19話
鬱蒼とした森の中に道はない。魔物が通ったであろう獣道が、かろうじてある程度だ。鬱蒼とはしているが地上まで陽の光は届いているので、探索自体に支障はなさそうだった。
「コウテツサボテソは通常温室で育てるものだから、まずそれっぽい場所を探すことになるよ。マソドラゴラモドキに関しては、動き回るから地道に探すしかないね」
イグザがにやりとした。何かがきそうだとレクシアは身構える。
「マソドラゴラモドキの特徴覚えてるかな?」
おっと、そうきたか。レクシアは以前覚えた知識を必死に思い出した。
「えっと……、葉はギザギザじゃなくて、表面に艶がある。茎はほとんどなくて、全ての葉が地面から直接生えてるように見える。あと葉が時々動く」
「うん、良くできました」
「勉強会の時じゃないんだから」
「楽しかったってつい思い出しちゃうんだよね。うん? この葉は?」
そのまま森の中を進もうとして、イグザが足を止めた。
「やったね、レクシアさん。マソドラゴラモドキあったよ」
「もう見つかったの? 早くない?」
森の中に入ってまだ数分だ。本格的に探し始めてからは、まだ数十秒しか経っていない。
「僕運はいい方だからね」
あどけなく笑った後、イグザが葉を掴んでマソドラゴラモドキを引っこ抜いた。足のような二本の立派な茶色の根が現れ、ものすごい勢いで動き始める。端的に言うならば、マソドラゴラモドキは走っていた。イグザが葉を掴んだままなので、空中で単なる空回りをしているだけではあるが。
「幸先いいスタートだね。しかもとっても活きがいいよ。収穫時の動きにキレがあるほど、美味しいって言うよね」
マソドラゴラモドキはどうにか逃げ出そうと、足を高速回転させ続けている。
「こいつまだ走るの?」
「結構長いね」
見守るレクシアとイグザ、足を空回りさせ走り続けるマソドラゴラモドキ。マソドラゴラモドキの動きが止まるまで、シュールな時間がしばらく続いた。施設課で渡された収納袋に、大人しくなったマソドラゴラモドキを放り込めば、課題一つ目はクリアだ。
「次はコウテツサボテソ」
「うん、先に進もうか。レクシアさん、そこ木の根っこが飛び出てるから注意してね」
イグザが森の中を突き進んで行こうとするのを、レクシアが止めた。
「待って。このまま地図もなしに歩いて、迷子になったりしない?」
「たとえ道が無くても、通った場所は僕が覚えてられるから問題ないよ。帰りは僕が完璧に移動門までエスコートするからね」
「分かった。お願い」
レクシアがイグザの記憶力の良さに内心感心していると、がさがさと木々が動く音がした。とっさにレクシアは身構える。
次の瞬間、鋭い牙の生えた兎型の魔物がレクシアに襲いかかった。レクシアは冷静に蹴りで応戦し、魔物は木の幹にめり込んだ。しかし完全には仕留め切れておらず、レクシアは正拳突きで追撃を加えて魔物の息の根を止めた。
魔物の巻き添えを食らった木の幹が折れて、ゆっくりと倒壊していく。
「レクシアさんは武器を使わないのかな?」
「この程度なら武器を出すまでも無い。身体強化して殴るか、蹴るかすれば十分」
イグサが何も言わず、説明を求められている気がしたので、レクシアは補足を加えた。
「殺られる前に殺らないと。戦闘は一秒、一瞬が惜しい。魔物と命のやり取りをしてる時は、武器を出す瞬間さえ隙になる。だからキッカランでは武器を使わなくても、ある程度戦えるように訓練してる。この程度の魔物なら今の私でも素手でいける」
「噂は本当だったんだね」
この流れで噂というと、やはりあれのことだろうか。
「魔物を素手で引き千切るってやつ? さすがに素手で引き千切るのは無理。せいぜい打撃で骨を砕くとか、首をねじ切るぐらい」
後方から飛びかかってきた大きな鼠の魔物を、レクシアは一切見ずに殴り飛ばした。レクシアに頭蓋骨を砕かれ息絶えた鼠の魔物は、空の遥か彼方まですっ飛んで行く。
「う~ん。身体強化がまだ不安定」
先程は魔法でかけた強化が微妙に足りず、今度はかけた強化が強すぎた。レクシアは骨を砕こうとはしたが、空の彼方までぶっ飛ばそうとはしていない。
「あれ、身体強化かけてた? 魔法陣が出てなかったから、魔法は使ってないとばかり思ってたよ」
「ほんの一瞬しか出てないから分からないだけ」
「そんなの今まで聞いたことないよ?」
イグザが信じられないものを見る目になっている。
「キッカランだとわりと普通だったけど、普通じゃない?」
「そうだね、普通ではないね」
普通だと思っていたものが普通ではなくて、少しショックなレクシアだった。
レクシアたちがマソドラゴラモドキを見つけたのは、まだまだ森の端の方だった。森の奥へと分け入りつつ、遭遇した魔物を倒しつつ、レクシアとイグザは目的の場所を探し歩いた。
「探検みたいでちょっと楽しい」
自然と出たレクシアの素直な感想だった。
「レクシアさんはこういうのが好きなのかな?」
「きっとこうしてイグザ様と一緒だと戦いやすいのもある。わたしは武器のあるなしに関係なく、飛ぶ魔物の相手が苦手。キッカラン家はほとんどがわたしと似たり寄ったりだったから、一緒に戦ってもフォローはあんまり望めなかった」
言ったそばからイグザが、風魔法で鳥型の魔物を切り裂いてくれている。
「一緒に居て楽しいと思ってくれるなら、僕も嬉しいよ」
「それぐらい言われ慣れてるんじゃない?」
「そんなことないよ。レクシアさんだから嬉しいのかもね」
レクシアはイグザの言葉が、途中から耳に入っていなかった。木々の隙間から見える黒い鉄骨に、レクシアの意識は完全にもって行かれていたからだ。
「あ! イグザ様、あれきっと探してるやつ!」
レクシアとイグザはあてもなく歩き続けた末に、目的の場所へとたどり着いていた。レクシア達の前に現れたのは、鳥籠状の巨大な温室だ。もっと正確に言うならば、巨大温室だったものだ。今や廃墟と化した温室は、張られていたガラスが無くなり、本物の鳥籠のようになっている。
「うわ~、魔物の巣窟になってそう」
「見るからにたくさんいそうだよね」
二人とも中に踏み込む前から、嫌な光景を想像していた。だが課題達成のためには中に入って、コウテツサボテソを探すしかない。
「わたしが先に進むから、イグザ様は後ろをお願い」
「数が多そうだったらすぐに言ってね。僕が魔法で一気に殲滅するよ」
二人でガラスが無くなった鉄格子の間から、元温室である廃墟の中に入り込んだ。廃墟となった温室の中は当然荒れ放題だった。地面に転がる植木鉢は割れ、植えられていた植物たちは好き勝手に繁殖し、足の踏み場もないほどになっている。一部の地面に敷かれたレンガだけは、昔と変わらず通路の役目を全うしていた。
周囲を警戒し続けながら、通路を道なりにゆっくりと進む。森の中でも襲ってきた兎型の魔物を、レクシアが回し蹴りで撃退した。続いて襲いかかってくる大きな蝶型の魔物は、イグザが魔法で撃退した。
「あんまり魔物に遭遇しないね。もっと群れで襲ってくるかと思ったよ」
意外にも廃墟内の魔物の数は、そう多く無かった。レクシア達の前に誰かが魔物の数を減らしたかのようだ。それでも警戒を緩めず廃墟の中を進んで行くうちに、目的のものを見つけることができた。
コウテツサボテソは針がないサボテンのような、つるつるとした見た目をしている。植物の癖に見た目に反して金属並みに固いのが、このコウテツサボテソの特徴だ。地面に植えられていたであろうコウテツサボテソは、放置された廃墟内で大繁殖していた。
「すぐ見つかって良かったね。コウテツサボテソの採取方法は」
イグザの言葉を待たずに、そのうちの一つをレクシアが引っこ抜いた。バキバキゴキゴキと、してはいけない音が周囲に響く。
「これでコウテツサボテソは採取完了」
「人力でむしり取れるものなんだね」
イグザは驚きを隠せていない。その声からはどこか呆れも感じられた。
「人力というか、身体強化の魔法は使ってる」
「コウテツサボテソは異様に固い植物だけど、熱には弱いから普通焼き切って収穫するんだよ」
「わたしにそんな高度な魔法できるはずがない!」
レクシアは自信満々に胸を張って答えた。
「高度でもないよ? 初級レベルだよ? レクシアさんは本当に魔法が苦手なんだね」
レクシアが収納袋にコウテツサボテソを放り込み、植物園での目的二つ目は達成された。
「わたしたちの課題終了」
「それじゃあ帰ろうか」
確かに課題は終わった。でもレクシアはまだ帰りたくなかった。