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魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】  作者: 北川ニキタ
第二部

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94/97

―94― ゾーエ

「美しい……」


 それは、ゾーエーと化した妹が最初に発した言葉だった。

 プロセルの声帯を使いながら、そこには妹の面影は一切ない。冷徹で、無機質で、それでいて万物を睥睨するような傲岸さを孕んだ声。


 彼女――ゾーエーは、自身の両手を掲げ、空を仰いだ。

 プロセルの長いツインテールが、重力を無視して蛇のようにうねり、先端が鋭利な鉤爪のように変形している。

 肌には脈打つ黒い紋様が血管のように走り、その背中からは光とも闇ともつかない翼のようなオーラが噴出していた。


「この世界は、なんと不完全で、そして脆弱なのだろう。すべてが無に還ることを望んでいるようだ」


 黄金の瞳が、俺たちを見下ろす。

 そこには殺意すらなかった。あるのは、ただの作業工程を確認するような冷めた感情のみ。


「さあ、始めようか。救済を」


 ゾーエーが指を弾く。

 それだけで、大気が悲鳴を上げた。

 不可視の衝撃波が全方位に炸裂し、中庭の石畳が捲れ上がり、周囲の校舎の窓ガラスが一斉に砕け散る。


「くっ!」


 俺はとっさに〈重力操作(グラビティ)〉で自身を地面に固定し、衝撃に耐える。

 だが、周囲の生徒たちはそうはいかない。吹き飛ばされ、悲鳴を上げて逃げ惑う。


「アベル兄、今すぐこの器を壊して。このままじゃ、みんなを……!!」


 ゾーエーの口が動いたが、その声色はプロセルのものだった。一瞬だけ、妹の意識が表出したのか。

 だが、すぐにゾーエーの人格が塗り潰す。


「おや、まだ自我が残っていたか。無駄な抵抗を。――消え失せろ」


 ゾーエーの手から、黒い稲妻のような奔流が放たれた。

 狙いは俺。


「させるかよッ!」


 俺は〈磁力操作(マグネティカ)〉で周囲の瓦礫――鉄骨や鉄柵を集め、即席の盾を作り出す。

 黒い稲妻が鉄盾に直撃し、蒸発させる。

 だが、その一瞬の隙があれば十分だ。


「〈雷撃(ライヨ)〉ッ!」


 俺の手から放たれた紫電が、ゾーエーを打つ。

 しかし、神の依代となったその身体には傷一つつかない。黒いオーラが自動防御のように雷を弾いたのだ。


「無駄だ。至高神により作られし我に、この不完全な世界の法則など通じぬ」


 ゾーエーが嘲笑う。

 だが、俺はニヤリと笑い返した。

 俺は二度も偽神を打ち負かした男だぞ。




◆◆◆



 一方、混乱の極みにある中庭の隅。

 ミレイアは、呆然と目の前の光景を見つめていた。


「な、なんなの……これ……」


 プロセルさんが異形の怪物となって、アベルくんと戦っている。

 だが、その攻防はミレイアの知る『魔術戦』の常識を遥かに超えていた。

 アベルくんが放つ紫電と、怪物が放つ漆黒の奔流が衝突するたび、空間そのものが軋むような轟音が響き渡る。余波だけで校舎の壁が紙細工のように吹き飛び、地面が捲れ上がる。

 

 近づけない。

 あそこはもう、人の立ち入れる領域ではない。

 一歩でも踏み込めば、塵一つ残さず消滅してしまうだろうという本能的な恐怖が、足を縫い止めていた。


「ミレイア! 早く逃げるわよ!」


 アウニャがミレイアの腕を強く掴んで引っ張る。

 だが、ミレイアの足は動かない。


「だめ……アベルくんが……!」

「あいつなら大丈夫よ! それより私たちが足手まといになるわ!」

「ミレイアさんッ!!」


 悲鳴のような声が響き、瓦礫の陰から一人の人物が飛び出してきた。

 生徒会長、ユーディット・バルツァーだ。

 いつもの優雅な笑みは消え失せ、髪は振り乱れ、制服は砂埃で汚れきっている。


「はぁ、はぁ……ッ! 一体、何が起きているんですか!?」


 ユーディットは縋るようにミレイアの肩を掴んだ。その瞳は極限の恐怖と混乱で見開かれている。


「アベルさんと仲の良いあなたなら、何か知っているんじゃないですか!? あの怪物は……それに、あの老人は一体……!」


 必死の形相で詰め寄るユーディット。

 けれど、ミレイア自身、答えられることなど何もなかった。あまりの事態に思考が追いつかない。

 ミレイアは「わからない」とそう告げようとして――その視線の先に、ありえない光景を見つけた。


 瓦礫の山の上に、優雅に座って戦場を見下ろしている幼女――アントローポスの姿を。


「あ、アントローポスちゃん! なにやってるの!? 逃げないと!」


 ミレイアの叫びに、幼女はチラリとこちらを見た。


「ん? ああ、ミレイアか。案ずるな、ここは特等席じゃ」


 元・偽神は、まるで劇場のボックス席で観劇でもしているかのような様子で、退屈そうに頬杖をついている。

 目の前で世界が壊れかけているというのに、彼女だけが日常の中にいるようだ。


「ねぇ、なにが起きてるの……?」

「くっくっく。面白いことになっておるじゃろ? こんなの見逃すには惜しい。貴様らもここに座って、観戦するといい」


 話が通じない。

 ミレイアが頭を抱えそうになったその時、アントローポスの足元の影が歪んだ。

 そこから、一人の少女が音もなく現れる。


「……シエナさん?」


 いつも眠たげな同級生、シエナだった。

 だが、その姿を見た瞬間、生徒会長のユーディットが「ひぃッ」と甲高い悲鳴を上げて腰を抜かした。

 以前、圧倒的な力で吹き飛ばされた恐怖が蘇ったのだろう。


 シエナの背中には、純白の翼が生えていた。

 以前、アベルが「天使を眷属にした」と言っていたのを思い出す。あれは本当だったのか。


 シエナはミレイアたちを一瞥もしない。

 まっすぐに、アベルの背後に浮いている謎の老人――パラケルススの元へと歩み寄る。

 そして、戦場の轟音の中でもはっきりと聞こえる澄んだ声で、こう告げた。


「賢者パラケルスス様。なぜ、このような場所におられるのですか?」


 賢者パラケルスス。

 その単語が耳に入った瞬間、ミレイアは思考が停止するほどの衝撃を受けた。

 パラケルスス。それは魔術を体系化した伝説の偉人であり、全ての魔術師が崇める始祖の名だ。

 歴史の教科書や神話の中にしか存在しないはずの人物が、今、目の前にいるというのか。


 しかし、パラケルススと呼ばれた老人は、それを否定もせず、シエナに向かってこう返したのだ。


「ほう? 貴様は……デミウルゴスの使いか」


 デミウルゴス?

 ミレイアはその聞き慣れない単語に首を傾げた。

 それは一体、誰のことなのか。神の名か、あるいは組織の名か。

 シエナさんとパラケルスス様は、一体なんの話をしているの?

 ミレイアには、彼らが交わしている言葉の意味が何一つ理解できなかった。

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