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窓ぎわの東戸さん〜うっかりな東戸さん〜

作者: 車男

 2学期が始まって1か月が過ぎ、10月。1年中こんな気温だったらいいのになと思う日が続く中、僕は衣替えをして、久々に長袖の制服を着て学校へ向かっていた。校門前の信号で青になるのを待っていると、後ろから不意に声をかけられる。

「あー、小田くん、おはようー。今日もいい天気だね」

「東戸さん、おはよう。うん、涼しくて気持ちいいね」

振り向くとそこにはクラスメイトの東戸さんが立っていた。いまは制服の移行期間で、長袖でも半袖でもいい。僕は今日から長袖を着ているが、彼女はまだ半袖だった。そんなに活発という印象ではないけれど、他のクラスメイトより半袖を着てる期間が長い気がする。

「もう長袖なんだー。暑くない?」

「うーん、朝はちょうどいいかな。お昼はちょっと暑いかも」

「だよねー。あ、青になったよ、いこー」

そう言って、ナチュラルに僕の手をとって歩き出す東戸さん。周りには同じ学校の生徒がたくさんいて、クラスメイトもいるかもしれない。横を通り過ぎる低学年の男子が、

「ラブラブだあ」

と呟いていたのが微かに聴こえてきた。

 そんな、前を歩く東戸さんの足元に視線を向けると、僕はつい吹き出してしまった。靴箱について、上履きに履き替えようとした東戸さんも、その時になってようやく気づいたらしい。

「え、ウソ…靴下、ぜんぜん違う…」

というのも、最近靴下を履いてくるようになった東戸さん。今日はその靴下が左足は黒いハイソックス、けれど右足は白と黒のしましまハイソックスだったのだ。ファッションといってもなかなか前衛的なものである。

東戸さんはかなり恥ずかしかったのか、生徒がバタバタと靴を履き替えていく中、顔を真っ赤にしてもじもじしながら僕の方を振り向いた。

「は、はずかしい…」

「ま、まあうっかりもたまにはあるよね…」

「どうしよ、靴下の替えなんてないし…」

「そのまま過ごすか、脱いで過ごすか、かな…?」

僕の中では、なかなかレアなイベント発生中だ。小学校生活で初めてかもしれない。最近靴下を履いて過ごしていた東戸さんだったので残念に思っていたが、今日は素足で過ごすチャンスかもしれない。

「うー…」

僕の服の袖を掴んで、真剣に悩む東戸さん。そうこうしているうちに、朝の会があと5分で始まることを告げるチャイムが鳴り始めた。

「…わかった!やっぱりはずかしいから…」

そう言って、東戸さんは靴を脱ぎ、靴箱に手をつくと、右足、左足とソックスをするすると脱いでいった。脱いだ時に見えた足の裏は綺麗で、やや赤くなっていて、相変わらずふわふわしていそう。やがて制服に真っ白な素足、という格好になった東戸さんは、脱いだソックスを丸めて履いていたスニーカーに入れると、上履きを取り出して、そのまま素足を突っ込んだ。手を使って、左右ともにかかとまでしっかりと足を通す。

「よし、と。ごめんね、遅くなって!」

東戸さんの一連の動作を全てしっかりと目に焼き付けた僕は、自分も上履きに履き替えると、一緒に廊下へと歩を進めた。

秋めいてきたのもあって、長袖の生徒が増えてきた。もちろん、素足履きの生徒はまったく見当たらない。教室に入ると、ざっと見渡してもみんなソックスを履いていた。

「おはよう!あれ、東戸さん、なんで裸足?!」

今月の席順は、僕が窓際から2列目のいちばん後ろ、東戸さんは窓際の後ろから3列目。授業中などは東戸さんの姿(特に足元)がよく見える。

「うん、ちょっといろいろあってね…」

そのまま話すのはやはりはずかしかったのか、はぐらかす東戸さん。頬が再び赤くなっているのに気づく。やがて先生が入って来て、朝の会が始まった。ランドセルから教科書などをせっせと移す東戸さんは、先ほどまでしっかり履いていた上履きをカポカポと慣れた動作で脱ぐと、上履きは机の下に置き、素足を伸ばして机の棒に載せた。ソックスを履いている日はそんなに激しく足を動かすことはないのに、夏など素足履きのときは上履きを脱いでいる時間が圧倒的に多い気がする。机の棒に乗せられた素足は、上履きから解放された気持ちよさからか、足の指がくねくねと可愛らしく動いている。

「みなさん、おはようございます!…あれ、日直さん、出席簿は…?」

そう言われて黒板を見ると、今日の日直は東戸さんと僕になっていた。しまった!東戸さんのことでいっぱいですっかり忘れていた!

「わ!すみません!とってきます!」

日直として一日の最初の仕事が、職員室から出席簿をとってくることだ。素早く反応した東戸さんは、出席簿のことで頭がいっぱいなのか、上履きを机の下に置いたまま、ペタペタとかわいい音を立てて教室を出て行った。慌てて僕も後を追う。

「お願いね!2人が戻ってくるまで、クイズでもしておこうかな!」

先生のクイズも気になるが、何より裸足のまま廊下を歩く東戸さんの方がもっと気になる。

「東戸さん、東戸さん」

「あれ?来てくれたんだ!ごめんね、私が靴箱で時間使っちゃったから…」

「ううん、それはいいんだけど、上履き…」

「え、上履き…?あ!教室に置いてきちゃった!」

なかなか上履きを教室に置いたままという場面もないと思うが、東戸さんならそれもありえてしまう。すでに階段を降りて、職員室まであと半分というところだったので、そのまま向かうことにした。どのクラスも朝の会をしている時間、廊下を歩くのは僕たちだけで、あたりはしいんとしている。東戸さんの、ペタペタという素足の足音が大きく響いて聞こえていた。

「失礼しました!」

無事に職員室で出席簿を受け取ると、早歩きで教室へ戻る。

「事務の先生、なにも言わなかったね。裸足なのに」

「気づかなかったんじゃないかな?」

「えー、でも裸足だよー?珍しいよー?」

気づいて欲しかったのか、やや不満げな東戸さん。階段をぴょんぴょんと上がる。背が高くなったからか、短く感じる制服のスカートがふわふわと広がり、中のスパッツがチラチラ。素足の足裏は廊下の埃や砂を集めてうっすら灰色に汚れていた。

 「はい、ありがとう。それじゃ、出席をとります!」

無事に出席簿を渡すと、東戸さんは席について、また素足を棒の上に置いていた。この様子だと、今日一日、上履きを履くことはあまりないのではないか…。少し期待が高まってきた。

 3時間目から、給食昼休みを挟んだ5時間目までは体育館での体育。もうすぐ行われる運動会の練習だ。6年生は組体操をすることになっている。既に一つ一つの動作はひととおりやっているので、あとは音楽に合わせて順番にそれを行う練習だ。

 男女それぞれ体操服に着替えて、体育館に向かう。僕たち男子は自分の教室、東戸さんたち女子は隣の教室で着替えることになっている。1、2時間目の教室での授業中は一度も履かれることがなかった上履きだが、着替えのときは履いているらしく、東戸さんの机の下にはなにもなかった。

 僕が着替えて教室を出ると、ちょうどタイミングよく東戸さんも着替えを終えて出てきた。自然に目線が足下に向かったが、東戸さんはまたも上履きを履かない、裸足のままだった。隣の女子生徒、西岡さんは、上履きは履いているものの靴下はなく、教室で脱いで行くことにしたらしかった。普段見ない女の子の素足履きもかなりドキドキする。ちなみに僕は体育館に入るときに脱ぐことにしている。

 3階の教室から階段を下りて1階。渡り廊下を通った先にある体育館に入ると、すでに小6の2クラスがだいたいそろっていた。組体操の練習なのでみんな裸足に体操服という格好だ。僕も体育館の隅に上履きをおいて、中に靴下を入れて、集合する。体育の時は男女別で背の順に並ぶのだが、僕と東戸さんはちょうど隣同士くらいになることが多かった。今回も一緒で、並んで体操座りをすると隣に座った東戸さんが、

「みんな裸足だから、目立たないね、よかった!」

とこっそりと耳打ちしてくれた。体操座りをした足先が、くねくねと動いていた。

 体育館は1階にあるせいか、グラウンドからの砂やホコリが積もっているらしく、床はざらざらしていた。練習が終わるころにはいつも足裏はみんな真っ黒になってしまって、上履きを履くときに雑巾で足裏を拭くことになっている。

 あまり危険な動作は最近NGになっているので、最初は基本的なサボテンや飛行機、おうぎや、ピラミッドも4段のものをたくさん作るにとどまっている。まだ練習段階なので、床にはマットが敷いてある。最初は1人か2人で作っていくが、飛行機を作ったときに真正面に東戸さんの足裏がどーんと飛び込んできた。僕も東戸さんも体が小柄なので、上にのって手を広げるポーズを取っているのだが、東戸さんはこれまで校内や体育館を裸足のまま歩いてきたせいか、前に並ぶ他の女子と比べても黒っぽくなっている。それに気づいているのかいないのか、恥ずかしく思っているのかどうかはわからないけれど、足の裏を間近で見られるのはすごくドキドキ・・・。

 ピラミッドはみんなハイハイの姿勢で作っていくので、前のピラミッドの人たちの足裏がばっちり見える。僕はここでも一番上にのっているので、怖さは少しあるけれど、重みに耐える必要はないのでいくらかは楽である。男女混合で作るのだが、ちょうど前のピラミッドの一番上はなんと東戸さん。下の方のクラスメイトの足の裏と比べても、東戸さんのかわいい足の裏はかなり黒っぽい。いろいろな要因でドキドキが止まらなかった。

 4時間目終了のチャイムが鳴るころには、涼しい気候の中でもかなり汗をかいていた。給食と昼休みを挟むので、5時間目も体育だけれどいったん教室に戻る。僕は素足履きが好きではないので、体育館のホコリなどで汚れた足の裏を雑巾で拭きとると、靴下を履いて上履きも履いた。友達と一緒に教室に戻ると、東戸さんはもちろん(?)上履きも履かない裸足で、普段あまり素足を見せない西岡さんも、今日だけは素足に上履きを履いていた。教室のほかのみんなを見てみても、暑くなったからか、脱ぎ履きを面倒に思ったのか、靴下を履かずに上履きを履いている子がかなりいる。割合でいうと、4分の3くらいは素足履きだ。完全に裸足なのは東戸さんくらいのものだけれど。いつもは身だしなみにしっかりしている、副学級委員長の女の子が素足履きをしているのを見るとかなりドキドキした。

 給食を終えて昼休み。次の体育も体育館で行うということで、みんな早くから体育館に移動して遊んでいた。普段遊べないぶん、広い体育館を走り回ったり、マットの上で運動したり、楽しそう。給食を終えてすぐに教室を出た東戸さんを追って、僕も体育館に来ていた。東戸さんは上履きを隣の教室に置いたままのようで、給食から昼休みまでずっと裸足のままだった。どうやら逆立ちをしてみたいようで、東戸さんと同じように裸足になった西岡さんにサポートをしてもらいながら、マットの上で足をピョンピョンとさせていた。僕は体育館の端っこに座ってその様子を眺めていたが、なかなか足が上がらない東戸さんはマットの上にペタンと座り込んでしまった。足を僕の方に投げ出して、疲れたのかはあ、はあと息をあげている。そんな東戸さんをみていると、ばっちり目があってしまった。しまった、見ているのがばれたかと思ったけれど、東戸さんはにっこり微笑んで、こちらの方に近づいてきた。

「ねえねえ、小田くんって逆立ちできる?」

「え、逆立ち?・・・やったことないけど・・・」

「私、昔できたんだけどさー、今日はなかなかできなくって!手伝ってくれない?」

「うん、いいよ」

「やった!ありがとー」

裸足の東戸さんと近くで話ができることにドキドキしながら、西岡さんの見守り付きで、東戸さんの逆立ち練習が始まった(組体操に逆立ちは入っていないんだけれど・・・)

マットの上で、東戸さんは両手をつくと、右足で床を蹴って下半身をこちらへ持ち上げようとする。けれど、蹴る力が足りないのか、僕の腰ほどまでしか足が上がらない。これではサポートしようにもなかなかの力が必要だ。

「うーん、難しいなあ」

「そうだね、もっと強く床を蹴って、足が上がればいいんだけれど」

「なるほど・・・。なんとか足を上にあげてみるよー」

その後、何度もぴょん、ぴょんとさせていると、次第に足が上に上がるようになってきた。

「いいよ、東戸さん、その調子!」

「東戸ちゃん、もう少しだよ!」

西岡さんの応援もあって、東戸さんが再び床を蹴ったとき、これまでにないほど足が上がった。すかさず足首に手をやって、持ち上げる。逆立ち、成功である!

「やった!東戸ちゃん、できたね!」

「う、うん・・・!でき、た・・・!」

腕がプルプルしているのか、かすかな振動が伝わってくる。それよりなにより、僕の心臓をドキドキさせるのは、目の前にある東戸さんの足裏だった。かすかに香る、酸っぱくて、ホコリっぽいにおい。朝見たときよりもかなり真っ黒になった、もともと白くてふわふわしていそうな足の裏。すぐにでもきれいにしてあげたいけれど、このままの姿勢ではかわいそうなので、やがて手を放してしまった。

「よかったね、東戸さん、逆立ちできてたよ!」

「うん!ありがとー、小田くん!」

髪がやや乱れて、頬が赤くなった東戸さん。足を前に投げ出して、指をくねくねとさせている。とても子供っぽくてかわいらしい。

そんな昼休みもおわり、5時間目。再び組体操を一通り練習して、今日の授業は終了。教室に戻って制服に着替える。頃合いを見計らって、女子が教室に入ってきた。斜め前の席に戻ってきた東戸さん。昼休みの時と比べて、みんな靴下を履いている中、靴下はもちろん、上履きも履かない東戸さんがいた。裸足のまま自分の席に座ると、イスの下で足を組んで、足の裏をこちらに見せてくれた。上履きを持ってきたわけでもなさそうなので、これはどうやら、隣のクラスに置いてきたままなのではないか・・・。

 誰にも突っ込まれることなく、東戸さん自身も裸足でいることの違和感を感じないまま、帰りの会が終わってしまった。ランドセルを背負ってみんなが帰っていく中、東戸さんはようやく違和感に気づいたのか、あたりをキョロキョロ、机の下を見たり、教室後方のロッカーをのぞいたりしている。そんな東戸さんを見ていた僕と目が合って、東戸さんはペタペタとこちらへやってくる。

「お、小田くん・・・」

「ど、どうしたの・・・?」

「私の、上履き、しらない・・・?」

「いや、見てないけど・・・、隣の教室とかじゃない・・・?」

「あっ、たしかに!」

東戸さんはようやく思い出したかのように隣の教室へ走っていった。僕も廊下に出て様子を見ていると、クラスの男子が上履きを持ってきてくれていた。顔を真っ赤にしながらそれを受け取る東戸さん。お礼を言って、僕の方を向くと、

「えへへ・・・すっかりわすれてたよ・・・」

恥ずかしそうにそうつぶやいて、えへっと小さく舌を出した。


つづく


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