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10話

 イグザがレクシアに当て馬宣言をした二日後、二人は昨日一昨日に続き、朝から一緒に話しながら学園に向かっていた。初日の当たり障りが無い内容とは違い、もっと互いに踏み込んだことも話すようになっていた。


 にこやかに楽しげに話すレクシアとイグザは、見た目だけなら中々にお似合いだ。


「そういえば選択授業は二つとも、僕と一緒だよね」

「え? そうだったんですか? 知りませんでした」


 グライズ王立学園には全員が受ける共通授業に加えて、より専門的な知識が学べる選択授業が存在する。選択授業は実技系のものばかりであり、将来を考えて、学びたい授業を二つ選ぶのが決まりだ。


「選択授業のノートは大丈夫?」

「あ! 選択授業のことまでは考えていませんでした」

「安心して僕が貸すよ」

「ありがとうございます。助かります」


 レクシア達が選んでいる授業は、治療魔法学と魔法薬学だ。どちらかというと二つとも、人気が無い方の授業に分類される。


「レクシアさんが治療魔法学を選んだのは、やっぱり治療魔法を使えるようになりたかったからかな?」

「いえ、治療魔法自体は入学前から、実用レベルでそこそこ使えます。でも完全に独学だったので、基本がどういうものか知りたくて選びました。ただ基本通りにやると治りがいまいちなので、結局独学の方が性に合ってるみたいです。それにしても、わたしが教室内にいたことをよく覚えてましたね」

「意外だったからね。キッカラン辺境伯家のレクシアさんなら、武術系の授業を取ってて当然かと思ってたんだよ」


 レクシアの顔が一気に苦々しくなった。レクシアとしては、脳筋な兄達のようになりたくなかったのだ。


「純粋に取りたくなかったので。イグザ様こそ、他の魔法実技系の授業は取られなかったんですか? イグザ様はどんな高度魔法でも問題なく使いこなせると、聞いたことがあります」

「僕が出ると授業に深刻な差支えがね。学べることも特にないし。消去法で治療魔法にしたんだよ」


 イグザもレクシア同様苦い表情を浮かべた。イグザが魔法を放つたびに女子学生から黄色い歓声が上がれば、確かに授業どころではなくなるだろう。治療魔法学なら黄色い歓声ポイントはまずない。怪我人がいる場所で、黄色い歓声を上げては感性が疑われる。


 また運動神経が残念な人間は、普通に考えて武術系の授業は取らないだろう。だから消去法ということか。


「治療魔法を使えるなら、レクシアさんは魔法の制御が上手いんだね」

「いいえ、まったく。母親譲りで、魔力自体はかなりある方だと思います。でもわたしは魔法の制御が壊滅的に下手くそです。一年の時の攻撃魔法実技だって、追試でなんとか受かりました」


 ハルバードでぶん殴った方が早いと、無意識に思っているからではないかというのが、レクシアの見立てだ。家族の影響なのか、どうしても脳筋思考が否めない。


「あれは使う魔法の属性は問わないものだし、落ちた人は聞いたことないよ?」

「担当の先生にも、落ちた人は初めてだと言われました。落とすと先生としても後々面倒なので、追試はおまけで合格だそうです」

「それはだいぶ酷いね」


 イグザの笑顔が微妙にひきつったので、レクシアは話題を変えることにした。


「昨日も一昨日もそうでしたけど、どうして朝からわたしと一緒に歩いてるんですか? 帰りについてもですけど」


 こうして一緒に歩かずに、レクシアを馬車に乗せるという選択肢も存在する。馬車のカーテンを開けておけば、二人で乗っても特に問題は無いのだ。馬車に乗れば、今のようにイグザが歩く必要はない。それに帰りは体力的な問題もあって、馬車で送ってほしいとレクシアはちゃっかり思っていたりする。


「こうして一緒に歩いて通学した方が、当て馬の役割を果たしやすいからね」

「あ~、そうですか~」


 結局行き着く先はそこなのだ。これ以上ないぐらいに素敵な笑顔のイグザから、レクシアはそっと目を逸らした。レクシアはイグザに当て馬と言われると、それ以上深堀りする気が失せる。イグザを放っておくという結論には至ったものの、レクシアはその後もイグザの真意について考えていた。


 当て馬はイグザの言い間違いだったのでは? イグザはファリンが好きで、本来はレクシアを当て馬にしたかったのでは? なぜこんな回りくどいことをするのかというと、ファリンは王太子の婚約者であり、一筋縄ではいかないから。それがレクシアの至った納得がいく結論だった。


 今真実を明らかにしてしまったら、イグザはレクシアと一緒に居てくれなくなるだろう。だからまだ先延ばしにしておく。余計なことを聞いたりはしない。


 レクシアが見上げるイグザの顔は、今日も最高にいい。目の保養には最適だ。


「今日は図書室まで一緒に行こうか。教室に迎えに行くから待っててね」


 昨日の放課後はばらばらに向かって、図書室での待ち合わせだった。


「分かりました」


 レクシアは特に何も考えずに返事をしていた。


 そしてその日の放課後、約束通りにイグザがレクシアを教室まで迎えに来た。


「レクシアさん、行こうか」

「ファリン様、さようなら」

「お二人とも、ごきげんよう」


 ファリンと別れて、イグザと廊下を歩くレクシアは、いつもに増して落ち着かない気分だった。朝以上に好奇の視線が刺さってくる。遥か遠くから尾行している女子学生も結構いる。イグザがレクシアと一緒にいるのが、よほど気になるからだろう。


「あの人たちは暇なんですか?」

「それは僕も思うよ」


 溜息混じりのレクシアの問いかけに、イグザが苦笑しながら同意した。


「いっそ撒いちゃおうか」

「当て馬のことはいいんですか? 見せつけるのが目的? でしたっけ?」

「帰っちゃったみたいだし今はいいよ」


 レクシアは先程別れたファリンの姿を、頭に思い浮かべた。レクシアが頭の中のファリンに気を取られていると、イグザから魔力の動きが感じられた。数秒の間を置いて、イグザの足元に魔法陣が浮かび上がって消える。イグザの魔法が発動した。


「これで周りの人からは、僕とレクシアさんの姿は見えてないよ」

「本当に見えていないんですか?」


 レクシアからすれば、イグザを含めて周囲の人が普通に見えている。狐につままれた気分だ。


「そうだよ。魔法が制御しにくいから、もう少し近くにね」


 イグザがレクシアの肩を抱き寄せてきた。見えていれば何かしらの反応がありそうなものだが、誰も何も反応していない。周囲に姿が見えていないのは本当のようだ。


 姿が見えていないのは良いとして、レクシアがイグザに肩を抱き寄せられているということは、今の二人はかなりの密着度で距離が近い。家族以外の異性とここまで密着するのは、レクシアにとって初めてのことだった。


「イグザ様は異性との距離感が、おかしくありませんか?」

「そうかな?」


 レクシアは肩を抱かれながら歩くのは、少しどころではなくかなりドキドキするが、この近さでもイグザは何とも思っていないらしい。イグザはレクシアの顔が赤いことにも気づいていないようだった。


「今まで色恋とは無縁の人生を送ってきましたが、この距離が許されるのは婚約者か恋人だけだと思います」

「そうなんだね。参考書にはあんな風に書いてあったのになあ」

「参考書? イグザ様は何を読んだんですか?」

「ん? レクシアさんは気にしなくていいよ」


 いや気になる。異性の肩を抱くことが書かれている参考書とは、一体何だ。そういえば、このシチュエーションどこかで……。


 もう一度レクシアが同じことを質問しようと口を開きかけた途端、イグザが急にはっとした。


「レクシアさんの顔が赤い? もしかして怒ってる!? 嫌だった!? ごめんね! 誰にも見えてないから、今だけは我慢してもらっていいかな? 本当にごめんね!」


 慌てるイグザ。


「違います! 男慣れしてないから、照れてるだけです! イグザ様こそ大丈夫ですか!? なんか顔色悪くなってませんか?」


 レクシアも慌てた。


「うん、大丈夫だよ。よくあることだから!」

「まさか高度魔法使用による体調不良ですか!?」

「違うよ! あ、何の話だったっけ!? レクシアさんは男慣れしてないんだね!?」


 イグザはよほど突っ込んで聞かれたくないらしい。それなら聞かないでおくのが、優しさと礼儀というものだ。


「あ~はい、そういう環境ではなかったので! 恋愛結婚とか憧れますよね!」


 レクシアは焦って、どうでもいい本音まで口走ってしまっている。どう思い返しても、レクシアは恋愛と程遠い人生を送ってきた。レクシアだって恋愛したいというのが、レクシアの本音だ。


「僕だって今まで色恋沙汰とは、無関係な人生だったからね。僕とレクシアさんは似た者同士なのかもね!」


 ファンクラブがあるほどの超絶人気のくせに嘘吐けと思ったが、レクシアは口に出さないでおいた。


 ふわふわと浮つく心をなんとか理性で抑え込んで、このドキドキも楽しむべきだと、レクシアは最終的に開き直らざるを得なかった。この先の人生でこんな風にドキドキできることなんて、きっとないのだから。

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