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兄さんはモテる

 この場に居る全員の視線に晒されたアサド様はきまりが悪そうに頭をかく。そして徐に私へ視線を向けた。何か言いたげなその表情に首を傾げる。何か言いたいんだろうが、私には彼の真意が読み取れない。


「正直、隠しておきたかった気持ちはある。神子様以外の異世界人が現れたのは初めてだ。知れたら大事になる」


 真面目な顔で言い募るアサド様。異世界(ここ)でも厄介扱いかぁ。と思って話を聞いていると、ジェフリー様が納得した顔つきになり私と兄さんの肩に腕を回し抱き寄せた。


「それで軟禁か。でも神子様から聞いたけど、この二人双子なんでしょ? ただの兄妹とはわけが違うし、それにいきなり家族とバラバラになったら誰だって不安になると思うよ」


 ジェフリー様の口調は穏やかそのものなのに、浅はかだと言っている様に聞こえた。私はチャラついた皇太子という認識を変えなければいけないのかもしれない。と真剣に考えているとアサド様は困ったように眉を下げた。


「……心配だったんだ」


 もう一度、アサド様の視線が私に向く。どうやらアサド様の心配のタネは私らしい。何故に。


 けれどジェフリー様は今の一言だけで真意が読み取れたらしく、肩に回していた腕を上げわしゃわしゃと私の頭を撫でる。良かったね〜。と言われるが何のことだかさっぱりわからない。そして兄さんは無言でジェフリー様の手を払った。


「だが、二人を不快にさせたのは間違いない。特に妹君様、済まなかった」


 深々と頭を下げるその姿に他の人達が息を呑んだ。もちろん私も。

 王族が簡単に頭を下げる事は無いと知っている。けれど私が驚いたのはそこじゃなかった。


 初めてだった。他人から謝られるなんて。しかも男の人に。


 私と兄さんが生まれ育った村は男尊女卑が習わしだ。故に男は女を敬い尊ぶなんて事しない。どれだけ自分が悪くても相手が女なら謝ったりしない。むしろ家畜の様に扱う。そんな最低な男ばかり見てきた。


 あんな男達とは違う、王子という確たる地位を持ったアサド様が頭を下げるなんて……この人、とても良い人なんじゃ……?

 いや、兄さんが一緒だから上辺だけかもしれない。少し試してみよう。


「いえ、そんな謝罪なんて……ただ、ずっと部屋に居ると気が滅入るので……」


「そうだな、だがあと数日はあまり部屋から出ないでほしいんだ」


 さりげなく軟禁生活は嫌だと言ったのにすげなく却下されてしまった。やはり兄さんの前だから良い顔したいだけ……?

 胡乱げに見つめる先でジェフリー様が思い出したと言うように声を上げる。


「もしかして式典のため?」


「ああ。アレは神子のお披露目も兼ねているから、それに乗じて刺客が現れるかもしれない。当日まで油断出来ないんだ」


「それに関しては納得出来るけど、神子様と妹君様にはそれぞれ護衛が付いているんだし、何より僕たちが居る。妹君様だけ部屋に閉じ込めておく必要性を感じない」


「それはそうだが……」


 どうやら式典という催し物が近々開催されるらしく、そこに兄さんを狙う何者かが現れるらしい。アサド様はそれを警戒して念のために私に式典とやらが終わるまで部屋から出てほしくない、と。そう冷静に分析しつつも、煮え切らない部分がある。


 兄さんに()()を付けている?? 兄さんを護る役目を担っている私を差し置いて??


 幼い頃から愛され体質を発揮し村中の人々を魅了して来た兄さん。兄さんはモテる。老若男女問わず。

 けれどそれ故に兄さんを手籠めにしようとする輩が必ず居た。ソイツらはいつも兄さんの貞操を狙っていた。


 そんな奴らを密かに排除し、色んな事から兄さんを護って来た。それが私の役目で私の生きる理由。生き甲斐と言っても過言では無い。


(なのに、なのに、なのに……!)


 誰かが私の役目を奪っている。その事実を知って、自分の存在意義が揺らいだ様な気がして目眩がした。ドクドクと鼓動が早鐘を打ち、嫌な汗が吹き出す。グッと拳を握りしめていると兄さんとルーカスさんの驚愕の声が上がる。


「瑠璃!? どうしたんだ!?」


「妹君様めっちゃ顔真っ青じゃん! 大丈夫? 気分悪ぃの?」


 血の気が引いて蒼白になっているであろう私の顔を兄さんとルーカスさんが覗き込む。その後ろで話し込んでいたアサド様とジェフリー様が振り返り、ギョッと目を見開くのが見えた。


 周りのあわてふためく様を見て、急に視界がぐるぐると回り出す。例えるなら、乗り物のコーヒーカップを回し過ぎて酔ったみたいな。喉元から気持ち悪さが競り上がる様な感覚を覚え、必死に抑え込もうとしたけど吐き気が増しただけだった。


 寒くもないのに身体が震えて来て更に血の気が引いた気がした。

 そして兄さんの顔色も一際悪くなって行く。


「具合悪いなら治癒師呼んでくりゃ良いんじゃねぇの?」


 白髪のお兄さんが面倒そうに言う。するとルーカスさんが閃いたと言わんばかりに手をぽんと叩く。とてつもない嫌な予感が私を襲った瞬間でもあった。


「ならオレが治癒師のとこまで連れてってあげる〜。それで解決!」


 解決って、何が。そう言おうとする前にルーカスさんの肩に担ぎ上げられ全力ダッシュ。彼の踏み出す一歩は大きくて、揺れも激しい。おまけにちょうど腹の辺りに彼の肩があるので、ただただ苦しい。兄さんの顔を見たかっただけなのに、なぜこんな事に。


 因みに今の私の心境は……


(いや待って待って!? 怖い! 速い! 気持ち悪い! 下ろしてっ!!)


 これに尽きる。下手したら本当に吐いちゃうくらい気持ち悪い。コーヒーカップの次はジェットコースターって、なんて言う拷問?

 そんな風に思いながらそろそろ吐くな。と感じていると、ようやく例の治癒師の元に辿り着いた。そしてベットの上に無造作に放り投げられて危うく吐く寸前まで持っていかれた恨みは決して忘れない。




「ストレスですね」


「ストレス……?」


 リーフェと名乗る治癒師は嵐の様な訪問にも拘らず、体調の悪い私を直ぐに診てくれた。気分が悪いと伝えると治癒魔法と呼ばれる魔法をかけてくれて、吐き気もだいぶ治まった。そして診察の結果、原因はストレスだと診断され俄には信じられず、ついオウム返しで訊き返してしまう。


「妹君様の場合、環境が変わった事とずっと部屋に軟禁され続けた事により、強いストレスを感じていたんです。それにより気持ち悪さや吐き気といったストレス症状が出たんです」


 そう言いながらリーフェさんは心苦しそうに眉を寄せ、どうしてだか私に頭を下げた。


「妹君様の症状を改善させるにはストレスを感じない環境に変える事ですが……いち治癒師の私ではその権限はありません。申し訳ないのですが、薬をお渡しする事くらいしか私には……」


 本当に申し訳なさそうなリーフェさんの表情を見て、私は彼女を安心させる為に笑顔を浮かべる。


「そんな事ありません。リーフェさんの治癒のおかげで体調も良くなりました。ありがとうございます」


 そう言って丁寧に頭を下げれば、彼女は慌てたように首を振りひどく萎縮した。その割には顔が赤くなっていたけど……


「そ、そ、そんなっ! 私の方こそお役に立てず……なのにお礼なんて、なんと優し……あっ、いえ、身に余る光栄ですっ!!」


 嬉しそうに笑うリーフェさんの横で、付き添ってくれていたルーカスさんがとても驚いた顔をしている事に気づいて指摘すれば、彼はなんでもない。と言い。


「妹君様ってそんな風に笑うんだ? ね、名前ルリって言うんでしょ? ルリちゃんって呼んでい?」


 ルーカスさんの提案に驚きつつも、特に呼び方に拘りは無いので了承すると彼もリーフェさん同様に嬉しそうに笑う。

 この空間だけ花が咲いた様に空気がふんわりとし、つい目元を緩ませてしまう。


 村に居た頃はいつも息苦しさを感じていたので、なんだか新鮮だ。


 そう思っていると、診察室のドアがバンッと開き兄さんが駆け込んで来て、私を見て唖然とした。兄さんの不自然な態度に困惑していると、みるみる兄さんの表情が憤怒に染まり。


「ルーカス、妹に何したっ!?」


「え、オレ? 別に何もしてねぇし。ルリちゃんの事名前で呼ぶって決めたくらい?」


「思いっきり致してんじゃん!!」


 目を離すとろくなことしない! とルーカスさんに向かって叫んだ兄さんは私の肩を抱き、何もされてない? と訊いた。


「何もされてないよ。兄さん過保護すぎ」


 本来その過保護は私が発揮しなくちゃいけないのに、兄さん相手だと上手くいかない。まだ何か叫んでいた兄さんは神官様達に連れて行かれ、私はリーフェさんの力説により城の中を自由に出歩ける様になった。


 但し、部屋を出る時は護衛のリアムさんを連れて行く事と勝手に部屋を抜け出さない事を約束させられた。アサド様はまだ苦い顔をしていたが、妹君様のストレスが無くなるなら。と承諾した。


 これで晴れて自由の身になった私だが、兄さんの護衛の件について何一つ解決出来ていない事を思い出し、打ちひしがれたのだった。

(……すげ、笑顔だけで落とした)


頬を赤く染めるリーフェを見て、笑顔で人を惚れさせるのは兄と同じなのだと悟ったルーカスであった。

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