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13話

 ファリンとレクシアのお茶会から数日後、治療魔法学の授業にて、イグザは当然のようにレクシアの隣の席を陣取っている。授業が始まる前のちょっとした待ち時間に、手持無沙汰でペンをくるくると回すレクシアだった。


「アルミエ先生は、今日は何する予定でしたっけ?」


 レクシアがイグザに、こんなことを聞くのは理由がある。心の準備をしておくためだ。


「今日は毒薬による急性中毒の治療だよ。ベクルール先生に毒薬を作ってもらうんだって、前回はしゃいでたね」

「はしゃいでましたか……」

「はしゃいでたよ……」


 二人ともどこか達観した表情だ。雑談飛び交う教室の扉が開き、一人の男性教師が中に入ってきた。


 治療魔法学の担当教師アルミエ・レムデシアを、一言で言い表すならば顔面凶器だ。顔が怖いうえに、髪の一部を刈り上げて剃り込みまで入れている。すれ違った子供が泣き出すレベルで、見た目が怖い。家名を持つので貴族ではあるのだが、貴族だと信じられないぐらいに貴族の見た目をしていない。


 そしてアルミエに初めて会った人は、だいたいが面食らう。顔が怖いからというのもあるが。


「それでは、授業を始めますよぉ」


 見た目と話し方がまったくもってミスマッチだからだ。怖い見た目に反して、話し方はふわふわのゆるゆる。魔法薬学の教師ベクルールにも言えることだが、話すと脳が混乱する。レクシアとイグザを含めて、アルミエとベクルールを知っている者の多くが、話し方を交換した方がしっくりくると思っていた。


「今日は前回予告した通り、ルーた……ではなくて、ベクルール先生に作ってもらった毒薬で、実習を行いますよぉ」


 アルミエが右手でゆっくりと掲げた小瓶の中には、筆舌尽くしがたい色の液体が入っていた。


「こちらの毒薬はですねぇ。前回の授業で説明した植物毒と同様の効果を発揮する毒薬ですぅ。通常は効果がでるまで数十分かかるのですが、限られた授業時間ではその時間がもったいないので、効果が出るまでを数十秒まで短縮してもらいましたぁ」


 物騒なことを笑顔で嬉しそうに話すアルミエに、学生たちは慣れたものだ。


「今日は誰にやってもらいましょうかぁ」


 アルミエがそう言った瞬間、学生たちの間に緊張が走った。誰が選ばれても恨みっこなしと、学生たちの間では暗黙の了解になっている。


「では君、前に来てくださぁい」


 後方の席に座っていた男子学生が、アルミエの指名を受ける。本日の犠牲者は彼に決まった。


 治療魔法学の授業となれば、当然実際に治療魔法を使うことも出てくる。治療するには怪我人や病人が必要だ。だがそう都合よく、怪我人や病人がいることはない。かといって、学生に怪我させるわけにはいかない。


 ということで、教師であるアルミエが進んで実験台になりにいく。指名された男子学生が教壇までくると、アルミエは小瓶を一気にあおった。アルミエが先程言った通りに、毒薬を呑んで数十秒後。


「ぐうあああああああ」


 生きている人間が出してはいけないような声が、アルミエの口から漏れ出た。胸と喉をかきむしり、床をのた打ち回る様はホラー以外の何物でもない。この苦しみ様は演技ではなく、ガチなやつだ。


 本日の犠牲者である男子学生は涙目になりながら、アルミエの治療を開始した。足元に浮かんだ魔法陣の揺らぎが、彼の動揺を如実に表している。アルミエは死なないように事前に生命保護の魔法をかけているらしいが、心臓には大変悪い。指名されて治療実習する学生にとっても、見ている学生にとっても。


 実際に治療は一刻を争うことが多いので、実践的と言えば実践的なのだが、目の前でもがき苦しまれると、中々にトラウマ必須ものだ。王立学園入学時の選択授業説明一覧には、『心臓の悪い人はこの授業を取らないでください』とまで書かれている。


 本日は毒薬程度で済んでいるが、文字通り目も当てられないようなことをすることもある。何がとは言わないが、ああなったりこうなったり。アルミエにはもっと自分の身体を大事にしてもらいたい。


 治療を開始してから五分ほどが経ち、男子学生の足元の魔法陣が消えた。治療が終わったようだ。


「良く治療できましたぁ。完璧ですぅ。これは良い毒薬でしたねぇ。さすがはベクルール先生の特製ですぅ。皆さんもベクルール先生に会ったら、お礼を言ってくださいねぇ」


 アルミエは何事も無かったかのように、けろっと床から起き上がった。一方で治療していた男子学生は、腰が抜けて床に座り込んだままだ。


「大丈夫ですかぁ?」


 本日の犠牲者はアルミエに手を貸してもらい、ふらふらと自分がいた席に戻っていった。


「では実技はここまでぇ。続いて座学に入りますよぉ。まずは今彼に使ってもらった魔法の復習と、応用について説明しますぅ。それが終わったら、次回の実習で使う魔法についてですねぇ。あの切り裂くような痛みが、気持ちがいい痛みでしてぇ――」


 授業中にそこはかとなく漂い続ける、マッドサイエンティストの狂気。治療魔法学の人気が無いのも当然だった。


「次か、その次は、わたしかイグザ様の番じゃありませんか……?」

「そうだね……。あまりグロくないものをお願いしたいかな……」


 治療魔法学の授業は、今日も刺激と狂気とスリルに満ち満ちている。


 黒板の内容をノートに書きながら、レクシアは自身を治療してくれたディストのことを思い出していた。あんな人の良さそうなおじさんが、こんな狂気に走った授業を行っていたのか? 前任のディストがどんな授業をしていたのか、今更気になるレクシアだった。

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