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第一話 白騎士 目覚める刻(1)

 窓から差し込む光。それは教室に並べられた机や椅子、そしてそこに着席している生徒たちを優しく照らしていた。

「つまり、我がデルラント共和国はこの世界において初めての民主主義国であり――」

 開放されたままの窓から入るそよ風により、カーテンが踊るように少し揺れた。

「であるから、他国においてこのデルラントは……ん?」

 四十人ほどが座る教室の中の教卓、そこで教科書を音読していた教師が一人の男子生徒に目を止めた。

 その男子生徒は机に片頬を付けて完全に眠っていた。教師としては見逃せない行為だ。

 教師はため息を一つ吐いて、男子生徒の席の前まで近づく。そして自身の教科書で軽く生徒の頭を一叩き。

「まだ授業中だぞ? フィール・ストライトくん」

 やや長めのショートカットにした黒髪と青い瞳を持つ男子生徒、フィール・ストライトは目を覚ました途端、寝ぼけ眼で一言。

「先生? おはようございます」

 途端、教室中から小さな失笑が上がった。

「すみません。……昨日は訓練が長引いてしまって」

 フィールは教師に半ば弁解するようにそう呟く。

「お前の気持ちも分からんではないが学校は学校できちんとしないとな。軍で頑張るのは良いことだがここのところキミは居眠りが多い。注意しなさい」

 教師はそれだけ言って授業を再開するため教卓へと戻った。

「本当に最近は居眠り常習犯になっちゃったよね〜、フィールは」

 フィールの隣の席に座るオレンジ髪の女子生徒がそう囁いた。

「しょうがないだろ。セレンさんがなかなか帰してくれないんだからさ……」

「でも軍に志願したのはフィールの方でしょ? だから、それはセレンさんの責任じゃないわ」

 女子生徒は悪戯っ子のような笑顔を浮かべながら言った。

「うっ、まぁそうなんだけどさ」

「フィールくん、リーナさん。私語は慎みなさい」

 教師が小声で話す二人に先ほどよりも強い口調で注意した。

「す、すみません先生。……今のはリーナの所為(せい)だよ」

 フィールに軽く睨まれた女子生徒、リーナは胸の前で謝るように手を合わせた。


 *


 世暦2035年。ここ、デルラント共和国は六年前に終結した戦争、所謂「連合戦争」においてもその“中立”という立場を貫き続け、その戦火からなんとか身を守った。

 「連合戦争」によって戦争の脅威を再確認した政府は軍隊入隊年齢を十六歳まで引き下げ、あくまでも自衛のためという名目で戦力増強を進めてきた。つまり、高校と軍の両立ができるようになったのである。フィールもその内の一人だった。

「今日も行くの? 軍人さんの訓練しに」

 グリーンの瞳、明るいオレンジ色の髪を後ろ髪以外はうなじ辺りまでのミディアムヘア、そして紐で一つに束ねた後ろ髪の一部は腰辺りまで伸ばしている少女、リーナ・クロインは一緒に下校しているフィールにそう聞いていた。

「訓練生に休みはないからね。でもこれでもけっこう楽しいんだ。今の生活は。何て言うか、充実してるっていうかさ」

「ふ〜ん、そうなんだ。頑張ってるもんね、フィールは。きっとお爺さんも喜んでるよ」

 リーナは笑顔で言う。

「そうだと、いいな……。それじゃまた明日」

 そう言って別れようとしたフィールをリーナが呼び止める。そして自分の学生鞄の中に手を突っ込んで、何やら探すような仕草の後。

「あったあった。はいコレ。基地の軍人さんたちに配ってあげて。日頃フィールがお世話になっちゃってるからね」

 渡されたのは綺麗にラッピングされた手作りクッキーだった。

「さぁ行って。訓練遅刻しちゃうよ?」

 フィールはリーナのこの行動に少し戸惑いながらも、手作りクッキーを鞄に入れて基地へと走った。


 *


「準備完了です。今日も訓練、お願いします!」

 基地に到着し、学生服から白を基調としたパイロットスーツに着替えたフィールは、中庭で自分を待っていた軍服を着た女性にそう報告した。彼女がフィールの上官である。

 うなじ辺りまでの金髪のポニーテールに青い瞳、身長はフィールとほぼ同じで女性としては長身だ。体付きはグラマーで、軍服の上からでも見る者に十分に大人の女性を意識させる。

「よろしい。それではこれよりDG操縦訓練を開始する」

 フィールは金髪の上官、セレン・ヴァレンタインの指示で訓練用DGの前に立った。膝を付いた巨大な機械がフィールを見下ろしていた。

 三次元高機動戦術機械、通称ディメンションガゼット。

 「連合戦争」時に初めて実践投入された全高五メートルほどの人型兵器。長らく地上戦における主力兵器として君臨し続けてきた戦車をも越える新しい兵器。背部ブースターでの移動力と跳躍力は地上での優れた三次元戦闘を可能にし、人間と同じ五本指を模したマニピュレーターはあらゆる武器を装備できる。装甲強度は戦車に劣るものの、それを補って余りある汎用性を秘めた戦闘機械。それがディメンションガゼット。

 そして今フィールの前に鎮座する第二世代型DGディーセントは過去の「連合戦争」において、大国オルガイア帝国が主力として運用していた機体であり、世界で初めて実践投入されたDGでもある。

 鋭角的なフォルムで頭部に付けられている外部情報収集カメラは一つ。カラーリングはオルガイア帝国のものとは違い、青に塗装されている。

 このディーセントは訓練用のため武装は取り外されてあるが、目の前のそれはまさしく兵器なのである。

「フィール……。大丈夫か?」

 機体の前で暫し硬直していたフィールを心配するようにセレンは声をかけた。

「あ、すみませんセレンさん。大丈夫です。ちょっと思い出しちゃっただけだから……」

 機体背部のハッチが開く。次いでコックピットが外へと()り出してきて、パイロットを乗せる準備が完了した。

 それを確認したフィールは機体へと乗り込んだ。

「……大丈夫だ。僕は人を守るためにこれに乗るんだから……」

 まるで自分に言い聞かせるように小さく呟く。

 機体起動。鎮座していたディーセントはゆっくりと立ち上がり、動き出した。


 *


「ほう。あの新入り、なかなかいい動きをしやがる」

 フィールの訓練を基地の整備棟から見ていた男は言った。身長はフィールやセレンよりも十センチほど高く、軍人らしいガッシリとした体格をしている。灰色の瞳に後ろへと掻き上げたような茶髪のオールバック。そして顎周りには無精髭。年齢は三十代前半といったところか。

「おっ、隊長もあのボウズに目を付けましたか」

 男の隣にいる中年の整備士が言った。

「まぁ悪くはない。だが俺に比べたらまだまだ、だな」

 この基地のDG部隊隊長、バルトレット・ウォーランドは整備士に対して冗談っぽい口調でそう呟いた。そして胸ポケットから煙草を一本取り出し、火をつける。

「隊長、ここは禁煙ですよ?」

「ん? そうだったか?」

 整備士の視線と注意などまるで気にせず、バルトレットは口に含んだ紫煙(しえん)をゆっくりと吐き出す。

 少年の訓練が終了したのは煙草をちょうど三本吸い終わった頃だった。


 *


『フィール、お疲れ様。……休憩、入れていいよ』

 機体の視界画面内に新たに小さい四角形の画面が現れ、上官であるセレンの映像と音声が流れた。そこには先ほどまでの軍人としての顔ではなく、姉のように後輩を気遣う表情が伺える。

「えっ、まだやれますけど……?」

『休憩は適度に入れて、訓練での集中力を維持する……。これが上達のコツ』

「は、はい。わかりました」

 フィールが機体から降りた時、バルトレットが近付いてきた。

「よ〜う、新入り。なかなか筋がいいな」

「バルトレット隊長……。どうしたんですか?」

「いやなに、セレンの奴が将来有望な訓練生がいるって言ってたからよ。どうだ? ディーセントの感じは」

 フィールは一度機体に目をやって、少し考えてから答えた。

「ええっと、少し挙動が遅く感じます。あんまり思い通りに動かないというか……」

「まぁ今となっては旧式だからな、この機体は。だがここで朗報だ。来週辺りにはこの基地にも初のデルラント産DGが配備されてくる」

「本当ですか!?」

「おう! つまりは新型だ。これでわざわざオルガイアの奴らに機体を発注しないで済むってことだ」

「隊長……。そういう情報を公言するのはあまり感心しませんね」

 セレンがバルトレットの背後から声をかけてきた。

「セレンか。オーケー、以後は気をつける。……少し煙草いいか?」

「それなら喫煙所でお願いします」

 セレンはピシャリと言った。


 *


 「連合戦争」。それは八年前、大国オルガイア帝国が始めた戦争だった。

 世界の約三分の一を支配する大国に対抗するため、諸外国は同盟を結び、超巨大な連合国家が誕生した。それが今の「ジルオーブ連合国」である。

 当初はいくらオルガイア帝国といえどもこの世界の半分以上を領土とする連合国家には対抗できないと思われていた。本格的な戦争は起こらず、睨み合いが続くと考えられていたのだ。しかしそれは大きな間違いだった。

 オルガイア帝国によるディメンションガゼットの実践投入である。

 その戦果はまさに脅威的で、連合国の主力戦車隊はことごとく敗退。後退に後退を重ねた結果、二年後には遂に領土差が逆転。それは世界統一をも射程圏に捉えられる勢いだった。

 しかし、連合国も量産型DGドラングの開発に成功。負け続けだった戦局を互角ほどまでに押し戻した。

 そんな中、突如としてオルガイア帝国が休戦を申し入れてきた。当然、一度は反対した連合国だったが、結局はその申し出を受諾。こうして「連合戦争」は終結を迎えたのだった。

 休戦受諾の理由としては長い間オルガイア帝国を支配し続けていた好戦的な第八代目皇帝の死去。また、一番の理由となったのは新たに皇帝として即位したのが、第一皇子でもあったクランド・ノヴァ・オルガイアだったことだ。

 第九代目皇帝になった彼は父親とは違い、温厚で争いを良しとしなかった。上級貴族の反対を押しきって休戦を申し出たのも彼だったのだ。

 そのお陰でデルラント共和国はオルガイア帝国がすぐ隣まで領土を広げていたにも関わらず、難を逃れた。

「でも僕の故郷は死んだ。無くなったんだ……戦争の、所為で……」

 フィールは自分の部屋のベッドに寝転びながら呟いていた。

 もうすっかり真夜中だった。窓から入る月明かりが、明かりを付けていない部屋の中を青白く照らしている。夜の輝きを放つ星へと目を向ける。綺麗な満月だった。

 しかしその美しさは何処か無責任で、人の過去を洗いざらい抉るような気さえする。だから決まってこんな夜は自分の決意や夢が正しいのか正しくないのか、分からなくなってしまう。

 訓練は今日も長引いた。フィールが帰ってきたのはついさっきのことだ。

「みんな……。僕、間違ってないよね?」

 「連合戦争」が終結してからもう六年。フィールは誰もいない家で一人、過去に向かって囁きかけていた。


 *


「フィール! フィールってばぁ!」

「ん、んん?」

 目を開けた途端、飛び込んできた明るい日差しにフィールは思わず顔をしかめた。どうやら昨日はあのまま眠ってしまったようだ。まだ学生服のままだった。

 寝起きの頭を一度左右に振ったところで窓の外からリーナの声がしているのに気がついた。

 ベッドから這い出て窓を開ける。そして顔を出す。フィールの部屋は二階なので、当然下の方へと視線を移す。

「もう、遅刻しちゃうよ!?」

 グリーンの瞳で少し怒ったようにフィールを見上げながら少女は言った。なんだか鞄をブンブン振り回している。

「ごめん、すぐ用意する」

 フィールは慌てて予備の学生服をクローゼットから引っ張りだし、学校へ行く用意を始める。

 それはいつもと変わらぬ日常の光景。

 六年前、フィールがこの家に引っ越してきた時からの友人であるリーナは、何かとこの黒髪の少年に世話を焼いていた。所謂(いわゆる)幼馴染というヤツだろうか。

「遅刻したらパン一個おごりね」

 やっと玄関から出てきたフィールに確認するようにリーナが言う。そして答えを聞かずに学校に向かって走り出す。歩いていたら遅刻してしまうのだ。

「はいはい、パン一個ね」

 フィールが後を追って走り出そうとした瞬間。太陽の光を遮った何かが二人の頭上に影を作った。咄嗟に空へと視線を移す。

 信じられなかった。信じたくはなかった。その瞬間、現実は平穏の終わりを少年に静かに告げていた。

「ディメンション、ガゼット……?」

 頭上を飛行する多数の機影。その各々が一体ずつ引っ提げている紺色の機械。それは紛れもなくディメンションガゼットだった。

◎三次元高機動戦術機械について

通称「ディメンションガゼット」。または単に「ガゼット」とも。

Three Dimensions High Mobile Tactics Gadgetの略。

全高五メートルほどの人型戦闘兵器である。

頭部には外部情報収集用カメラ、索敵用レーダーが内臓。胸部にはモジュール式脱出機構を採用したコックピット。腕部は基本的にマニピュレーターとなっている。

動力源はバッテリー式で、電気。MMI(マンマシンインターフェース)はディスプレイ・操縦悍・ペダル。

現在は第四世代型まで実践投入されている。




◎国について

『オルガイア帝国』

六年前の「連合戦争」によって世界最大の領土を得た超大国。また技術力も高く、特にDG技術においては最高水準を誇る。

最高権力者に「皇帝」を置く君主制をとっており、その歴史は250年以上と長い。当然のことながら貴族制。



『デルラント共和国』

世界で初めて民主主義化を遂げた国で、中立国としての歴史も古い。

「連合戦争」以前は小国ながらも優れた戦力を保持していたが、DGの出現にともなってその力は弱体化した。

「連合戦争」時の領土拡大によって隣国になったオルガイア帝国との関係はそれなりに良好。そのため、防衛のためのDGディーセントをオルガイア帝国から買い取っている。

中立国ということもあり、世界で一番の平和な国として挙げられる。



『ジルオーブ連合国』

「連合戦争」時に結成された巨大な国家連合。戦争前はオルガイア帝国を越える領土を持っていたが、逆転されてしまった。

休戦となった現在はオルガイア帝国に対して領土の返還を要求している。



用語多くてすみません。

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