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2話

 次にレクシアが目を開けたのは翌日の昼、レクシアが暮らす寮のベッドの上だった。目を開けたレクシアの視界に入ったのは、実家からついて来てくれたレクシア付の侍女ルダと、レクシアが知らない白衣を着た初老の男性だ。


「気分はどうかな?」


 白衣の男性の優しい問いかけに、レクシアは声を絞り出し途切れがちに答えた。


「あまり……よくない……です」

「君と話したい方がいるのだが、話はできそうかね?」


 レクシアが何とか頷くと、白衣の男性は部屋を出て、目的の人物を連れてすぐに戻ってきた。


「目は覚まされましたが、話は手短にするように。今まで行っていたのはあくまで応急処置で、本格的な治療はこれからとなります」


 どうやら白衣の男性は医師だったようだ。そして医師が話しかけた相手が誰なのか、社交に疎いレクシアは分らなかった。だが身なりの良さから、かなり高位の貴族だということは分かる。レクシアはせめて上半身を起こそうとしたが、できなかった。身体が自分のものではないかのように重い。


「そのまま寝ていて構わない。レクシア・キッカラン辺境伯令嬢、この度は娘のファリンが大変すまないことをした」


 深々と頭を下げる男性は、ファリンの父であるスレノーラ公爵だった。


 ここでレクシアはスレノーラ公爵と医師から、一通りの説明を受けた。白衣の人物はスレノーラ公爵が手配した医師であり、魔法と呪いに精通した王国有数の凄腕医師だということ。レクシアが受けた魔法は禁呪魔法と言い、呪いでありながら身体を物理的に傷つけ、自然治癒を阻害し、魔力を乱して魔法を使えなくする、凶悪極まりない魔法だったということ。魔法が得意なファリンによって、一ヶ月以上をかけて組み上げられたこの禁呪魔法は、凄腕の医師でも解呪、治療に手こずるものだということ。


 受けた説明通りに、レクシアの魔力は体内で暴れ続けている。元々魔法に頼った生活はしていなかったため、魔法が使えなくても生活に支障はないが、気持ちの悪さは否めなかった。


 説明がひと段落したところで、スレノーラ公爵は言いにくそうに一旦言葉を切った。スレノーラ公爵が次に何を言い出すのか、レクシアには大体の予想がついていた。


「虫がいい話なのは分かっている。分かった上で言わせてほしい。この一件に関して、君のご家族には内密にできないだろうか?」


 スレノーラ公爵の発言は、ほぼレクシアの予想通りだった。なぜスレノーラ公爵がわざわざ王立学園の寮の一室まで来て、そんな申し出を直接伝えてきたのか、レクシアはすぐに分かった。


「治療さえしていただければ、大事にする気はありません。スレノーラ公爵家とキッカラン辺境伯家の全面戦争は、避けるべき事案です。学園内のいざこざが原因で、国土が焦土化することなどあってはいけません。それに戦争にならなかったとしても、このことが実家に知られてしまったら、わたしは実家に連れ戻されるでしょう。わたしはそれが嫌なんです。わたしは実家に報告する気は一切ありませんので、そちらもぜひ内密にお願いします」


 レクシアの家族は、レクシアに対して過保護すぎるのだ。実家にいるとレクシアの息が詰まる。問答無用で嫌なことを思い出す。王立学園への入学と学園の寮での生活は、実は家族に反対されていた。それで止めるようなレクシアではなかったので、今こうして二年目の王立学園生活を送っているわけだが。


「本当にいいのかね?」


 あまりにあっさりとレクシアが了承したので、スレノーラ公爵は目を丸くした。


「わたしからも同様の提案をしたいと考えておりましたので、そちらからの申し出はありがたい限りです」

「君には感謝してもしきれない。本当に申し訳なかった。君に何かあった時には、スレノーラ公爵家が必ず力になろう」

「ではその時はよろしくお願いします」


 そんなことはそうそう起こらないだろうが、レクシアは社交辞令で返した。


 こうして双方合意の上で、すべては内密に処理されることになった。どちらが口外したとしても双方が不利益を被るため、約束は口約束でも十分だ。下手に書面で証拠を残すわけにもいかない。


 レクシアは重篤な感染症になったという名目で、これからこの寮の自室で療養生活を送ることになった。


「最後にこれは娘からの謝罪の手紙だ。君は読みたくないだろうが、渡しておこう。一つの封筒に入りきらなくて二通になっている。もし読むなら、数字が書かれている順に読んで欲しい。それと娘にも事情があったと、頭の片隅にでも入れておいてくれないだろうか」


 二通の手紙をルダに預けて、スレノーラ公爵は帰っていった。残った医師は日が沈むまでレクシアに処置と魔法を施してから、明日も来ると言い残して帰路についた。


 夕食時の時間になっても、レクシアには食欲が無かった。本当は食べた方が良くても、レクシアは夕食を食べずに寝ることにした。


 目を閉じて眠ろうとしたが、眠れない。今まで抑え込んできたものを、レクシアは初めて口に出した。


「なんでわたしがこんな目に」


 レクシアは叫んだつもりでも、大した声量は出ていない。スレノーラ公爵がいる間は、話を穏便に進めるためにずっと意地で怒りを抑えていた。レクシアは実家のキッカラン家に、とにかく出てきてほしくなかったのだ。大事になるし、ややこしくなるし、とにかく大事になるから、すっこんでいてほしかった。それに治療してくれている医師に、八つ当たりもしたくなかった。


 それまで抑え込んでいた怒りが、一気にレクシアの心を埋め尽くした。ろくに動かない身体では、物に八つ当たりすることもできない。そんな中レクシアは、枕元に置かれたファリンからの手紙を思い出した。


 レクシアははっきり言って、ファリンからの手紙を読みたくなかった。いくら謝罪されたとしても、体調が良くなるわけではない。ゴロゴロと寝返りを打つうちに、レクシアは思い至った。このままこうしていても、絶対眠れないと。


 視界にちらちらと入るファリンの手紙のあまりの分厚さに、レクシアはだんだん興味が湧いてきた。怒りは確かにある。でも先程よりは多少治まった。身体の重さもほんの少しだけましな気がする。


 レクシアは意を決して、枕元に置かれた手紙に手を伸ばした。手を伸ばしたまでは良かったものの、レクシアの手は手紙を持つだけで精いっぱいだ。封を開けて一枚ずつ手紙を読んでいくのは、手伝いが無いと難しそうだった。


「ルダ~」


 レクシアが力なく名前を呼ぶと、眼鏡をかけた侍女が姿を現した。レクシアとルダの付き合いは長く、レクシアが小さい頃から面倒を見てもらっていた。


「どうなさいましたか?」

「手紙を読みたいから手伝ってほしい」

「読まれないとばかり思っていました」

「最初は読む気無かったけど、ここまで長そうだと逆に気になる」


 レクシアから手紙を受けとったルダは、ペーパーナイフを取りに行き手紙を開封した。ルダは中身を見ないように注意して、レクシアに最初の便箋を渡した。


「うわ」


 まず一枚目、びっしり書かれた文面にレクシアは面食らった。どう考えても、封筒の分厚さは見かけ倒しではなかった。


「長くなりそうだから、椅子を持ってきて座ってて」


 ルダにそう声をかけてから、レクシアはベッドで寝たままで、ランプの明かりを頼りに手紙を読み始めた。


 一通目を読み終わり、二通目の手紙に入り、全て読み終わる頃には、レクシアの毒気はすっかり抜かれていた。あんなにファリンのことを許せなかったはずのレクシアは、自分の気持ちが分からなくなった。


 切々とした文章と言葉が尽きない謝罪は、無慈悲な公爵令嬢と呼ばれるファリンのイメージと全く一致しない。またあんな激昂をしていた人物と、同じとも到底思えない。そこまで考えてレクシアの思考は止まった。


 見かけ倒しではない読み応えに、レクシアは手紙を読んだだけでも疲れていた。眠くなってきて、瞼が重い。


「明日からは気晴らしに、本をご用意いたしましょう。ご希望はありますか?」

「ルダに任せる」


 レクシアの体力は限界だ。レクシアは返事もそこそこに、力尽きるように眠りに落ちた。

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