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お呼びじゃない

 カチャッと目の前に置かれた紅茶のカップから目を上げ、傍らに立つその人に笑いかける。私の笑顔に気付いた彼もにっこりと人の良い笑みを浮かべ、笑い返してくれた。


「ありがとうございます、リアムさん」


「いえいえ、お礼なんて。何かあればお申し付けください」


 そう言ってくれる執事兼護衛のリアムさんの整った顔を見ながら、だったらこの部屋から出してくれと心の中で叫ぶ。


 異世界に召喚されて早一週間。その間、私は与えられた部屋に軟禁されるという日々が続いている。兄さんに会うことも出来ず、部屋でひたすら本を読む生活。同じことを延々と繰り返す作業に、正直飽き飽きしていた。唯一退屈しない事と言えば、王宮内にある書庫室に出入り出来るくらいだろうか。


 しかし書庫室に居座れるのも三十分が限界で、読みたい本が見つかれば部屋に持ち帰るのが常だった。


(飽きた。暇過ぎて死にそう)


 あの日ーー兄さんと共に異世界へ降り立った日。本来なら兄さんだけがこの異世界に来る筈だったのに、傍に居た所為で私までも異世界へ来てしまった。

 責任者の王子と司教にとっては不測の事態だった様で、おまけで付いてきた私をどうするか考えあぐねていた。


 彼らの態度を見て自分が招かれざる者だと察した。というかその場の空気が完全に『お呼びじゃない』といった感じだったから、よほど鈍い人間じゃなければ気付くだろう。


 ……まあでも、そんな態度を取られれば此方も腹が立つ訳で。だって、無理矢理呼んだ挙句他の人も巻き込んだというのに謝罪一つ無いって、どう考えても下に見られている。初対面同士なのに、失礼すぎる。


 そう思って兄さんの方へ顔を向け、絶句した。


 今まで見た事が無いくらい、兄さんは怒っていた。端正な顔からは全ての感情が削ぎ落とされ、氷点下よりもマイナスな温度の瞳が冷え切った眼差しで相手を見据えている。


 その視線を感じ取った王子と司教はものの見事に固まってしまう。

 何が兄さんの地雷を踏み抜いたのかすら解っていなさそうだった。


 静かに激怒している兄さんと凍りついたまま動かなくなった王子達を交互に見遣って、仕方なくーー本当に仕方なくて不本意だけどーー兄さんの背中を手で二回ぽんぽんと叩いた。

 私は大丈夫という意思表示だった。双子というのはこういう時に便利だ。ただの兄妹より直ぐに互いの考えが通じ合うから。


 失礼極まりない連中を庇うのは不愉快だったけど、この人達に外へ放り出されたりしたら色々と面倒くさい。


 この世界の法律がどうなってるか知らないけど、戸籍を持たない未成年に世間の大人がどんな目を向けるかなんて簡単に想像がつく。だから今此処で揉め事を起こして、自分達だけの力でこの世界を生き抜く事になるなんて事は避けたい。


 その為には、一旦兄さんに落ち着いてもらう必要があった。

 最初の歓迎ムードを思い出す限り、彼らは兄さんの登場を喜んでいる。兄さんさえその空気に応えれば何の問題も無いはず。


 兄さんは未だ憮然とした表情のままだったけど、空気を揺らすほどの怒りは鎮めた様だった。


 その事に安堵したのは私だけではなく、兄さんに冷たい目で見られていた王子達も兄さんの雰囲気が変わった事に胸を撫で下ろしていた。


 そこで兄さんが私と双子の兄妹であることを話し、妹に危害を加えたら許さないと脅しを掛けていた。そんなに心配しなくても私なら大丈夫と伝えようとしたけど、兄さんは私が彼らと会話する事を嫌がって、双子でしか理解出来ない意思疎通を図った。


 私は口を開くのを諦めて様子を見守る事に専念する。そもそも私の役目は兄さんのサポートをする事だけ。必要以上に他の人へ構うことはないと感じた。


 話を聞くに、最近この世界で邪気が満ち溢れそれを浄化できる人間を探したが見つからない。やむ無く異世界の人間に目を向け、該当する人物を手当たり次第に調べると兄さんがヒットしたらしい。

 兄さんがこの世界でする事はただ一つ。定期的に神殿で祈りを捧げて邪気を浄化する。たったそれだけ。


 神輿家の当主の使命の一つである神に祈祷を捧げる行為と似たようなそれに、ああだから兄さんが選ばれたのかとすんなり納得してしまった。うんうん頷いている私を司教様が不思議そうに見つめるので、生まれ育った村でも同じ事をしていたと伝えると司教様は大層喜んだ。


 兄さんは異世界に来ながら毎回逃げ出す稽古と同じ事をやると言われて表情が死んでいた。


 私といえば、兄さんの妹と知った王子に無礼な態度を謝られ、予定には無かったが兄さんと一緒に王宮に住めるよう手配してくれた。


 まあそれもこれも全部兄さんのおかげだから、複雑な気分ではあった。

 その日のうちから兄さんはこの世界の常識を学ぶ授業を受ける事になり、神官と呼ばれる職に就く人達に連れて行かれた。


 それを見送りながら私はどうしようかと悩んでいると、王子であるアサド様が直々に王宮を案内すると申し出てくれた。


 最初はどんな思惑があるのかと疑ってしまったけど、アサド様を見る限り敵意や害意は感じ取れなかった。王子とは言え貴族だから感情を隠すのが上手いだけか。とも考えたが、兄さんに危害を加えるなと釘を刺されていたから多分大丈夫だと思った。


 せっかく向こうから申し出てくれた事なので素直に頷くと、アサド様はどこか嬉しそうな顔をした。

 けれど出会ったばかりでアサド様の本心を理解出来ず、その表情を見なかった事にした。


 アサド様に王宮を隈なく案内された次の日に、世話役として騎士団から一人の騎士がやって来た。それがリアムさんだった。別に世話役なんて誰でも良かったから気にしなかったけど、てっきり女性が来るものとばかり思い込んでいたから、男が来た時は思わず面食らった。


 戸惑っている私にリアムさんは護衛も兼ねていると話してくれた。けれど私は自分の身を自分で護る事が出来るので、護衛は必要無いと王子であるアサド様に直接言ったが聞き入れてもらえず。


 その時になって、リアムさんが監視役で私の下へやって来たのだと気付いた。

 彼は私が部屋を出ようとする度に、護衛だからという理由で付いて周り、兄さんに会いに行こうとすれば邪魔される。


 何度会いたいと言っても、兄さんがこの世界の常識を身に付けるまでは会えないと言われた。


 リアムさんの申し訳なそうにする姿を認めて、私は彼らにとって体の良い人質なのだと自嘲する。私と兄さんが会わずに居れば、私に会う為だとかこつけて兄さんが浄化に集中すると思って。


 私と兄さんが潜在意識で繋がっている事を彼らは知らない。だから会えないと宣う彼らが、私には滑稽に映っていた。


 会えないんじゃない。会おうとしても邪魔される。私と兄さんが互いの存在を意識し合えば、どういった状況に追い込まれているのか手に取る様に理解した。


 けれど私は何かアクションを起こそうとは思わなかった。兄さんが危ない目に遭っているわけじゃないし、少しの間離れ離れになるだけだ。兄さんは発狂寸前らしいが、私はどうってことない。そんなわけで、暇を持て余す私は退屈しのぎに本を読もうとしたけど、異世界語を読む事が無理だった。


 話す分には互いの世界の言葉を変換する魔法のおかげでどうにかなっていたので問題ない。因みにこの時初めて魔法の存在を知り、ちょっと興味が湧いた。好奇心旺盛なのである。

 魔法云々はひとまず置いて、本の内容を理解する為に異世界語を覚えたいとリアムさんに伝えると、一時間もかからずに教材が届けられた。


 兄さんの様に家庭教師が付く事は無かったけど、リアムさんがそれなりに家格が高い家の次男という事もあって、熱心に教えてくれた。いくらおまけのような存在とはいえ、文字が読めないのを気の毒に思ったらしい。

 さて、ここで一つ思い出してみよう。私は兄さんより頭が良い。嫌味でも傲慢でもなく、事実だ。記憶力は並の人間よりずば抜けているため、新しい言語を覚える事は苦ではなかった。


 思っていた以上にリアムさんの教えが上手だったのも影響しているかもしれない。騎士以上に教職に向いている事を伝えれば、彼は顔を赤らめさせた。


『妹君様にそう言って頂けるなんて、光栄です』


 兄さんが何か言ったのか、私を呼ぶ時は『妹君様』と呼ぶ事が義務付けられていた。他の呼び名に、というか名前で呼んでもらって全然良かったんだけど、既に決定済みだった。


 兎にも角にも、リアムさんと私の記憶力のおかげで問題なく異世界の本を読む事ができるようになった。

 これは素直に嬉しくてリアムさんにお礼を告げると、彼はその目に優しげな色を浮かべて私を見る。それでなんとなく、リアムさんは大丈夫な人。と私の中で印象がすげ変わった。


 それでも仕事は仕事なのか、リアムさんは一日中私の傍から離れない。部屋に居る時は部屋の前に立っているから、出ると直ぐにバレるし。


 でも、いい加減この生活飽きて来たんだよなぁ。と何もない空中を見据える。


 部屋と書庫室しか行き来しない所為なのか、外の事情に疎い私はこの世界がどんな形で存在しているのかこの目で確かめていない。そろそろ兄さんの我慢も爆発しそうだし、ちょっとガス抜きにでも行くかな。


 私は閉じられたままの扉に目を向けてから立ち上がる。そうして窓の方へ近付き、開け放つ。

 王宮内の人達はどうも、私をただの人間と思い込んでいるらしい。だから部屋の窓際近くに監視が居ない事を知っていた。

 先入観は視野を狭くする悪手だぞ。と思いながら窓枠を飛び越え、躊躇なく飛び降りた。


 すとん。と地面に着地しながら、一時の勝利に酔いしれる。


「脱出、成功」


 にんまりと笑い、あの部屋から出られた事を素直に喜ぶ。私が部屋から居なくなった事を知る者は、一人だけ。兄さんと落ち合うべく、私は中庭に向かって歩き出した。


 ーー私の部屋からリアムさんの絶叫が聞こえるまで、あと少し。

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