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12話

 レクシアが待ちに待ったファリンとの約束の日が訪れた。今日は王妃教育が無い日なのだと、レクシアはファリンから聞いている。王妃教育が無い日は一年に一回あるかないからしく、ファリンのハードスケジュールぶりがよく分かった。


 ファリンがお茶会に指定した場所は、いつも昼食を食べるカフェテリアの窓際の席だ。全ての授業が終わった放課後、レクシアとファリンは二人で教室からカフェテリアまでやって来た。


「友人とのお茶会、とても甘美な響きね」


 無表情でもファリンの声には嬉しさが滲んでいた。ファリンに嬉しいと思ってもらえるなら、レクシアも嬉しくなる。


 借りてきたポットとカップを使い、持ち寄った紅茶とお菓子を出しあって、二人でお茶会の準備をした。レクシアには逆立ちしても無理なので、ファリンに魔法で熱湯を出してもらった。


「熱湯程度も出せないなんて情けなくなります」


 レクシアは温かい紅茶から立ち上る湯気を見つめた。


「誰にだって苦手なことはあるものよ」

「わたしの場合、苦手かどうかの域を超えてると思います。わたしが熱湯を出そうとしたら、爆発してガラスが二、三枚割れます」


 テーブルの横にある窓ガラスを見ながら、レクシアが自虐気味に笑った。


「そこまでいくとなると、根本的に何かおかしいのではないかしら?」

「どうしてこんなに駄目なのか、先生もお手上げみたいでした。実は兄達も魔法は苦手なんです。わたしは兄達のようには、なりたくありませんでした。でも結局血は争えないみたいです」

「治療魔法は使えるのに不思議ね」


 以前レクシアが治療魔法を使ったことを、ファリンは覚えていたようだ。


「物理は攻撃魔法の代わりになりますけど、物理は治療魔法の代わりにはなりません。つまりはそういうことだと思います」

「間違ってはいないわね。間違っては」


 そうだ、間違ってはいない。でもなにかがおかしい。とファリンの言外には込められていた。


「キッカラン家はやっぱり世間とずれてますね。イグザ様にも治療魔法を使えるならって言われました。こんなピーキーなわたしと違って、ファリン様は何だって出来て、すごいと思うし憧れてしまいます」


 ここしばらく一緒に過ごしてみて、ファリンの完璧超人さをレクシアは実感した。そこはかとなくポンコツ感が漂うレクシアと、同じ人間だとは到底思えない。なんならファリンが人間ではないと言われても、レクシアは信じられる。


「いいえ、私だって苦手なことばかりよ。だから怒られてばかりなの」

「えぇ? そんな馬鹿な」


 ファリンを怒るような人がいることが、レクシアにとっては驚きだった。たとえ無表情でも、ファリンの気持ちがなんとなく汲めるようになってきたのが、最近のレクシアだ。無表情なファリンが落ち込んでいるのが、漠然と分かった。


 だからレクシアは話題を変えるために、紅茶を一口飲んでから、ファリンに話を切り出した。


「ファリン様、当て馬とは何だと思いますか?」


 突拍子もないレクシアの質問に、ファリンが淡々と答えた。


「一般的に言うのであれば、恋の盛り上げ役だわ」

「何かの隠語とかそういうのではありませんか?」

「いいえ、聞いたことないわ。言葉以上の意味はないのではなくて?」


 物知りなファリンがそう言うのなら、隠語の類でもないようだ。


 レクシアが持ってきたクッキーに、ファリンが手を伸ばした。人型を模したクッキーを、ファリンは食べる前にまじまじと観察した。


「変わった形のクッキーね。知識としては知っていたけれど、実際に食べるのは初めてよ。スパイスを多く入れるのは、雪で冷えた身体を温めるためなのよね」

「キッカラン領の郷土菓子です。国内だとどこにでもあると思っていたので、王都で売って無いことを知った時は驚きました」


 ファリンが上品にクッキーを食べた。


「美味しいわ。本当にスパイスが効いているのね」

「人によって入れるスパイスが違うので、味も違ってくるそうです。ファリン様の口に合ったなら良かったです」


 自分が好きなものをファリンに褒めてもらえて、レクシアは嬉しくなった。ファリンに褒められたことを伝えれば、作ってくれた侍女のルダも喜んでくれるだろう。


 レクシアがファリンとお茶会をしているため、今日のレクシアとイグザの勉強会はお休みだ。現在イグザはお茶会が終わるまで、談話室で一人過ごしている。律儀なことに、勉強会が無くてもレクシアを寮まで送るために。


 静かに過ごせるので、イグザは図書室の談話室が気に入ったらしい。ありとあらゆるときにきゃあきゃあと言われたら、疲れることもあるのだろう。レクシアには分からない気苦労だ。


 イグザが何かとくっついてくるので、レクシアとファリンが完全に二人だけになることは、あまり多くない。レクシアがファリンにこっそり相談したいなら、イグザがいない今がチャンスというわけで。


「ファリン様、改めてご相談があります」

「改まってどうしたのかしら?」

「実はイグザ様に、当て馬宣言をされたんです。意味が分かりませんでしたし、面白くなりそうなので今まで放置してたんですが、これからどうするべきか悩んでいます」

「二人はそんなことになっていたの? 当て馬? どうして当て馬なのかしら? だから先程当て馬の話をしたのね」


 やはりレクシア以外にとっても、当て馬宣言はおかしいものだったようだ。レクシアはイグザに当て馬宣言されるに至った経緯を、ファリンに説明した。


「わたしをどうにか利用したいのかとも思ってました。でも今まで一緒に過ごして、利用されている気は全然しません。現状困ってることもありません。目の保養になる幸せな時間が続いているだけです」

「イグザ様は本当に顔がいいわ。私も眼福だと思うぐらいだもの」

「最高に顔が良いイグザ様と過ごせるなんて、年頃の令嬢なら誰でも嬉しいはずです。でもこのままでいいのかと思うんです。騙しているようで居心地が悪いと言いますか。良心の呵責って言うんですか? これは?」


 ううむとレクシアは腕を組んだ。


「そもそもの話で、わたしには婚約者はおろか、好きな人もいないんです。わたしに当て馬の需要はまったくありません」

「ではレクシアさんに好意を持っている人がいて、その人をけしかけるためかしら?」

「そんなばかな。ファリン様もわたしの学園内での評判は知ってますよね?」

「あら? そんなに良くないの?」


 学園で孤高の存在のファリンは、詳しく知らなかったようだ。もし知っていれば、こうしてレクシアと友人となることもなかったかもしれない。


「キッカランの出身ということで、ひっどいもんです。何かとビビられ、距離を取られ、あることないこと言われ。やっぱり当て馬を隠れ蓑にして、わたしが知らないうちに高度な策略が進行中ですか?」

「いえ、策略ではなさそうね。策略だったならイグザ様は、もっとえげつないことをするはずよ」


 次期宰相と言われるぐらいだ。あの見た目に似合わず腹黒さも完備しているらしい。


「他に考えた可能性が、イグザ様はファリン様のことが好きで、わたしを当て馬にしたかったけど、言い間違えたのではないかと」

「イグザ様が私のことを好きということは絶対無いわ。幼馴染ではあるけれど、私とイグザ様は決してそんな関係ではないもの」


 では当て馬とは一体何なのか。謎は深まるばかりだった。


「う~ん、頭がいい人は、何を考えているのか分からないです。やっぱり取り返しがつかなくなる前に、早めにイグザ様の誤解を解いた方が良さそうですね」

「いいえ、このまま放っておくのがいいと思うわ」


 ファリンはてっきり賛成すると思いきや、予想外の返事が返ってきた。レクシアはぽかんとして、持っていたカップを落としかけた。


「え、本気ですか?」

「レクシアさんは幼い頃のイグザ様が、どんなだったかご存知?」

「いいえ、知りません」


 あのキラキラ貴公子の幼い頃なんて、レクシアには想像もつかない。


「イグザ様は昔も今もちっとも変わらないの。昔から何かといつも微笑んで、なんでもお見通しという雰囲気で、どんな時も余裕を身にまとっていたわ。幼い私は小癪と思って、とっても気に食わなかったわね」

「イグザ様とは仲悪かったんですか……?」

「今は普通の友人で、そんなことないわよ? 今だってきっちり仲直りもしているわ。話を戻すと、そんな風にイグザ様は昔から変わらないから、今みたいに意味不明な迷走をしているのは、とっても新鮮なのよ。きっとレクシアさんが感じた気持ちと同じね。このまま放っておいたら、ものすごく面白そう」


 珍しいことに終始無表情なファリンが笑った。ファリンが笑うぐらい楽しんでいるのなら、レクシアはその邪魔をしたくない。このままイグザを放置する方に、天秤は大きく傾いていた。


「それに放っていても、誰にも悪いようにはならないと思うわ」

「そうなんですか?」


 人のことをよく見ているファリンがそう思うのだ。それなら放っておいても、取り返しがつかないことにはならないだろう。


「ああ見えて、イグザ様は意外と気にしいよ。どんな気の使い方なのかは全然分からないけれど、イグザ様がレクシアさんを気遣った結果がこれなのでしょうね。それに決して恩を仇で返すような人ではないと、私が保証するわ」

「ではもう少し現状維持してみます」


 目の保養になる時間をもっと過ごしたい誘惑に、レクシアはあっさり負けた。


「私もレクシアさんのために何かできないかしら? レクシアさんにあんなことをしておきながら、友人になってもらって私ばかりいい思いをして」

「ノートを貸してくれて、友人になってくれただけで十分です。今まではフィエとロギアの二人しか、友人と呼べる存在がいなかったんです。だからわたしも、ファリン様と友人になれて良かったと思ってます」

「ううう、レクシアさん……」

「泣いちゃダメ、泣いちゃダメです!」


 感極まって泣き出しそうになるファリンを、レクシアは何とかなだめきった。


 その後和気あいあいと楽しいお茶会の時間は、あっという間に過ぎていった。気の置けないお茶会でも、ファリンが笑ったのはたった一度だけだった。

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