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リリィ



 彼女の物言いたげな視線に気づかないふりをして笑う。なぁに、と首を傾げるだけにとどめれば彼女は結局何も言わず言葉をのむ。それを知っておきながら、あえて声を封じている。



 声にされては困るからと無視をしている。


 「りおーちゃん意地悪じゃない?それはさ」

 「なのちゃん」


 ほらあれ、と指さされた方へ目をむける。


 お客様にケーキやお茶、世界観の説明をさらさらとよどみなく伝えていく後輩ちゃんの後ろ姿がそこにある。心地よい風とともに流てくる甘く柔らかな声。

 それを私は封じている。



 「いいにくくって」

 「でもいわなきゃでしょ、そのうち」

 「そうなんだけど。さなちゃんには言いにくいでしょう?同じだよ」

 「うちと沙苗さんは違くないかなー」



 

 同じようなものだよ。おんなじ。私にとってはそう変わらない。



 ここで重ねた日々と同じように降り積もった灰は、叩いても叩いても落ちていかない。けど、あんなに慕われてたら言いにくいじゃないか。なんで最後に受け持つ後輩があんなにかわいいのかなぁ。



 



 「まーまだやめないから、それまではね」

 「なんていうか、よくここで生き残ってきたよね」

 「流れに任せてたらね」

 「みえる、みえるよ〜そうやってあっ私じゃないんだ…って離れていった子たちの姿が。それでみんなファンになっておしまい、でしょ」

 


 当たらずとも遠からず、かもなぁ。


 「あはは」





 なのかちゃんはよくみてるから誤魔化しにくくて困るね。



 「なんかあったら言って」

 「ありがとう」



 じとーっとした眼差しを背中に受けながら私もお客様のもとへ向かう。ゆったりと落ち着いた足取りで、どことなく眠そうに、日差しを浴びてきらめく木々や光に目移りしながら、それでも瞳に明確に移すのは、彼女だけ。それが今のねむだから、ね。




 「リリィちゃんシフト変わってくれない?」


 丸一日しっかり働いてさぁ家に帰ろうと休憩室の扉を開ける直前、バイトの先輩、宮城なのかさんにそう言われました。宮城さんはここで鈴蘭ってお名前でふるまっている、ゆるふわちくっと系の幼めフェイスなお姉さん。わたしより4つ上なんだよ…みえない…だって莉桜先輩がわたしの2つ上でしょ…??やばー。


 「…リリィちゃん話聞いてないでしょう」

 「きいてますよぉ!シフト、いつの話ですかー?」

 「来月の21と22」

 「あーいいですけど、なんでですー?」


 ちょいちょいと手でよばれたので、荷物をおいて素直に近づく。と、しーっと人さし指をたてて、「内緒だからね」と話されたことをまとめると、


 「つまり、躑躅さんへサプライズをしたいので、その直近は顔を合わせられない…?」

 「そう。お客様にも躑躅さんのお誕生日会は周知してるけど、それはイベントとして。鈴蘭個人からのサプライズをしたいの」

 「イベントでもやりますよね?お手紙とか特別アルバムとかそういう」

 「それは鈴蘭個人というより、代表鈴蘭って感じじゃん」


 


 なるほどー。まぁ言いたいことは、わかる。

 べつに予定が入ってるわけじゃないしかわってもいいけど………うーん…。


 


 「莉桜ちゃんその日シフト入ってるよ」


  ………。

 

 「それほんとですか」

 「嘘つかないよ」

 「いいですよ、かわります」


 ありがとね、という言葉とともに去っていく後ろ姿に、しまったっ!と思っても遅かった。


 先に帰られちゃったな~。


宮城さんにはいつも一緒に帰る人がいて、中野来和さんっていうキッチンスタッフの方なんだけど…たぶん、付き合う手前って感じ。そこは鈴蘭×躑躅で、なのか×沙苗じゃないんだなーって思う。こういうのって引っ張られて好きになっちゃったりしないのかな?







******************








 「と、思うわけなんです」

 「リリィちゃんはひっぱられちゃうんだ?」


 くすくすと可愛らしく笑ってそのまま目線をこちらに流すのやめてもらっていいですかね莉桜先輩。なんなんですか?落としに来てるんですか?わたしそんなにちょろくないんですけどぉ!!


 「そーいうことは!ないのかなって!それだけですぅ!」



 久しぶりの先輩とのお給仕だったから楽しみにしてたのにからかうなんて〜〜〜!!!あーもうひどい。


 「ごめんね、かわいいから意地悪しちゃった。んーそうだな…私はあんまり引っ張られたりってことはないよ」

 「そうなんですねぇ…じゃあみなさんわりきっていらっしゃる?」

 「それはどうだろう。ここもごちゃごちゃだから」


 言葉をぼやかして曖昧に莉桜さんは微笑む。この先は踏み入るべきではないと線引された気がする。いや、されたんだろうなぁこれは。


 「いろいろなんですね〜〜」

 「ね〜」


 

 まぁいいか。他の人のこととかわたしと関係することじゃないし。

 そろそろ交代だね、莉桜さんが席を立つ。それに続いて私もリリィから百合に戻った。






****************





 「百合さんのおすすめを教えていただけますか?」


 「はぁ〜い!わたしのおすすめは今がいっちばん美味しい桃のタルトとピーチティーですよぉ!さっぱり涼やかならベリーのパフェもいいと思います」

 

 ささっとメニューをひらいてみせる。押し付けすぎないように、でも百合はお友達みたいに振る舞うはず。


 「迷うなぁ…んー」

 「うちがパフェ頼むよ」

 「いいの!?じゃあ私は桃のタルトで、ピーチティーに」

 「ベリーのパフェと合歓様のおすすめティーの1で」


 「桃のタルトとベリーのパフェ、お飲み物はピーチティーと合歓先輩おすすめティー1ですね!こちらは合歓花とシナモンのお茶です。うえにすみれを浮かべているのですがよろしいでしょうかぁー?」

 「だいじょうぶです」

 「はい!ご注文承りましたぁ!」


 メモをとってキッチンまで持っていく。席は窓際二人席、日があたるからちょっと暑いかも。

 仕切りの向こう、棚にメモを貼り付け声をかける。

 

 「サービスのレモン氷って――」

 「持ってっていいよ、新しいの作るから」

 「はぁーいありがとーございまーす」




 バタバタとした姿はみせずゆったりと。でも今日はお客さんが多いから忙しい。レモン水が入った瓶にさっと氷をいれてまわる。日があたらない席は涼しめだから少なく、さっきのお姉さん達には多めに、っと。それから出来上がった料理やお茶をお届けして、ひと呼吸。


 「んんー今日はいいお天気で…あつい…ですぅ」


 大きく拾い出窓に浅く腰掛けて、レースのカーテンをひきながら呟く。


 「…ぁ」


 吸い寄せられるようにブランケットに触れ、それを寂しげにみつめて引き寄せる。表情はせつない眼差しを維持。


 この出窓は眠れるほど広く、下にはクッションマット、この時期は涼やかな綿麻のブランケットにクッションが置かれ合歓先輩の特等席。だいたいここで合歓先輩は本を読んでいたり眠っていたりする。

 そんな場所に座って、ガラスに頭をくっつけながら外へ視線をうつし「…せんぱいのいじわるぅ」と言えば、健気な後輩アピールはお客様たちに届くはず。


  

 もうすこしなにかしようかな、と思っていたらガラス向こうで先輩がお客様にお給仕している姿が目に入った。いつみても所作がきれいで、どことなく、育ちが良さそうだなと感じる。うちも裕福は裕福だけど、もっと余裕がある感じ。


 あっ目があった。

 穏やかに、愛おしいといいたげに目尻を和らげて先輩は笑ってくれた。のに、ふわりと対応していたお客様に向き直る。なんだ、こっちに来てはくれないんだ――――また、目があった。


 こんどは口パクで何か伝えてくる。

 読唇術とか使えないんですけどねぇ……?

 首を傾げていればガラス向こうの先輩は仕方がないな、みたいな呆れを含むやさしい眼差しで手を振ってくる。ほんとに何なんだ??


 『わかりませんけどぉ!』

 こちらも口パクでかえしてみる。どーだわからないでしょ!

 

 けれど先輩はこくこくとうなづいて、また何か返してきた。クッションをポスポス叩くわたしを手でさしてお客様とまた話し出す。はぁーもうなんなの〜〜!期待しちゃったじゃん。今日先輩塩対応すぎじゃない?わたしとあなた、ここでは一応推されてる組み合わせなんですよ〜!!


 最近ぜんぜん絡んでくれないし、シフトあわないし、お客様に今日もまた「合歓様と…その…」って言いにくそうに「喧嘩でも…?」って心配されちゃったんですよ〜〜〜!!!


 休憩のときは普通に話してくれるのに…一体何なんだ…あーもやもやする!!だからちょっとわたしもリリィじゃなくて百合の気持ちに引っ張られてるのかなって悩んでるのに!からかってきたりしてぇ…!



 「ひどすぎじゃないですかぁ…?」



 お客様を意識して、健気な後輩アピールをし続ける。

 もういいよーだ!わたしだって先輩との組み合わせ推しされるの結構好きなんですからね!なくさせませんからね!



 「ふふ、かわいいから、つい」


 空気が揺れ、柔らかな気配が場を支配した。


 「ねむのかわいい猫ちゃんは甘えたさん、だね」


 ささやくように、けれど先輩の動向を追うお客様たちにじゅうぶんきこえる声量で。


 「――やりすぎちゃった、かな?」



 さらさらとミルクティー色の髪が肩を流れ落ちていく。いつの間にやら私の隣に座っていて、「ゆるしてくれる?」とささやいてくるこの先輩は、ぜったいSだ。


 「…………」


 「イジワルなねむも好きって言ったの…嘘だった?」


 「……」


 わたしの髪を梳いて、仄暗い、ドロリとした熱をまとって百合にだけ囁いてくる。

  

 「でも、もう手放せないよ」


 いやいやいやいや重い重い重い!!!!



 「わたし!好きはいってないですよぉ!きらいじゃないとは、たしかに、いいました……けどぉ…」

 「ふふ、そうだったね。あのときの百合、すっごぉくかわいかったなぁ」



 ぱっと熱を流し空気を明るく変えて先輩は百合からはなれていく。くるりとスカートで円をつくってわたしに手をさしだす。


 「お花畑にとどまっていたら、オオカミさんに狙われちゃうの。気をつけてね」


 その手をとってたちあがる。そのオオカミはここでいうところの合歓先輩なわけでしょう?


 「わたしを大切にしてくれるならかまわないですよぉ?」


 上目遣いにあざとく、先輩の手を自分の胸の前でぎゅっと握って。合歓先輩にだけわかるように挑発的に笑った。


 やられっぱなしなんて悔しいもん。あなたも百合に困らされたらいい。莉桜のときも百合のことを考えてしまえばいいのに。




 ばっと手をひかれ腰に手がまわってきたと思ったら、麗しすぎる顔がめのまにあった。いやほんと睫毛ばっさばさだしシミとか全然ないし肌しろい…え、なめらかじゃん…??ていうか間近でみると先輩の目って髪とおんなじで色素薄いんだ……。



 「それ、ほんとに本気にされちゃったらどーすんの。程々にしておいてね、心配だから」




 「んんーと、先輩になら本気にされてもいいかなーみたいなぁ?」

 「そうやって挑発するのはやめなさい。何かあってからじゃ遅いよ」



 はぁい、といいこのお返事を返せば背と腰にまわされた手の力が緩む。

 それ言うためだけに抱きしめたんですねぇ…お客様に聴こえないようにという配慮だってわかってるけど、けどもね?そういう先輩の態度のせいでこっちは勘違いしちゃわないように気をつけてるんですよ??


 

 「ねむせんぱい?」

 「ゆり、ほかのこにそんなこと、いっちゃ、めっ!だから…ね」

 「んん〜ふふふ、はぁい!」





 ほんと、勘違いなんてわらえないもんねー。



 ここで甘くささやかれているのは、百合だもの。リリィじゃない。リリアナ・プライスじゃ、ない。

 百合は合歓先輩が好きだけど、リリィは真山莉桜のことを先輩としてしか、みていない。



 それだけ。


 それだけであるべきだもん。



真山莉桜まやま りおう


モマンでは三年生の

院瀬見 合歓 (いせみ ねむ) 

として働いている。演技力がずば抜けた天才。



リリアナ・プライス


モマンでは一年生の

北條百合 (ほうじょう ゆり)

として働く。新人アルバイトちゃん。たびたび先輩にときめかされては戸惑っている。


宮城なのか


モマンにて二年生の

姫宮鈴蘭 (ひめみや すずらん)

として働いている。ちくふわ系の女性。


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