リリィ
にせものの百合。あくまでも先輩後輩。
コンセプトカフェでのアルバイトの話です。
百合、その語源は揺りで、茎が高く風に揺れることからの命名といわれているらしい。
ゆらゆらと揺れる白い花はなるほど、たしかに可憐な花である。
バイトの制服である、フリルたっぷりのブラウスに深緑のベストとスカート。スカートのしたにはこれまたフリルたっぷりなペチコートをはいていて、くるりとまわってみせると遅れて栗色の髪がついてくる。うん、ポニーテールは正義だな。
私の働いているバイト先に新しく入った可憐な花が制服を確認しているのを眺め、そんなことを思う。
「じゃ、ここの世界観から説明するね」
コンセプトカフェ『Les sentiments du moment』は百合、ガールズラブの表記がついてる本あるでしょ?ああいう女の子同士がいちゃいちゃする世界観なんだけど、店名のmomentからわかる通り刹那の恋がテーマなんだよ。叶わない恋とかそういうやつね。だからこの店で一番多い関係性は先輩後輩とか身分差みたいなのになるんだけど
「関係性ってどぉーするんですかぁ?」
「んー、いろいろ。姉妹設定もあるし、とにかくいっときしか持つことの許されない恋であればなんでもいいよ。あ、恋じゃなくてもいいけど」
「ふ〜ん…じゃあこのリリィガーデン?ってマニュアルは何なんですぅ?」
「この店、なんで都心から離れた場所にあるんだと思う?」
「えーっとぉ、ヨーロッパのお屋敷みたいなのをつくる立地の関係とかぁ」
「それもあるけど、一番の理由は庭なんだってさ。オーナーの理想の百合世界に相応しい庭を作るためなんだって」
木々に囲まれたちょっとした森みたいな場所に屋敷と庭をつくることで閉鎖的な雰囲気を生みだして、囚われの檻のようでいて楽園でもあるということを実感してもらえれば刹那の恋、隠さなければならない想い、そういうものをお客様により感じてもらいやすいでしょ?とかなんとか言われたんだよね。オーナーちょっと変わってるから店で遭遇したら気をつけたほうがいいよ。
で、なんだったっけ…ああ、マニュアルね。晴れてる日は庭でも私達の恋愛模様とかを演じたりするんだけど、そういうときの注意点だね。
「まぁそのうち慣れてくると思うよ。給仕してるときにわかんないことがあったら聞いてくれていいし」
「はぁーい。あ、ここでの名前って花じゃないとだめなんですかぁ?」
「だめじゃないけど植物系の名前で働いてるね。私は合歓木の合歓が名前だし…君の場合は百合とか似合いそうだけど」
「ゆりですかぁ?でも百合ってぴーんってしてなきゃいけない気がしてやですねぇ」
「ぴーん?可憐な花だし、染めたくなるところが似合いそうだと思ったんだけど、まぁ植物ならなんでもいいんじゃない?」
ここで働く時間が長ければ長いほど、名前というものは意味を持つから後悔しないように選ぶべきだけどね。私は困ってないけど給仕日はずーっといるムクゲさんは、もっと可愛い名前をつけておけばよかったとときどきぼやいている。
「染めたくなるんですかぁ?ねむせぇんぱぁい」
「うん。純粋そうなところとかね。そういや、鈴蘭ちゃんと似てるから気があうかもね」
「鈴蘭って毒があるんですよねぇ!ちょっとチクってするんですかぁー」
「ちょっとね。でも片思い相手にはとびきり良い子、わんちゃんみたいに人懐っこい、って役かな。本人もときどきチクってさしてくるけどいい子だよ」
「へー!そうなんですねぇ。わたしの名前、百合にしようかなぁ!リリィって名前気に入ってるので、嬉しいですぅ」
ふわふわと笑う後輩は、まぁかわいいものなんだよね。わたしの後輩でいる期間はそう長くないだろうけど、よろしく百合ちゃん。
「よろしくね」
「よろしくですぅ」
わたしの先輩はなんだか眠たげな人。先輩のキャラクターは『モマン』の舞台であるリリィガーデン、白花女学園の高等部3年生で、ガーデンではいつもお昼寝をしているような不思議系。お客様にお給仕しているときも動きがのんびりしている。忙しいときは正確に、きっちりこなしているからあれもキャラクターにそって行動してるのかなぁ。ええと、お客様は白花女学園のリリィガーデンっていうクラブ活動のお客様?みたいな感じ。なんかお茶をだしたり会話したりでマナーを身につける的な?感じなんだよね。
「すぅ…すぅ…」
春うらら、先輩はすやすやと木陰で眠っている。ねている、とはいったけど多分これもキャラクターにそった行動なのかと思う。先輩はいま休憩のはずだし、本当に寝ていたとしても怒られないけど。
「ねむせぇんぱぁい!あったかくなってきたからってそこで寝ていたら風引いちゃいますよぉ!」
「すぅ………ゆ、り…?」
ぱちぱちと長いまつげを羽ばたかせて、先輩がわたしを見上げてくる。ううん、先輩がこのお店で一番人気な理由わかるなぁ。なんていうか上手なんだもん。仕草、行動、すべて演技だとしても自然で、本当にここにいるのは合歓先輩なんだと思わせている。
「そぉーですよぉ!あなたのかわいい後輩のゆりちゃんですぅ」
「ん…かわいい。いいこいいこ…」
手を伸ばしてきたと思ったらそのまま首に手をまわされて、ずいっと先輩のほうへ引き寄せられた。
お客様たちからみたら、私が先輩に覆いかぶさっているように見えるんじゃないかな。先輩が小さな声で「ちょうど休憩入るでしょ、しばらく付き合って」という。これもサービスなのかぁ。むむ…なんだか悔しい。
「ふふ、おやすみ百合」
「むー!!せんぱぁい!……ねちゃった。んー、いい天気だしぃ、わたしも寝ちゃおー」
先輩のおでこにキスを落とすふりをして、それから寂しげに笑ってみせる。そしてそして、人差し指を口の前に持ってきてお客様たちへ内緒だよっと。後は空いているスペースに入り込んですやすや。
「ゆり、ゆーり、おきて」
体を揺さぶられて、目が覚めた。んー、ほんとに寝ちゃっていたみたい。
「せんぱい」
「おはよ。休憩そろそろ終わる」
「えーもうですか?お昼食べそこねちゃいました…」
お腹すくよなぁきっと。休憩終わるまであと5分しかないし、今から食べれるものなんて
「あげる。はちみつレモン大丈夫だったよね?」
ぽんっと私の手のひらに乗せられたのは、お店でも売っているレモンクッキーとマフィン。私はまだお菓子とかお料理は担当したことないけど、先輩はときどき手伝ってるみたいだったし、もしかして、とか期待してもいいのかな。
「わぁ、いいんですか!もしかしてもしかしてぇ、ねむせんぱいの手作りだったりして〜?」
「…うん」
「えっあっあ、りがとうございます」
あああもう。わかってるよ、これは全部演技!ここにいて、話をしているのはねむせんぱいと百合で、莉桜先輩とリリィじゃない!だから照れることなんてないの。でも、でも先輩がふいっと目をそらして、あの心を読み取りにくい瞳を揺らして、百合の花を映したから、だからつられて照れちゃって、でも先輩の全てが演技だってわかってるのに、わかってるんだけどなぁ。
「ふふ、照れてる百合、かわいい」
だーかーらー!!!!!これは、演技!!
ヤダもうこの先輩!
「……むぅ…せんぱい、いじわるですぅ」
「いじわる?」
「そーですよぉ」
「じゃあイジワルな私はキライ?」
こてん、と首を傾げて上目遣い。なるほど、上手いなこの人。
「きらいじゃ…、ない、です」
「よかった」
ぱっと花が咲く。ふわりふわり、次から次へとほころび咲きだして、あっという間に満開。眩しいほどの笑顔をどうもありがとーございまーす。
もういいや。敵わないなってことがわかった。さっさと食べてお仕事に戻ろーっと。
去っていく後ろ姿をぼんやり眺めて、それからひらりひらりと飛ぶ蝶に目移りする。ぱっと追いかけようとした足をとめ、かわいいかわいい後輩を振り返る。後輩は振り返ってはくれない。それを確認して
「かわいいのがいけないんだよ。ねむはオオカミさんだったのかも。ふふ」
ぽやぽやほわほわした雰囲気は崩さずに、だけどすこしひんやりと。
周囲のお客様の視線を集め、そう呟く。
ぱちりぱちりと気持ちゆっくりまばたきをして瞳に宿ったほの暗さと冷たさ、そしてドロリとした熱を消す。
疲れたなぁとか、後輩ちゃんのうわぁって視線がささったなーとか、色々思うことはあるけど…だいぶなれてきたみたいで先輩としては安心かな。あれならきっとだいじょうぶ。目を離していいとは思わないけど他のお仕事もふれそうでよかった。
次のシフトが被るのは何日後だったかなーと思いつつ、私も後輩の後を追う。
最後まで楽しくお仕事できるといいな〜、なんてね。
先輩、後輩。
「ぽかぽか、きもちよさそう」
「……」
「3時頃、ぽかぽかって覚えとこ」
「…3時頃、ここにいるって覚えとこ」
お客様
「やっぱりねむ様が攻めだよね…?」
「ねむ×百合は解釈一致。すき」
「この前のお昼寝やばくなかった??最高じゃん??」
「わかる。起こしに来た百合様をひっぱってお休みしちゃうねむ様良きだったあれはずるい」
「顔真っ赤にしてずるいですって訴える百合ちゃんとちょっと照れていながらも余裕のあるねむ様素晴らしいほんと推し」
「次さ……二人のフレーバーティー頼まない?」
「おすすめメニュー聞いてみよ」
「あーそれいいやろ」
「やろー。あ、でもいま金欠」
「なににつかったん」
「ミルルのCD」
「まじ?」
「まじ」
「私もキャンディカルテットに最近貢いだんだよね」
「やば」
「お金ない」
「それな」
「バイトだよ〜」
「余裕できたらまたこよー」
「ねー!」