表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/51

1話

完結まで毎日更新予定です。どうしても更新できない時は後書きでお知らせしますので、ご参照ください。

 扉を開けると、そこは男女の修羅場だった。


「ふざけないで!!」

「僕の話を聞いてよ!!」


 人目を気にせず言い争う二人を見て、レクシア・キッカランは思わず半目になっていた。王立学園の二年生になり、初めての図書委員会の仕事があったこの日、仕事を終えて図書室を出た途端、廊下でまさかの修羅場に遭遇。


 こんな傍迷惑な場所で止めてほしいと、レクシアは思う。


 レクシアが通うグライズ王立学園の図書室は、校舎の端の方にある。この廊下を使うのは図書室に用事がある人だけで、そもそも図書室に用事がある人自体がかなり少ない。そこまで考えると、修羅場を引き起こす場所として間違ってはいないのかもしれないと、レクシアは思い直した。


 レクシアは言い争う声を聞き流しながら、修羅場を引き起こしている当事者達を観察した。女子学生の方は長い銀髪を逆立てるように激怒し、チョコレート色の髪の男子学生は、銀髪の女子学生をなんとか宥めようと必死だ。二人はそのどちらもが、人付き合いに疎いレクシアが知っているほどに、有名な人物達だった。


 銀髪の女子学生は、公爵令嬢ファリン・スレノーラ。


 王太子の婚約者であり、碧眼をもつ美しきご令嬢だ。常に無表情で、取り巻きの一人も連れていない孤高の存在として名高い。入学以降王立学園では不動の首席を維持し続け、魔法の中でもとりわけ氷魔法を得意としている。能力容姿性格その全てが相まって、『無慈悲な公爵令嬢』と呼ばれることもあった。


 ファリンはレクシアと同じクラスに属している。二年生に進級しクラス替え直後であっても、レクシアは教室内のファリンの存在を良く覚えていた。


 そしてもう一人、チョコレート色の髪の男子学生は、侯爵令息イグザ・ラフロスト。


 チョコレート色の髪とミントグリーンの瞳が印象的な麗しき顔立ちで、女子学生の心を奪ってやまない人物だ。物腰柔らかく話し上手な彼は、同学年にいる王太子よりずっと人気がある。その人気はファンクラブ『チョコミントの会』が設立されているほどだった。また容姿に加えて能力も高く、王太子の側近候補に名を連ねており、次期宰相とまで言われている。


 レクシアやファリンと同じ学年ではあるが、レクシアはイグザがどこのクラスなのかまでは知らなかった。


 何やら言い争い続ける二人は、レクシアの存在に全く気付いていないらしい。レクシアは修羅場の横を通り抜けようかと一瞬考えたが、それを実行する勇気は無かった。レクシアが一旦図書室に戻るしかないかと迷ううちに、修羅場はさらにヒートアップしていく。


 一際大きいファリンの声が響いた。


「この泥棒猫!!」

「だから誤解だよ!!」


 物語ならまだしも、現実でそんなことを言う人がいることに、レクシアは驚きを隠せなかった。また『泥棒猫』は一般的に女性に対して言うもので、男性に言うものではない。


 本が好きなレクシアがつらつらとそんなことを考えていると、ファリンから大きな魔力の動きが感じられた。


 多い少ないはあるものの、この国の国民のほとんどは体内に魔力を有している。人々は体内の魔力に働きかけることで、魔法を使うことができた。魔法を使う際に特別な言葉や動作は必要ないが、必ず術者の足元に魔法陣が浮かぶ。その魔法陣の色や模様の複雑さから、魔法の種類や規模を推定することが可能だ。


 今ファリンの足元には禍々しい色の複雑な魔法陣が現れており、このまま近くにいるとまずい予感しかしない。レクシアは図書室の中に戻ろうと、すぐさま踵を返した。


 相変わらずファリンとイグザの二人は、レクシアの存在に気付いていなかった。レクシアが踵を返すとほぼ同時に、ファリンはイグザに向けて強力な魔法を放つ。イグザは間一髪でそれを避けた。攻撃されたら普通は避ける。イグザは避けて当然だ。


 しかしその結果、ファリンが放った魔法は背を向けていたレクシアに直撃した。


 レクシアの身体を大きな衝撃が襲う。内臓がズタズタになる感覚と、体内の魔力がかき乱される感覚、口の中に血の味が広がり、レクシアは血を吐いてその場に倒れこんだ。レクシアの意識はだんだん薄れていく。


 ここでようやくファリンとイグザは、レクシアがこの場にいたことに気付いた。全く無関係な人物を巻き込んでしまったことで、ファリンとイグザは慌てた。長く特徴的な真紅の髪に、ファリンとイグザはさらに慌てた。


 真紅の髪は二人の目の前で倒れている人物が、キッカラン辺境伯家の縁者だということを示している。レクシアの場合は縁者どころではなく、キッカラン辺境伯が溺愛する末娘だったわけだが。


 キッカラン辺境伯家は王国内で、敵に回してはいけないと言われる家の筆頭だ。北方の国境を治める彼らは、人の形をした人外と言われるほどに畏れられていた。曰く、素手で魔物を引き千切る。曰く、首を切られても死なない。曰く、危害を加えた者には命をもって償わせる。明らかに嘘っぽいものが混ざっているが、噂なんてそんなものだろう。そしてまことしやかに囁かれる、『キッカランの悪夢』と呼ばれる恐ろしい存在。


 取り乱したファリンは泣き崩れ、レクシアはイグザに抱きかかえられて医務室に運び込まれた。


 倒れて気を失ったレクシアは夢を見る。


 見覚えがある光景は、いつかレクシアが実際に見た光景だ。目の前ではレクシアの三人の兄達が地面に倒れ伏している。愛用のハルバードを握ったレクシアの右手は、がたがたと震えていた。


「わたしは……絶対に許さない……」


 レクシアが絞り出した声は、ただただ虚しく周囲に響く。


 悪夢。たしかにあれは悪夢だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ