶然近くを通りかかった男子学生が、思わず噴き出していた。三人の会話を小耳にはさんでしまったのだろう。


 こんな風にここまでは、いつも通りに三人での楽しいランチタイムだった。ところが三人で談笑するテーブルに、大きな嫌な足音が近づいていた。


「お前ここにいたのか!」


 大きな声を上げた足音の主は、金髪碧眼の王太子エルキューザ・エングライゼだった。


 ファリンはいつも同じ場所で昼食を取っているので、探さなくても居場所は分かるはずだ。それでもエルキューザがファリンを探していたのは、ファリンのことを今まで気にも留めてなかったからだろう。


 招かれざる客エルキューザは、ファリンへの怒りを露わにしていた。レクシアは嫌な予感しかしない。


「ファリン! お前は俺の悪口を言いふらして回っているそうだな! 自分が俺より優秀だからと馬鹿にしやがって! 勉強も魔法もできないと鼻で笑っているんだろ! 何かと俺のことを下に見やがって、遊ぶばかりで何もしないゴミクズ王太子だと! ふざけるな!」


 一部大げさにはなっているものの、事実が多分に含まれているので、図星を指されての逆ギレとも取れる。この騒ぎを聞いている学生の多くも、逆ギレだと思っているはずだ。


 カフェテリア内の空気は、完全にファリンの味方になっていた。それでもエルキューザの怒りは治まらない。ファリンに言い掛かりをつけても、自分の信用がなくなるだけだと、エルキューザはまるで分かっていないらしい。


「いいえ殿下、私は何も」

「しらばっくれる気かお前!」


 ファリンがエルキューザを貶すようなことをするはずがないのは、短い付き合いのレクシアでも分かった。ファリンは耐えて耐えて耐えた挙句に、爆発するタイプの人間だ。あの修羅場事件を引き起こしてしまったように。


 おそらくファリンのことを気に食わない何者かが、ファリンを貶めるために、エルキューザにあることないこと吹きこんだのだろう。誰がとは言わないが。


「殿下、今は人目もあるからね。一方的に怒るのではなくて、ファリン様の話も聞くべきだよ」

「学園内でどう過ごそうが俺の自由だ!」


 見かねたイグザが諌めても、エルキューザが止まる気配は無かった。完全に血が頭に上っていて、人の話に耳を傾けることはできなさそうだ。


「殿下、落ち着いてくださいませ」


 意を決したファリンがエルキューザを宥めようと、エルキューザの前に立った。だがその行動は火に油を注いだだけだった。


「お前はいつもそうだ! そんなだからお前は!」


 これ以上エルキューザにしゃべらせてはいけない。レクシアは直感的にそう思った。エルキューザの人望や信用がどうなろうとレクシアには関係ないが、エルキューザがファリンを傷つけるのは見過ごせない。


「ちっ」


 レクシアが思いっきり舌打ちしたので、イグザがレクシアの方を見てくる。けど気にしない。エルキューザに致命的なことを言わせるわけにはいかない。このままでは絶対に駄目だ。

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