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第二話 乙女と 感情と(1)

 時刻は既に正午を大きく回っていた。基地内では未だにオルガイア帝国が何故DGによる襲撃という暴挙に出たのか、上層部からの情報が全くないまま、既に数時間が経過していた。。

「つまり、その少女があの白い機体をお前に渡したってことだな?」

「……はい」

 殆んどの者が基地の復旧に力を注ぐ中、基地内の小さな一室にて、フィールはバルトレットにラグレイト入手の一部始終を話していた。いつも使っている会議室が戦闘によって破壊されてしまったので、代わりにこの部屋を使っているのだ。

「さぁて。上の奴らにどう報告したもんかねぇ……」

 バルトレットは机から立ち上がり、くわえている煙草を大きく吸った。そして紫煙を吐きながら、再び困ったような顔でフィールに聞いてくる。

「ドレス姿の少女。しかも名前はおろか面識もその一度だけ、だろ?」

「は、はい……」

 その返事を聞いたバルトレットはため息を吐いた。同時にフィールは少女に名前だけでも聞いとけば良かったと改めて思った。

 そんな時、ドアノブが静かに回り扉が開く。

「失礼します」

「おぉ、セレンか。どうした?」

「戦闘被害についての書類です」

 イヤに分厚い書類の束をバルトレットが座っていた机の上に置きながらセレンは続けた。

「基地の被害は甚大ですが、街には特に被害はなかったようです」

「つまりは後でコイツに目を通しておけってことだろ? ったく、冗談キツイぜ」

 バルトレットは置かれた書類の分厚さを見てから、ウンザリするように言った。そしてさらに言葉を続ける。

「で、上の連中から何か情報は?」

「いえ、まだ何も」

「ちッ、一体上層部はなにやってんだ……こんな状況で」

 基地の隊長としては一刻も早い状況報告が欲しかった。しかも今回は相当な大事(おおごと)だ。バルトレットにすれば気にかかる事もあった。

「フィール、……大丈夫?」

 机に座ったまま元気がないフィールを心配するようにセレンが問いかける。

「あ、あぁ。大丈夫です。ちょっと、戦闘で疲れちゃって……」

 嘘だった。もちろん疲れはあるに決まってるが、それよりもっと重いものが心に張り付いたままなのだ。

「……そう。とにかく、お疲れ様。今日はもうゆっくり休んで」

 セレンの言葉を聞いたフィールは慌てるようにして答えた。

「えっ!? でも、みんなが基地の復旧のための仕事をしてるのに、僕だけが休む訳には――」

「だ〜いじょうぶだ。たかが未成年のボウズ一人欠けたぐらいで大した違いはねぇよ。それに、お前は曲がりなりにもこの基地を救ったんだ。ちょっとぐらい楽してもバチ当たんねぇだろ?」

「で、でも……」

 フィールが尚もバルトレットたちに食い下がろうとした瞬間、隣でセレンが口を挟んだ。

「そういえば、フィール。あなたに面会したいって人が来てるわよ?」

「え?」

「さぁ、入ってきて。リーナ」

 セレンの言葉の通り、扉の奥から姿を現したのはリーナだった。

「リーナ、どうしてここへ?」

 フィールがそう問うより早く、リーナは少年の胸へと飛び込んできた。

「バカバカバカっ! この大バカフィール! あたし、すっごく心配したんだから…………うぅ」

 突然のことで呆気に取られる三人を尻目に、涙ぐみながらフィールの学生服にしがみつくリーナ。そしてその一瞬の間の後。

「え? えぇ!?」

「ほう、こいつは熱烈だな」

「とても仲が宜しいみたい、ね」

 戸惑うフィール。そしてニヤニヤと笑みを浮かべるセレンとバルトレット。その奇妙な三人の視線にやっと気付いたのか、リーナは傍目(はため)に見ても分かるほど顔を真っ赤にして、急いでフィールから離れた。

「こ、これは……、その……な、なんでもないんです!」

 あたふたと両手を動かしながら、三人に向かってそう弁解するリーナ。そんなリーナにバルトレットがにやけた顔のまま、わざとらしく言った。

「いんやぁ。感動の再会なわけだし、俺はそういうの全然気にしねぇぜ? おい、セレンもそう思うだろ?」

「えぇ。フィールとリーナのお好きなように」

 素晴らしい笑顔でそう言うセレン。どうやらこの部屋にはリーナの味方はいないらしい。(しま)いにはフィールまで頬を赤らめてしまう。

「も、もう! バルトレットさんもセレンさんも! か、からかわないでください!」

 耳まで真っ赤にしながらリーナが相変わらずあたふたと言う。

「ガハハハハ! いや、悪い悪い。基地の中じゃこんな場面、中々お目にかかれないんでな。つー訳でだ、新入り」

「は、はい! なんですか!?」

 突然の振りにフィールが慌てて返事をした。

「これよりお前には、親愛なるリーナ嬢の護衛任務を与える! 目の前にいるリーナ嬢を家まできちんと送り届けろ」

「は、はぁッ!?」

 バルトレットの言葉に思わず驚くフィール。そして焦るフィールに意地の悪い顔を向けながら、バルトレットは最後の決め台詞を放った。

「これは、隊長命令だ」

 途端。フッと、セレンが口に手を当てて笑う。

「そ、それは職権濫用ですよ隊長!」

「バカ野郎。職権濫用なんざ俺はしょっちゅうだよ。尚、リーナ嬢を無事送り届けた後は自宅待機とする。いいな?」

 要するに自宅で大人しく休息しておけ、ということなんだろう。バルトレットの理不尽な命令の前に、遂にフィールは抗議することをやめ、渋々と返事を返した。


 *


「本当に心配したんだよ? しかも戦いが終わった後、フィールが学校に来ないから余計に」

「ごめん、リーナ。色々としなくちゃいけないことがあってさ。本当にごめん」

 基地から家への帰路。フィールはひたすら横にいるリーナに歩きながら謝っていた。

「じゃあ、もうしない?」

「え?」

「学校に迎えに来るって言ったのにフィールは来なかったでしょ? そういう約束を破ることを今後しないか、聞いてるの」

「あ……う、うん。もうしない」

「約束する?」

「約束する」

 その言葉を聞いたリーナは足を止め、フィールの顔を真剣な表情で見つめてきた。

「……え? な、何?」

 リーナの視線に困惑するフィール。

 そうして暫しの間、フィールを見つめていたリーナは、突然目を閉じて一人頷く。そして優しい微笑みを作って言った。

「わかった。信じてあげる」

 フィールはその可愛らしい幼馴染みの笑顔を見た瞬間、ハァ〜と、大きく安堵(あんど)のため息を吐いた。

「その代わり!」

 リーナは人差し指をフィールの顔の前で立て、再び真剣な顔を作ってから、堂々と続けた。

「今からフィールのお(うち)にお邪魔させてもらいます!」

「…………」

「…………」

「は?」

 瞬く間にフィールの頭の上にハテナマークが並んだ。こんな状態になったのは実に久しぶりだった。

「だからね。久しぶりにフィールの家に入りたいな〜って思ったの」

 リーナはさらっと言ってのけた。目の前の少女が何を考えているのか、フィールには分からなかったが約束を破ってしまった手前、拒否権はなさそうだ。

「分かった。それで信じてもらえるなら、いいよ」

 フィールが笑顔でそう返すと、リーナもまた微笑んだ。

 今思うと、リーナを最後に自分の家に入れたのはいつだっただろう。おそらくは二年前、フィールのたった一人の家族であった祖父が亡くなってからか。

 リーナはフィールの祖父とも仲が良く、よくお菓子を食べに来ていた。しかしフィールが独り暮らしになったのと合わせて、そういうことはすっかり無くなっていったのだ。

「そうだ! フィール、久しぶりにあたしがお菓子作ってあげようか?」

 弾けるような明るい声でリーナが言った。

「あぁ、頼むよ。実はさ、今朝のクッキーは基地のみんなにむしり取られちゃってさ……。食べてなかったんだ」

「そうなんだ〜。うん、任せて!」

 そうこう言ってる間に、二人はフィールの家の前に到着。

 フィールが玄関の扉を開けようとドアノブを回し、それを手前へと引く。

「ただい――」

 ただいま。

 その言葉を言い終わる前に黒髪の少年は思わず固まった。結果、少年が手をかけた扉は開閉を半ばで中断してしまう。

「どうかした?」

 固まる少年の後ろでリーナはその奇妙な行動に対しての疑問を投げかけた。

 フィールはすぐに開きかけた扉を閉め、リーナに向き合う。そして。

「あ、あのさリーナ! い、家の中が……その、予想以上に散らかってるから、えぇっと……。と、とにかくちょっと待ってて!!」

 それだけ言い残し、バタンと大きな音を立てて、フィールは家の中へと入っていってしまった。

「え? な、なんなの?」

 玄関前に一人取り残されたリーナの頭上には大量のハテナマークが浮かんでは消えていった。


 *


 家の中に入ったフィールはすぐさまリビングのソファーに寝転んでいる少女に小声で、しかし出来る限り急いで問いかけた。

「な、なんでキミがここにいるの!?」

 しかし、鮮やかな銀髪の少女は特に驚いた様子もなく、寝転んだままでフィールへと紅の視線を向けた。そして言ってきた。

「おかえり、フィール。何をそんなに慌てている?」

 その返答を聞いたフィールは軽い目眩(めまい)に襲われた。

 今朝フィールの窮地を救い、さらにはラグレイトを託してきた黒いドレス姿の謎の少女。その人物がまさしく今、自分の目の前にいるのだ。

 フィールはその事実を受け止めようと努めた。そして急いで目眩を追いやり、なんとかフィールは言葉を発した。

「と、とにかく! どうやって僕の家の中に入ったの!?」

「ん? 鍵は開いていたぞ?」

 またもやフィールを襲う目眩。そういえば今朝はDGの襲撃によって鍵をかける余裕もなかった筈だ。それでもフィールは些か自分に腹が立った。

「断じて不法侵入ではない」

 そんなフィールを余所に、少女はやんわりと続けた。

「わ、分かった。それについてはよ〜く分かったよ。と、とりあえず今は隠れて!」

「何?」

「いいから! ほ、ほらっ。こっち!!」

 少女の華奢(きゃしゃ)な腕を取り、急いで部屋から連れ出す。

「ふふ。思ったよりも強引だな、ボウヤ」

 手を引かれる少女は小さく笑らいながら囁いた。

「非常事態だからだよ!」

 ドレス姿の少女を一先ず風呂場へと押し込み、フィールは念を押した。

「僕が良いって言うまでここで待ってて。いい?」

「あぁ、分かった。さては……女か?」

「いいから!」

 ニヤリと笑みを浮かべた少女の質問を遮り、風呂場のドアを勢いよく閉めるフィール。そして深いため息を一つ吐いてから、再び玄関へと走った。

「ここは、風呂場か……」

 少女の呟きは白いタイル張りのその空間の中で、程よく反響した。


 *


 キッチンから香ばしい匂いが運ばれてくる。それはリビングで待つフィールもよく知っている懐かしい香り。しかしだ。

「どうしよう……」

 今のフィールの焦る心は、幾らリーナの焼くおいしいクッキーの香りでも紛らわすことはできないでいた。

 結局約束通り、リーナを家に入れることになってしまったフィール。おそらくリーナも風呂場等には用はないだろうだから、大丈夫だと考えたわけだが……。

 フィールは先程まで少女が寝ていたソファーの上で頭を抱えた。もちろんため息のオマケ付きだ。

「フィール?」

「えっ!? は、はいぃ!?」

 フィールの口から上ずった声が出た。この状況ではリーナの呼びかけにも過剰に反応してしまう。

「クッキー、できたよ」

 対するリーナは満面の笑顔でキッチンから皿に盛ったクッキーを運んできた。

「あ……う、うん」

「さ、食べて食べて」

 そう促され、フィールはクッキーに手を伸ばす。そして一口。

「どう?」

 クッキーは程よい甘さを口の中へと広げる。その味は昔と少しも変わっていなかった。

「……うん。おいしい。それに懐かしいな、この味」

「そう。よかった! …………少しは元気出た?」

「え?」

 フィールはクッキーからリーナへと視線を移す。

「基地で見た時からなんだかフィール、元気なかったから……。あの戦いが関係、してるんだよね……?」

「…………」

 その通りだった。今朝の戦闘。その中で生まれた酷く重い感情。それは罪の意識だろうか。それとも自分への後悔なのだろうか。心に張り付く一つの想い。

 バルトレットらに食い下がったのも本当はそれが理由だった。一人でいると、その感情に押し潰されてしまいそうで……。

「フィールは、……悪くないよ」

「え?」

 驚くフィールにリーナは真剣な眼差しを向けて、続けた。

「フィールがいなかったら……。もしあの時、フィールが戦わなかったら、……バルトレットさんもセレンさんも、どうなってたか分からないもん」

「リーナ……」

「あたし、知ってるよ? フィールが戦うの嫌いだってこと。本当はガゼットなんかに乗りたくないってこと……。でも、それでも軍人になろうとしてるフィールの気持ちも」

 そうか。リーナは気付いて――。

 その時ふと、この心を侵す重みが、少し軽くなったような気がした。

 フィールはリーナにいつもよりも幾分かぎこちない笑みを見せる。そして言った。

「ありがとう。リーナ」

 それから、一呼吸置いて続ける。

「でもこれはそう簡単に割り切れないし、割り切ってはいけない感情だと思うんだ……。だから僕は――」

「うん、分かってる。でも――」

 太陽のような優しい笑顔を向けて、リーナも続けた。

「相談に乗るくらいはあたしでもできるよ? なんたってあたしは、フィールの幼馴染みなんだから」

 フィールは思い出す。そういえばいつも、自分が悩んだ時は決まって、リーナが傍で言葉をかけてくれた。その度に一つ一つ重みが取れたような気がして、また自分は前に進めたんだ、と。

 ――ありがとう、本当に。

 心の中でもう一度、フィールはリーナに感謝した。

「は〜い、湿っぽいお話はこれで終わり! さぁ、冷めない内にクッキー食べよ?」

 そう言われ、口に運んだ二個目のクッキー。それは一個目のものよりもずっと甘く、ずっと懐かしい味がした。

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