16話
急いで教室まで向かったレクシア達は、遅刻にはならずぎりぎりセーフだった。しかしベクルールは教室に入って早々舌打ちをした。目に見えて不機嫌なベクルールは、授業の最初から最後までとにかく不機嫌だった。
「てめぇらも知っての通り、魔法薬学の授業は人気が無さすぎる! 席だってこんなにスッカスカじゃねえか!」
席がスッカスカなのは今に始まった話ではないのに、なぜかベクルールは授業の締めにそんなことを言い出した。
「こりゃあ授業に問題があるってことだよな。あぁ? ならこれまでと趣向を変えてくぞ。今まで使ってなかった植物園を活用する。てめえら、植物園なんてあったんだって顔すんな!」
学生全員初耳なのだから、そんな顔にだってなる。ますます機嫌が悪くなったベクルールは、おっとりしていそうな顔立ちに似合わない青筋を立てながら、言葉を続けた。
「いいか、今からこの植物園を使った課題を出す! この植物園は先々代の担当教師が作っただけで満足して放置したものだ。今や荒れ放題で、中は魔物の巣窟だ。ここでの薬草採取を課題として、てめぇらに出す! 薬草採取はペアを組んで行け。薬草採取中に出会った魔物は、ついでに何が何でもぶっ殺せ!」
ベクルールは親指で首をかっ切るジェスチャーをした。物騒にも程がある。
「二人組でやりゃあ、そうそう死なねえだろ。どうしても戦闘が無理な奴らは、戦闘できるやつに頼み込んでついて行ってもらえ。コネも実力の内が、この学園のあれだ。おら! とっと組む奴を決めろ!」
ベクルールが簡単な説明をする間、レクシアの思考は二人組の部分に完全にもっていかれていた。ペアを組んで二人組。レクシアみたいな人間にとっては嫌なやつだと、レクシアが思ったその時。
「レクシアさん、一緒にやろ?」
レクシアは隣で微笑むイグザが神に思えた。
「いいの?」
「むしろレクシアさんが組んでくれないと、血で血を洗う壮絶な争いがね」
イグザの顔色が悪い。ギラギラとした女子学生たちの視線は、決して気のせいではないだろう。
「謹んで組ませていただきます」
レクシアが了承したことで、目をギラギラとさせていた女子学生たちは一瞬で大人しくなる。ベクルールは全てのペアが組まれたのを確認すると、どこからか上部に丸い穴が開いた箱を取り出し、教卓の上に置いた。
「よっし、二人組はできたな! 各ペアこの箱の中から一枚ずつ紙を引いていけ。それぞれ二つの薬草が書かれている。それが今回の課題で採取してくる薬草だ」
ちらほらと学生が立ち上がり、順に箱の中から紙切れを引いていった。紙に書かれた内容を見ても、一喜一憂などは特にない。判断しかねるような微妙な空気が、教室全体に流れていた。どのペアが何を引いたのかは、ベクルールが都度記録を付けていく。
「僕が引いてくるよ」
「お願い」
イグザが最後に残った一枚を引き、全てのペアが紙を引き終わった。
「全員引いたな! 全部この周辺では手に入りにくく、植物園のどこかにはある薬草だ。探せ! 以上! 解散!」
こうして本日の授業は全て終わった。ちなみにベクルールから植物園内での場所のヒントは一切なしだ。
「あの話ぶりだと、たぶん魔物退治がメインだね。ベクルール先生がどうにかしろと上から押し付けられたのを、課題にかこつけて僕たち学生に押し付けた感じかな?」
人が減っていく教室に残ったままで話すレクシアとイグザ。
「僕たちのは、コウテツサボテソとマソドラゴラモドキだね」
「簡単? 難しそう?」
「何とも言えないかな。植物園に行ってみないと分からないね」
それもそうだ。初耳の植物園の内情など、いくらイグザでも分かるわけがない。
「課題の期限は次の授業までだから、余裕を持って早めに終わらせておきたいよね。準備もあるから今日は無理として、明日は午後の授業が無いし、明日の放課後さっそくどうかな? レクシアさんは何か予定ある?」
「予定は特にないから、それでいい」
「ファリン様は昼食を食べる前に帰るだろうし、明日の昼は二人で一緒に食べようね」
レクシアはとりあえず頷いておいた。
翌日授業が終わったイグザは、レクシアを教室まで迎えに来た。周囲の人々はこの光景に慣れてきたらしく、奇異の目はだいぶ減っていた。
「二人で食べるのは初めてだね」
「いつもファリン様も一緒だから、変な感じがする」
「今日はテラス席でどうかな?」
「うん」
「晴れてよかったね、レクシアさん」
天気が良い今日は、外でのランチ日和だった。また探索日和とも言えた。
雨の中でも植物園探索はできなくはない。できなくはないが、積極的にやりたいものでもないので、もし雨が降ったら今日の予定は見直しになっていただろう。
レクシアは晴れ渡る空に目をやった。雲一つない快晴は、レクシアにとって見慣れたものではない。晴れていても必ずどこかに雲があるのが、キッカラン領の空だった。
「本当にいい天気」
「そうだね」
青すぎる空も、キラキラとしたイグザの笑顔も、どちらもレクシアは眩しく思う。目の前にあるこの光景は今だけの光景で、いつかきっと見られなくなるだろう。感傷的な気分になりそうになり、それは駄目だとレクシアは自分に言い聞かせた。