18話
レクシアはイグザと草原を歩いていて、急に昨日の昼の怒りがふつふつと蘇ってきた。どうせこの植物園には今他に誰もいない。
「イグザ様、パワハラ王妃教育なんてありえなくない!?」
レクシアの叫びが草原に響く。
「レクシアさん、僕も怒りたい気持ちは分かるよ。でも怒っても仕方ないから落ち着こう?」
「大丈夫、昨日よりは落ち着いてる」
レクシアは一度深呼吸してから、イグザに尋ねた。
「ファリン様は王宮に味方がいないの?」
「完全に味方がいないことはないと思うよ。でも敵が多いのは確かだろうね。外に話が漏れ出ないように、上から抑え込んでるのかな。王宮の中のことだと、レクシアさんがどうにかするのは難しいと思うよ」
レクシアもイグザもあくまで学生だ。でもイグザは次期宰相ということになっている。あるいはと思いレクシアは尋ねた。
「王宮に出入りできる人ならどうにかできる?」
「僕も宰相の仕事を補佐するために、たまに王宮に行くんだよ。学生の内から少しずつってことだね」
「お~、流石は次期宰相」
「でもこれは単純に王宮に出入りできても、どうこう出来る問題ではないね」
「イグザ様でも打つ手なし……」
気落ちしながらも、レクシアは頑張って頭を働かせた。
「王宮に出入りできて、王妃教育に口出しできるとなると……、頼みの綱は殿下?」
「いや無理だね」
清々しいまでに即答だ。イグザのエルキューザに対する評価が、どことなくうかがい知れた。
「言った直後にわたしも思った」
レクシアは苦笑し、イグザは不敬なことを堂々と言い放った。
「あれは使えないよ。ファリン様のことを全く顧みてないからね」
「どいつもこいつもファリン様に酷いことを。というかあんなのが国王になっていいの?」
エルキューザに対する不敬に関してはもういいかと、レクシアは色々と諦めていた。
「王立学園での生活は、殿下の資質を見極めるのもあるからね。卒業時に不適格なら廃太子になるだけだよ。殿下本人は何も知らないだろうけどね。王命で側近候補は誰も何も言わないことになってるから」
「つまり王家は放任主義ってこと?」
「この国の王家は代々、こんなものなんだよ。これまではそれでうまく回って来たからね」
「うん? これわたしに話してもいい内容話してる……?」
今の話は国の中枢に関する重要なことだ。一辺境伯令嬢である自分が聞いてはいけないことを、聞いてしまっているのではないかとレクシアは不安になった。
「大丈夫だよ。殿下以外には口止めされてないからね。人伝で誰かに教えてもらえたなら教えてもらえたで、それはそれで人望があるってことだよ」
「その人望も実力の内ってこと?」
「そういうことだね」
「この国らしいと言えばらしいか」
コネも実力の内とされるのが、この王立学園だ。学園の教育方針がそれなら、王国自体の方針も然もありなんだ。
「それに側近候補以外の誰かに言われて改善できるなら、それはそれでいいんだよ。自分の非を素直に認められるってことだからね」
身分を問わずに忠言を受け入れられる。それはそれで王としての美徳になるということだろう。
「あの殿下は誰に何を言われても、聞く耳を持たなそう」
「そうだね、そこは僕も同意したいかな」
「少しでもファリン様の力になりたいのに、わたしにできることは結局何もなくてすっごく無力」
「レクシアさんが無力ってことはないよ」
「どうして?」
現にレクシアはファリンのために何もできていない。無力でないはずがない。
「気休めを言うようだけど、少なくともファリン様は以前より学園生活を楽しんでるよ。去年僕はファリン様と同じクラスだったんだよ。あの時のファリン様は今以上に無表情だった。でも今は違う。少ないけれど無表情を崩すこともあるから、僕はいい変化だと思うよ」
「わたしのおかげで、多少は気晴らしになってるってこと?」
「言ってしまえば、そういうことになるね」
「でも」
反論しようとしたレクシアを遮って、イグザが言い含めるように話した。
「先に謝っておくよ、ごめんね。こんなことを言うのは不謹慎だけど、きっとあの事件があって今があるから、ファリン様は壊れずに済んでるんだよ。酷いめにあったレクシアさんからしたら、冗談じゃないと思うだろうけどね」
「気にしてないからいい」
あの修羅場巻き込まれ事件が無ければ、レクシアとファリンは仲良くはならなかったはずだ。もしさらに追い詰められたなら、ファリンは一体何をしでかしていただろうか。取り返しがつかないことになっていた可能性は否定できない。
「でもこのまま現状維持だと、根本的な解決にはならない」
「誰かに助けを求めようにも、何より証拠がないからね。たぶんスレノーラ公爵も手をこまねいてるんじゃないかな。僕たちよりもスレノーラ公爵の方が、ファリン様の変化をよく分かってるだろうし、家族思いのスレノーラ公爵がファリン様のことを放っておくとは思えないよ」
寮で寝込んでいたレクシアの元に来たスレノーラ公爵からも、ファリンを大事にする思いはレクシアに伝わって来ていた。
「やり手のスレノーラ公爵が、証拠を掴めないぐらい巧妙?」
「相手は悪どいことをしてる自覚があるから、その辺りも手を打ってあるんだろうね。相手が一枚上手なのか、単純に権力があるのか。もっと情報が欲しいかな。もっと調べてみるね」
「ありがとう。わたしの我儘につきあってくれて」
「あの事件が起きるまで何もしなかった僕が言えた義理ではないけれど、僕も幼馴染としてファリン様を放っておきたくないからね」
「何かわたしにできることない? 何かしないと落ち着けない」
「やっぱり現状具体的なことは考えつかないね。とりあえず今まで通りに過ごすのが、ファリン様のためかな」
「分かった」
「草原地帯を抜けるね、そろそろ課題に集中しようか」
先程まで草原の向こうにあった森が、今や目と鼻の先だ。レクシアが小さく頷く。
「うん、ここからが本番」