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魔力ゼロの最強魔術師〜やはりお前らの魔術理論は間違っているんだが?〜【書籍化決定】  作者: 北川ニキタ
第二部

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93/97

―93― 覚悟

「なんだって?」


「突然苦しみだして、胸に黒い紋様が……!」


 目の前が真っ白になる。

 その紋様は、どうみても偽神ゾーエのもの。

 その呪いの表面化。それは、死へのカウントダウンが始まったことを意味する。


「急ぐぞ、アベル」


 パラケルススの霊体が、俺に鋭く告げた。


「アゾット剣を持て。我は本体であるその剣から離れられん」


「わ、わかった」


 俺は震える手で、祭壇からアゾット剣を掴み取った。

 ずしりとした重みを感じる暇もなく、駆け出そうとする。だが、教官がその前に立ちはだかった。


「ま、待て! アゾット剣は保管庫の外に持ち出さない約束だ! いかに管理権を持つ君でも、それは許可できない!」


 規則を盾にする教官。普段なら正論だが、今は一刻を争う。

 俺が唇を噛んだ瞬間、俺の背後から雷鳴のような怒声が響いた。


「ええい、やかましいわ! 我が許可したのだぞ!」


「ひっ!?」


 突然現れた謎の老人パラケルススの威圧に、教官が腰を抜かす。


「き、貴様は一体……!」


「この学院の創設者たる我の言葉が聞けぬのか、たわけ者め!」


「あ、あう……」


 圧倒的な伝説の賢者の登場に、教官は気圧されてそのままなにも言い返せなくなる。

 俺たちは廊下を全力で駆ける。


「アベルくん!」


 向こうから、顔面蒼白のミレイアが走ってきた。


「妹さんの様子が変なんです! 苦しんでいて、誰も近づけなくて……!」


「わかってる! 今行く!」


 案内されたのは、学院の救護室ではなく、中庭の広場だった。

 そこにはすでに人だかりができていた。

 生徒会長のユーディット、Dクラスの担任セレーヌ、それにアウニャやバブロといった見知った顔ぶれが、遠巻きに何かを囲んでいる。


 その中心に、プロセルが倒れていた。


「プロセル!」


 俺は人垣をかき分けて妹の元へ滑り込む。

 プロセルは脂汗を流し、呼吸も浅く、うわ言のように苦痛を漏らしていた。

 その胸元。制服がはだけたそこには、禍々しい黒い幾何学模様が脈打つように浮かび上がっている。

 間違いない。偽神ゾーエーの呪いだ。


「ア……ベル……兄……?」


 俺の声に反応してか、プロセルがうっすらと目を開けた。

 だが、その瞳の焦点は定まっていない。


「くそっ、なんでだ……! こんなにも早く……!」


 俺は歯ぎしりをする。

 過去の文献や事例から推測するに、呪いが発動して死に至るのは三十代になってからのはずだった。プロセルはまだ十代だ。早すぎる。


「まずいな」


 俺の背後で、パラケルススが苦い声を漏らした。


「このままだと、偽神ゾーエーが顕現するぞ」


「……は?」


 俺を含め、周囲にいた者たちが一斉に賢者を見る。

 顕現? 死ぬのではなく?


「くっくっく。短命の呪いなどという、ちゃちなものではないわ」


 状況を楽しんでいるのか、アントローポスがニヤニヤしながら補足した。


「資格のない雑魚なら、ただ生命力を吸い取られて死んで終わりだ。だが、資格がある強大な器なら話は別だ。その身を依代として、ゾーエー自身がこの世界に降り立つ」


「そ、そんな……!」


 ミレイアが悲鳴のような声を上げる。


「こやつは若いが、魔術師としての実力はすでに超一流だ。器としての適性は十分すぎるほどにな」


 アントローポスの言葉が、冷水を浴びせられたように俺の理解を促した。

 プロセルの才能。それが仇になったというのか。

 妹が優秀であればあるほど、偽神に乗っ取られるリスクが高まっていたなんて。


「……して……」


 プロセルの口が、かすかに動いた。


「……ころ……して……」


「プロセル……?」


「このまま……あいつに乗っ取られて……みんなを殺すくらいなら……私を、殺して……!」


 気丈な妹が、涙を流して懇願していた。

 自分の命よりも、俺や、周りの友人たちが傷つくことを恐れて。

 その言葉が、俺の理性を焼き切った。


 俺は振り返り、パラケルススの胸ぐら――霊体だから掴めないが、その襟元あたりに手を伸ばして叫んだ。


「なんとかしてくれ! あんた賢者だろ!? 魔術の祖だろ! 妹を助けてくれよ!」


「落ち着け、アベル」


 パラケルススは動じることなく、俺を見下ろした。


「恐れることはない。あの巨大な偽神ヌースを、科学の力で屠った貴様だ。顕現したゾーエーを倒すことも可能だろう」


「ふざけるな! ゾーエーを倒すってことは、乗っ取られた妹ごと殺すってことじゃないか!」


 器ごと破壊しなければ、偽神は止まらない。

 それでは意味がないんだ。俺は妹を救うためにここまで来たんだ。


「貴様、妹を信じられぬのか?」


 パラケルススの静かな一言が、俺の怒号を遮った。


「見ろ。死の淵にあってなお、迷わず自分の命を差し出そうとする覚悟を。それほどの精神力を持つ娘だ。たかが偽神に乗っ取られたごときで、その魂の灯火まで絶やすほどやわではないわ」


 俺はハッとして、プロセルを見た。

 苦痛に歪む顔。だが、その瞳の奥には、まだ強い光が残っている。


「……それしか、ないのか?」


「ああ。憑依したゾーエーを無力化し、叩きのめして、妹に体を返してもらう。荒療治だが、それが一番だ」


 俺は拳を握りしめ、深呼吸をした。

 やるしかない。

 俺の科学をベースした魔術で、偽神を引き剥がす。


「プロセル」


 俺は妹の手を握りしめた。


「俺を信じてくれ。絶対に、お前を取り戻す」


「アベル……兄……」


「それまで、踏ん張ってくれ。頼む……!!」


 プロセルは、小さく、けれど確かに頷いた。


「……うん」


 その直後。

 プロセルの体から、爆発的な光と闇が噴き出した。

 俺たちはその衝撃で後方へと弾き飛ばされる。


 光が収まったとき、そこに立っていたのは、もう俺の知る妹ではなかった。

 肌は透き通るように白く、髪は重力に逆らって揺らめき、その瞳は人間にはありえない金色に輝いている。

 圧倒的な生命の圧力を撒き散らす存在。


 偽神ゾーエーの誕生だった。

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