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夢をみた


 きいてアメリ、一つ、****が下にいるときはけっして降りてこないこと。

 二つ、夜は図書室に近づかないこと。

 三つ、****に何を言われても耐えるの。ごめんなさい、アメリ。いつか、いつかここを出て二人でお茶をして、のんびり散歩をしたりして、穏やかに、どこか遠く離れたところで二人で、二人で暮らそうね。だからそれまでは。


 お母さん頑張るからね、頑張るから、もうすこし待っててね。
















 「リーアのお家にはこわいドラゴンがいます。ドラゴンは臆病で、乱暴で、傷ついていて、何でもかんでも敵だと思っている、そんなドラゴンです。それから、優しくて穏やかな王様がいて、だけど王様はお妃様を亡くしてからすっかり人が変わってしまいました。だからええと、ええと……なんにも持たないつまらないお姫様は、お城を飛び出しました」




 創作のお話をつくろう、なんて授業は私にはこれっぽっちも面白くなかった。近くの幼稚園の子たちに読みきかせる物語をつくろうとか、そんなことを言われても面白い話なんて作れるわけがない。だから正直、誰のどんな話を聞いてもつまらなかったし、やる意味ないと思ってた。 


 それでも作らなきゃいけないから、どこにでもありそうな話をなんとなく作って、ありふれたはなしを、ありふれるそれらと同じように結末へ導いて、それで、終わり。でも、同じ班のアメリ・スールさんは違うみたい。こんなのテキトーにやっちゃえばいいのに。「ええと…うーん、お城を飛び出して、えっと、それから…」次のお姫様の行動がわからなくてうんうん唸るアメリちゃんは、なんとなく、生きにくそうだなと思う。


 「ねぇアメリちゃん」

 「ぁ、な、なに?」

「リーアってお姫様なんでしょ?ほんとにお姫様は何も持ってないの?宝石とかさ」

 「……もってない、よ」

「ふーん?じゃあお城を飛び出してもどうにもならないんじゃないかなぁ」


 宝石も持ってないなら服を売るのかな?何も持ってないのならお金だってないわけだし、身につけているものを売らなきゃ生きていけないじゃん。


 「リーアは、どうにもならないけど、お城にいたくないから飛び出したんだと、思う。なにもみたくなくなって、なんにもなくていいやって思ったんだ」

 「何もなくていいならこの話、続かないんじゃないの」


 「つづけなくて、いいかなって」


 「そしたらお話を作ってる意味ないじゃん。うちら幼稚園の子に読みきかせなきゃいけないんだし」

 「……ええと、じゃあ、その、ヨレルちゃんはどんなお話、つくったの…?」



 あまりにも下手な話の変え方に、ちょっと笑いそうになるけど、困らせたいわけでもないから乗ってあげることにした。


 「私の作った話は…なんてことない、どこにでもありそうな誰でも思いつくようなへーぼんなお話だよ」


 どこにでもある、絵本とおんなじような始まりで。

 終わりのお話。


 「んー、と、レニレイという花の妖精がいました。レニレイは妖精の国で開かれる宴によばれていて、宴に出席します。するとそこではみ~んなきらびやかな衣装を身にまとって踊ったり歌ったり、だけどぽつんとつまらなそうにした妖精を見つけて、レニレイは気になっちゃう。どうしたの?って声をかけようとしたところでその妖精が妖精女王様の前に出て、宴をぶち壊してやるー!!って暴れ出すの。慌てるレニレイ。妖精女王様は闇の妖精を拘束しようとするんだけど、闇の妖精がレニレイを人質にして言うわけ。ボクはいつも独りぼっちだ、明るいここではすぐに消されてしまう。それなら呑み込んてしまおう、この花の妖精のようにね」




 私の話をきいて、アメリちゃんはびっくりした顔をして、それからにこにことと笑って、ふわふわとお花を飛ばす。


 そんなわくわくした表情を見てしまうと、こんなありふれた話の何がいいのかわらなくて、なんだか自分がひどく汚れたもののように思えた。


 「それで!?それでレニレイはどうなっちゃうの!」

 「そりゃあレニレイは呑み込まれちゃうよ、闇の妖精に」



 




 レニレイは気がつくと真っ暗な場所にいました。おひさまの光が届かない暗闇の中では、花の妖精であるレニレイはちからが使えません。困ったレニレイが途方に暮れていると、闇が一層濃いところを見つけました。そこでは何かがもぞもぞと動いています。


 はっ!とレニレイはそれがなんなのかわかりました。なぜなら先程見た、寂しげな顔が頭に浮かんだからです。

 レニレイはそっと近づいて、問いかけました。

 

 「どうしてこんなことをしたの?」



 すると闇の妖精は「独りは寂しい、もう耐えられない。ほんとうはボクだって暖かい光を浴びてみたかったんだ。それだけだったんだ」


 そう話してくれました。


 「…」


 レニレイはなんだか悲しくなりました。闇の妖精の言葉がせつなくて、思わず手を伸ばして闇の妖精の手をぎゅっとにぎりました。


 「明るいところではいけないのなら、私の影においで」


 お外で咲くレニレイの花の影ならば、闇の妖精も光のもとにあれるとレニレイは考えました。闇の妖精はおずおずと顔を上げ「いいの…?」と不安げです。レニレイは微笑んで「いいよ」と答えました。そうして彼からこぼれたしずくを指先でとると、いっしょにいようと手をひいて立ち上がります。


 それから闇の妖精につれられて宴へ戻ると、レニレイは彼と共に妖精女王のもとへ連れて行かれました。周囲の妖精たちが口々に彼を非難しましたが、レニレイは彼の手を握って離しませんでした。それをみた妖精女王はレニレイに「恐ろしくはないのか」とききます。「そいつはお前を闇にさらい、祝の宴を壊そうとした罪人だ」と。

 

 「まちがえてしまったのはいけないことです。妖精女王様、でも私は、彼が間違えてしまっただけなのだとしっているのです」


 「だから怖くないと?許そうというのか?」


 「いいえ。ですが私は彼の罪をともに背負います」

 

 「ふむ、そうか」


 それならと妖精女王が罰を与えようとすると、レニレイを知る妖精たちが口々に「危ないよ」「何を考えてるの!」「レニレイのバカ!」「どうするつもり」「やめなって!」とレニレイの周りに集まってきます。

 そしてレニレイと闇の妖精を引きはがし、彼らは妖精女王ヘ願いました。



 「レニレイはかんけいありません!」

 「罰するならあいつだけで!」

 「女王様!」



「だ、そうだが…お前の意志は変わらんのか」


 「妖精女王様、私の心は変わりません。彼の言葉をきいたもの!」


 自分を心配する妖精たちと目を合わせ手をつなぎ、レニレイはありがとう、と伝えます。

 妖精たちはレニレイにとっては優しいものたちでしたが、闇の妖精にはちっとも優しくありません。それは、なんだかおかしなことだとレニレイは思うのです。

 レニレイに良くしてくれるのなら、レニレイも優しくしたいと思うものでしょう。それはごく当たり前のこと。でも、闇の妖精を嫌いになったりするようなことは、レニレイにはありませんでした。彼がなにかしたのは、レニレイが知る限りでは今日だけのはずなのです。皆が口々に言う「やっぱり」「だから闇の妖精は」そんな声を聞くたびにからだを小さくする彼を見て、みんなどうしてそんなことが言えるのでしょう。



 このこはいままでなんにも悪いことなんてしていないのに。


 レニレイは彼が闇の妖精だとはしりませんでしたが、噂は聞いていました。こわくて醜くて、意地悪で、闇にのみこんでしまうのだと。のみこまれた妖精はかえってこないと。



 だけど、いま隣で震える妖精にそんなことができるとは思えませんでした。なによりのまれた闇にはレニレイと彼以外だれもいない、静かでひんやりとしたまっくら闇。光に拒絶されてしまっては、追い詰められるのも仕方のないことではないのでしょうか。




 「妖精女王様、どうぞ罰を」

 「れ、レニレイ、だめ、だめだよ」


 おずおずと言う闇の妖精の頬をはさんでレニレイは笑います。


 「道づれにしたのはあなたが先なんだから、ちゃーんと責任とってくれるのでしょう?」


 この妖精を独りにしないとレニレイはもう決めたのです。







 「―――では、闇の妖精ノルドを人界300年とし、花の妖精レニレイにはこれを監視することを命じる」



 それはやさしい罰でした。いつかは妖精の国に帰ることができる、やさしい罰。けれど妖精の国しか知らないノルドには厳しい罰かもしれません。人界と妖精の国がある精霊界はあまりにも違うことばかり。妖精たちには水があわないのです。



 それでも。



 「だいじょうぶよ、ノルド!」



 瞳を揺らす闇の妖精を、笑顔にしようと決めたのですから。レニレイはただ、いつまでもその手を離さないでいればいいのです。




 



 


「こうしてレニレイとノルドは手をとりあって妖精の国をでていきました。きっとこれから、この先に、レニレイとノルドの光はあるのです―――これで、おしまい」



 なんのひねりもない、どこにでもある話でしょ、と続けようとしたけれど。ぱちぱちと拍手を送る、にこにこ笑顔のアメリちゃんを前にしては言えなくなってしまって。


 「そんなに、よかった?」

 「うん、うん!すっごく!あっ、でもね、レニレイとノルドはこれからどうなるのかなって思う。あと他の妖精たちはノルドに対して意地悪だよ!おかしいよ!」


 すごいすごいと手放しに褒められるのは、私はない経験で。だからこういうとき何が正解かわからないけど。でもこんなに喜んでもらえるなら、悪くないのかもなーなんて、思ったりして。


 「……、ありがとう」

 「なにが?」

 「なんでもなーい」

 「むう、なにそれ!」



 もう、と頬を膨らませるアメリちゃんは、なんだかちょっと、息がしやすそうだ。それにかわいい。


 「…リーアはさ、好きにしたらいいんだよ」

 「………好きに、する?」

 

 「そう。城を飛び出すほどのことがあって、実際に飛び出したならもうお城のルールに縛られなくていいんだよ。お姫様はお姫様以外にだってなれるの。だってお城にいないんだから」


 「……」



 困った顔でアメリちゃんがうつむく。頭のつむじを眺めながら、私はリーアのお話を考えた。



 リーアはたぶん、アメリちゃんにとって特別なんだと思う。真剣に向かい合って、でもわかんないなんて、大事なものじゃなきゃ考え続けられないから。他の子たちみたいに、私みたいに、これでいいやなんて気持ちがないのはアメリちゃんぐらいのものだ。


 だから、浮く。



 「じゃ、じゃあ、お友達がいても、いいのかな?リーアは、誰かといてもいいのかな…?」



 「それはリーアが決めることでしょ」



 だからなんとなく、リーアとアメリちゃんは似ていると思った。

 アメリちゃんがリーアに似てるんじゃなくて、きっとリーアがアメリちゃんに似ているってこと。もしかしたら、いいんだよって答えたほうが良かったのかも。でもそれじゃ、お城から飛び出したって、飛び出す前とそう変わらない。変われない。



 「アメリちゃんはどうしたいの。リーアをどんな結末に導きたいの?それがいちばん、たいせつだよ」


 「わたしが…」



 お城だけが世界じゃないと気がついたなら。


 飛び出した先にあるものに感じることがあったなら。



 「………私は、アメリちゃんが私のお話をすごいって褒めてくれたの、嬉しかったよ」



 こんなの恥ずかしいから言いたくないけど。

 でも、私の話を楽しくきいてくれた女の子は、すっごく素敵な人だよ。私からみれば、だけど。


 他の人なんて知らない。知る気もない。

 それでも私には、そばにいてくれたらきっと楽しい人。


 「あーはずかし」



 飛び出した先で揺れ動かされる心があるのなら。


 きっと気がつくはず。


 どんなに時間がかかっても、それでも、もうお城を飛び出したのだから。


 それだけで、変わる一歩を選んでいる。


 だから別に、他を気にする必要なんてない。だってもう、私は目の前の女の子を“知らない”って気にしないようにするのは、できないもの。




 「わたし、ヨレルちゃんとお友達になりたい」



 不安げに瞳を揺らして、でも目をそらさずまっすぐに。


 その視線に射抜かれて、私もちゃんと、こたえなきゃいけないんだって思う。


 「メリーって呼んでもいい?」

 「っ!うん!わたしも!ヨルちゃんって読んでもいいかな…!」

 

 「どーぞ」



 照れくさくてそっけなくしちゃうけど。でも、お城を飛び出したあとどうするのか、わかったことはすごいことで。

 なんの意味もないと思った授業が、きっと価値あるものだったって思ったりするのかも。




 「ありがとう!」



 あ、ほら。


 息がしやすそう。




 「なにが?」

 「…っ!なんでもなーい!」


 「なにそれ」


 「ふふ、ヨルちゃん」


 「なに」


 「ありがとう、ヨルちゃん」


 

 



 なんとなく、だけど。

 私もきっと、ノルドと同じだった。

 なんとなく、だけど。

 ノルドはレニレイが手を差し伸べてくれたとき、きっとすごくかなしくてせつなくて、でもホッとしたんだろうな。だからその手を離すことなんて、ノルドからは絶対にできない。でも、手を離されたなら。


その時はあっさりと解くんだ。


解いて、解けた手をふとした時にみつめてしまって、それで、ちゃんと言葉で「側にいて」とか「ぼくをみて」って言えばよかったんだって気がつくの。妖精女王様に、他の妖精たちに、レニレイに、そういえばよかったんだって。




「こんど、うちに遊びにきなよ。べつに今日でもいいけど」


 「え」


 「いやなの?」

 「いやじゃない!けど、」

 

 だったら、ただうなずくだけでいいのに。うなずいてくれたら、リーアをお城に返したりしない。リーアがちゃんと生きやすい場所になるまで、そういうところがみつかるまで、ぜったい。


 ぜったい、手を離したりしないのに。




 「…じゃあ、遊びにいってもいい、かな」

 「私が誘ったんだからいいに決まってるでしょ」


 「うん」




 いつか私も、ノルドと同じように気がつくんだ。

 ただ言えばよかったんだって。でも、素直になれないから今の私は言えないの。

 認めてほしいとか、どうして褒めてくれないのとか、そういう言葉が喉につっかえて、私も私を認めなくなっていく。


 だけど今の私には言えない。言ったら、きっともっとひどいこともいう。

 そして、遠く先の私もきっと言えない。


 この友達がいつか私を必要としなくなったとき、私には必要なんだってきっと言えない。だってこの友達はすごくつよいから、すぐ私はいらなくなっちゃう。そしたらもう誰もみてくれない。私のありふれたものを拾ってくれない。けど、だけど。



 手を離されるまでは、私も握り返していよう。

 その日はすぐに来ると思う。それならそれでいい。

 







































 「アメリちゃん、よかったわね」

 「うん」

 「お迎えに来たって人、アメリちゃんの伯父さんなんでしょう?優しそうで」

 「メリーのお母さんの、兄だって」


 「…本当に良かったの?」

 「いいの。だってメリーにはもう私だけじゃないもん」

 「………そう。後悔しないようにね」



























  「後悔しないわけないじゃん」



 でも会いにいったら、もっと苦しいだけ。

 ばいばいって、言ってしまうのは、すごくこわい。


 またねっていうのは、それよりももっともっとこわい。






   「いやだなぁ」




 なんでこんなに醜いんだろう。

 ほんと、なんでなんだろう。



 ごめんね、お母さん。やさしくないお姉ちゃんで、ごめんね。





 どんなに待っても、ヨルちゃんは来なかった。他のお友達が見送りに来てくれて、お手紙書くねって言ってくれた。すごく嬉しかった。

 伯父さんが手を握っていてくれた。離さないでいてくれた。お空は晴れていて、きれいなお花が咲いていて、だけどわたし、あんまり楽しくないの。うれしくないの。みんなみんな来てくれた。すごくすごくうれしかった。そのはず、なのに。



 ヨレルちゃんがいないだけで、わたし、とってもだめみたい。



 「行こうか、アメリちゃん」

 「ケイン伯父さん、わたし…!」


 ここでわがまま言ったら、嫌われちゃうのかな。


 そうしたら、仲良くできなくなっちゃうかな。


 「アメリちゃん」

 「…ぁ」


 「アメリちゃんがしたいことを教えてくれるかな?」




 ふんわり笑って、膝をあわせて伯父さんがきいてくれる。それだけでなんだか安心してしまった。だいじょうぶ。きっとこの人は、わたしの言葉をきいてくれる。


 わたしの言葉が、とどくひと。



 「あのっ!わたしね――――」


 

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