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護衛は誰だ

 先日やっと軟禁生活から解放された私、神輿瑠璃。これで少しは異世界というものを堪能出来るかと思いきや、新たな壁が立ち塞がった。

 アサド様とジェフリー様の何気ない会話から聞こえた『護衛』の言葉。そりゃまあ? 兄さんはこの国にとって大切な存在だし? 護ろうとして護衛の一人や二人付けるのは予想出来るけど??

 村に居た頃はそれは私の役目なわけで。顔も知らない相手に自分の役目を取られるなんて考えもしなかった。


 一体誰が護衛の地位に付いているのか。非常に気になる。気になり過ぎてまた体調が悪くなりそうだった。私の護衛を務めるリアムさんは騎士と言っていたから、兄さんの方の護衛も騎士なのかもしれない。そう思って調べようとしたら、とある事に気付く。


 こっそり護衛の人の素性を調べるにはまず顔を知らなきゃいけない。そこで早速兄さんのところへ行ったけど、あの白髪のお兄さん達も居て……


 ぎゃあぎゃあと言い合う姿を遠くの廊下から観察する私を行き交う人々は怪訝そうに見つめる。そんな視線に臆する事なく彼らを観察するが、誰が誰なのか判らない。白髪のお兄さんはなんとなく見分けがつくし、愉しそうに笑っているルーカスさんやユーリさんも問題なかった。

 でも他が誰なのかさっぱりわからん。この前中庭で見かけたけど全員が名乗ってくれたわけじゃないから、これじゃ護衛が誰かなんて判別出来ない。


 騎士なら剣を帯刀してても可笑しくないと思って注意深く見るが、腰に剣を差す人が何人か居た。こりゃ無理だなと早々に諦めた。というか、何であんなに修羅場ってるんだろう? お兄さん達の中心に居る兄さんはずっと何かを叫んでるし。


 思考を巡らせるがアレに巻き込まれたくないのもあって、今日は断念するしかないとため息を吐いた。背後に控えるリアムさんに部屋に戻ると伝えると、彼は何か言いたげな表情をしていたが何も言わずに頷くのだった。


 次の日も兄さんの様子を見に行く体で向かうと白髪のお兄さんだけでなくアサド様やジェフリー様も居た。昨日の様に言い合いはしていなかったけど、視線でお互いを牽制し合っている様に見える。また出直すしかないのか? と考え、そこで無限ループに陥っている事に気付いた。


 愛され人間である兄さんの周りには常に人だかりがあった。元の世界だろうが異世界だろうが変わらないそれに辟易しながら、護衛の正体を突き止められないかもしれないという絶望に陥ったその日。私はふて寝してやった。


 ああ、無意味な時間を過ごしてしまった。と翌朝ベットの上で独りごちながらぶつぶつこの世界への不平不満を垂れ流す。けれどもそんな事をしても現状が変わる事なんて無いと知っている私は着替えてある人のところへ向かった。


「魔法を教えてほしいだと?」


 朝っぱらから魔術師団にアポなし訪問をした私を叱責する事なく快く迎えてくれたテオドール様は、話を聞き終わると目を見開いて私に問いかけた。


「魔法に興味があるんです。教えてもらえませんか?」


 必死に頼み込むとテオドール様は目を閉じて考え始めた。魔法に興味があるのは本当だけど、いざという時に兄さんの護衛が役立たずで兄さんを護れなかったら不安しかない。私の身体にも魔力が流れているなら、魔法が使えるはず。


 凄い魔法が使える様になって剣の腕も立つと、周りに理解らせてやる!

 そう意気込んでいる私を暫く見たテオドール様は、その美しい顔に意味ありげな微笑みを浮かべた。


「そこまで言うなら教えよう。妹君様にも素質はあるみたいだからな」


 私の頼みを引き受けたテオドール様。内心喜んでいると、部屋に居た魔術師の人達が一斉に石像の様に硬直した。バケモノでも見たのかと思うほどの驚愕した眼差しは、全てテオドール様に注がれている。何か魔術師特有の地雷でも踏み抜いたかな。と思ったがそうじゃないみたいだし……


 首を傾げながらもテオドール様に急かされるまま部屋を出たので、魔術師の皆さんが硬直した理由は分からず終いだった。


 この前兄さんと一騒動起こした中庭に着く。今から魔法を教えてもらえるんだ。自分が知らない未知の世界を体験出来るのだと思うとワクワクが止まらない。


「魔法ってどうやるんですか?」


「その前に、いくつか確認しておきたい事がある」


 確認? 何だろう。

 不思議に思いながらテオドール様の質問に淡々と答えていった。


「妹君様たちの世界に魔法はあるのか?」


「無いです」


 魔法というものは存在自体がファンタジーで、物語にしか登場しない代物だ。小さい頃は魔法が使えるかもと考えたけど、結局手から出たのは全くの別物だった。


中庭(ここ)に来る為に部屋から抜け出した様だが、どうやった?」


「窓から飛び降りました」


 正直に答えると絶句するテオドール様。何か可笑しな事を言っただろうか。

 一応私の名誉のために言っておくと私より兄さんの方がよっぽどタチが悪い。逃げるのに賭けては右に出る者が居なかった。

 まあ村じゃ当たり前だし。皆慣れっこだし。あれでも村と兄さん基準で発言してたらテオドール様に伝わんないかも?


「慣れてるので」


「っ!?」


 絶句しているのはきっとテオドール様にとって理解が及ばないからだと思って補足したのに、余計驚かせたらしい。目がこれでもかというほど開ききっている。なんだか申し訳ない。


 でも兄さん見てればなんとなく理解るはずなんだけど。あの人も平然と窓から飛び降りたわけだし。神輿家の血を引く者はその殆どが揃って身体能力が凄まじいほど高い。オリンピックの選手になれるくらいには。

 だから私も兄さんも少し窓から飛び降りただけで怪我をする事はないって、兄さんを好きなテオドール様なら分か──


(ん……?)


 今、これ以上ないくらい違和感が胸をよぎった様な。兄さんに熱を上げている面々の顔をよくよく思い返してみると、テオドール様が見当たらない。中庭騒動の時も、兄さんが現れたのにテオドール様は無反応だった。


 ーーもしかして兄さんの事好きじゃない?


「テオドール様は兄さんの事好きですか? もちろん恋愛込みで」


 気になって疑問をぶつけるとテオドール様は言葉を失った。予想していた反応と少し違っていたので、此方も思わず黙ってしまう。

 その場に沈黙が降りてお互い何も言わずにいるとようやくテオドール様が口を開いた。


「神子様は面白い。異世界人であることもそうだが、常に此方の予測を超える行動を取るから見ていて飽きない。しかし、恋愛感情かと言われるとそうではないな」


 きっぱりと兄さんへの気持ちを否定したテオドール様を、私は信じられない思いで見ていた。それこそ珍獣でも見るかの様に。何故かと言えば、兄さんは異常な程他者から惚れられやすいから。理屈は知らないが──というか理屈では成り立たないと思う──兄さんと関わった人はほぼ兄さんに一目惚れし、溺愛し、結婚したがる。

 白髪のお兄さんなんか良い例だと思う。村の人達と大体同じ様な事を言っていたから。兄さんは全力で否定してたけど。とにかく兄さんが極度の愛され人間な事により、兄さんを好きじゃないという人間に出会う事は今まで無かった。


 なのに、そんな稀有な人間に出会ってしまった。これって宝くじの一等が当たるのと同じくらい珍しい事だ。奇跡と言って差し支えないレベルの。

 テオドール様は兄さんに好意的だけど、それが恋愛感情から来るものではないだなんて! 兄さんが聞いたら泣いて喜びそうな話なので、今度話してあげよう。


 そう決意する私の横で、話についていけないテオドール様は首を傾げるのだった。




「まずは魔法をイメージするところから始めよう」


 本格的に魔法の授業が始まり、私はワクワクしながらテオドール様の話を聞いていた。その話によると、魔法はイメージする事が大切らしい。ようは想像力を養えって事かな? 質問したらその通りだって答えが返ってきたからそうなんだろう。


「水魔法なら水を、土魔法なら土を、光魔法なら光を思い起こすと発動しやすい。なるべく形もイメージすると良いかもしれない」


 そう言いながらテオドール様は手のひらの上に丸い形の水を出現させた。日の光を受けてキラキラと輝くそれはとても興味深い。やっぱ魔法って凄いなぁ。と感心していると、彼は用意した的の中心に水魔法を放った。見事それは命中し、空中で霧散する。


「妹君様もやってみろ」


 テオドール様がそう言うので、頭の中で丸い形の水を想像して手のひらに集中させる。そして的の方へ向けると一気に放つ。この時、結構威力の強い水を想像した。


 その結果、的は粉々に破壊された。


 シ──ンと耳が痛くなるほどの静寂が訪れ、私は信じられず己の手を見つめる。

 え、何今の。なんかかなり強いの出たんだけど。確かにどうせなら威力の強いやつを。とは思ったけど。あんな下手したら人殺せるレベルの魔法なんていきなり使えるもん??


 と、結構混乱している私の腕をガッとテオドール様が鷲掴んだ。表情は険しく眉を顰めるその姿に生唾を呑む。どうしよう調子に乗ったと思われてるかもしれない。と戦々恐々していれば。


「素晴らしいな!」


 心の底から感嘆の声を上げるテオドール様をぽかんと見る。しかし彼は興奮しているのか私の事を意に介す事はなく一人で話を進めて行く。


「詠唱無しで魔法を発動し、更にそれが上級魔法とは。おまけに底の見えない魔力量。妹とはいえ神子に引けを取らないとはな、私の予想通りだ」


「あ、あの、テオドール様……!」


 私の肩を掴み至近距離で顔を覗き込みながら早口で捲し立てるテオドール様になんとか声を掛けた。それに気付いた彼は直ぐに離れてくれて、安堵の息を吐く。男の人にこんなに近寄られた事が無くて動揺していた心も落ち着きを取り戻す。

 テオドール様は申し訳なさそうにしながらも興奮冷めやらぬといった様子で、私の放った魔法が如何に凄いものか語ってくれた。

 彼曰く、私の魔力は神子である兄さんに劣らないレベルの質の良い魔力で、鍛えれば難しい魔法も直ぐに使えるとのこと。魔法は本来呪文を唱えてから発動するが、私の場合は無詠唱でも簡単に魔法を発動出来ると言った。


 何それ私チートじゃん。でもこれで兄さんの護衛より役に立つってアピール出来る! なんてったって国宝級魔術師のお墨付きだからね! とるんるん気分で居る私に、テオドール様はそれはそれは晴れやかな笑顔で言い放った。


「魔力を安定させる必要があるから、暫くは常に魔法の練習をするからな」


「……暫くって、どれくらいですか?」


「そうだな、ざっと一週間くらいだ。しかし妹君様であれば数日で魔力を安定させられるかもしれんな」


「もしかして、それまでテオドール様がつきっきりとか……」


「そうだが?」


 確認する為に訊いた言葉への返事は肯定。あれ、このままじゃ一週間は兄さんに会いに行けないフラグが立ったんじゃ? と思い、逃げようとしたら容赦なく首根っこを引っ掴まれた。


(絞まる絞まる絞まるっ!!)


「どこへ行く? 魔力を安定させるのは面倒かもしれないが、困るのは君だぞ」


「いえ、そうではなく、この事を兄さんに……」


「時間が惜しい。それに私も色々と確かめたい事があるからな、却下だ」


 すげなく言われ、連れて行かれた魔術塔と呼ばれる建物内で待っていたのは地獄と思うような訓練。初めて兄さんの様に逃げ出したくなった。

 そんな日々を送る事になったので、泣く泣く兄さんの護衛は誰だ見つけろ作戦は強制的に中断されたのだった。

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